第4話
メリッサは囚われた捕虜のような気持ちで、王都に近づくほどに気持ちが沈んでいった。
ジルはそれ以上の会話を拒絶し、何も話してくれない。
メリッサは諦めて、馬車の車窓から見える風景を眺めていた。
城下に入ると、人通りが増えて活気づく。街の賑わいや子供たちの声が聴こえて思わず笑みを漏らす。沈む気持ちがほんの少しだけ落ち着いた。
(お城に着いたら、ジェイド殿下にも…新しい聖女様にも会わなければいけないのね)
だけれど役目を終えた自分を、引き留めることはないだろう。
事情を話して、別れの挨拶をすれば、また村へ戻れるとメリッサは信じて疑わなかった。
「ねぇ。新しい聖女様はどんな方?お名前はなんていうのかしら」
「………モネ・デイウィズ様というそうです。どんな方かは存じません」
「あら、どうして?お会いしたことは無いの?」
「まだ一度も王城に来ていませんし、私の担当ではないので…」
「え、聖女様は王城に住んでいるのではなくて?」
「モネ様が王城に?なぜですか?メリッサ様でもないのに」
メリッサは頭を傾げた。
聖女様は王族が手厚く保護するため、王城に住むのが当たり前だと思っていた。メリッサもそうだったからだ。
「もしかして、私が部屋を使ってしまったから、モネ様の部屋が無いのかしら。ごめんなさい、部屋数が多いから問題ないと思ったの。確かに私の私物は全て持って帰ったはずだけれど、きちんと掃除していかなかったわ。頂いたドレスやアクセサリーは自分のものでは無いから置いていったのだけれど、きちんと返さなきゃダメだったのね」
「…」
「今回呼び出されたのは、そのことだったのね。きちんと部屋を空けるから、早く聖女様を王城に迎え入れて守ってあげてちょうだい」
「………はぁ」
ジルは大きな大きな溜息を吐いた。魂が抜けてしまうのかとメリッサは思った。
次第に悶々と不機嫌なオーラを纏い始めたので、メリッサは口を頑なに閉ざした。
ジルの機嫌の悪さの理由がメリッサには分からなかったが、間違ったことを言ったのだろう。反省する。
メリッサは青空を仰いだ。窓の外には大きな入道雲が浮かぶ。あんなに大きな雲は珍しい。
そう思った、その時だった。
小刻みに揺れ出した地面。
馬車の揺れとは違うソレは、次の瞬間、大きな縦揺れの振動となった。
ジルはすぐさまメリッサを守るように覆い被さる。
馬車を引く馬が動揺して鳴き声を響かせた。
大きな地震。
激しく揺れる大地に、人々は無力に頭を抱えて身を守る術しか出来ない。
悲鳴が街中に響く。さっきまで笑い声をあげていた子供達は泣き声に変わる。
建物が軋みをあげて、崩れる音がする。
遠くで煙の匂いがする。
長く、長く感じられた地震は、やがてゆっくりと余震に変わる。地面が落ち着いても、恐怖で身動きが取れなかった。
「はぁ…はぁ…」
呼吸もままならない恐怖。震える身体を、ジルは優しく摩った。
「メリッサ様、大丈夫ですか?」
「……だい…じょうぶ、よ」
幸い馬車は壊れず、怪我もなく済んだ。
静まり返った、その後に、再び叫び声が響く。正気に戻って馬車の外を見れば、遠くで巻き上がる煙。地震で燃え上がった炎。逃げ惑う人々。
最初に目に入った、瓦礫の下の子供を見て、メリッサは馬車から飛び出した。
素手で持ち上げるには重い瓦礫を、力一杯に持ち上げる。
「…ジル様!!この子を引っ張って!!」
放心していたジルは、メリッサの声に我に返り慌てて馬車から降りる。瓦礫をどかして気絶した子供を掬い上げると、気付けばメリッサはまた別の場所に駆けていた。
「ジル様!こっちも!!早く!!」
メリッサは倒れる女性の元にいき、手際良く流れる血を止血する。
ジルは、こんな時でも思わず懐かしさで目頭が熱くなった。
昔から自分より周りの人の命を優先するメリッサが誇らしかった。
「…これだから貴女は……」
駆け回るメリッサは、的確な指示を出し、人々を安全な場所に避難させ、救済の援助を仰いだ。
日が暮れる頃には火事もおさまり、埃と汗で汚れることも厭わず駆け回ったメリッサは、やっと地面に腰を降ろしたのだった。