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第3話

メリッサは村に帰る道を避けて、森の中を進んだ。西日に向かって歩けば帰れるが、日が沈むと方向感覚が無くなるため、村人もほとんど通らない道だ。


(ジル騎士団長はいつまでいるのかしら。市場に行くのは当分控えた方がいいわね)


ジルは、メリッサが王城に居たときに、専属の護衛をしていた人だった。

無表情で口数が少なく感情が読みにくいが、優しく思いやりと正義感のある方だ。

メリッサが疫病のある村に訪問した時、大反対して止めたのはジルだった。頑なに村に行くと聞かないメリッサにようやく折れて、多大な医療従事者を集めて訪問準備を整えてくれたのは記憶に新しい。


(飲まず食わずに看病する私に見かねて、手刀を食らわせ気絶させて強制睡眠させられたこともあったっけ)


懐かしいあの頃を思い浮かべて、思わず頬を緩める。

メリッサは恵まれていた。優しい王子と心強い側近の方々に囲まれ、聖女の力を存分に国のために注げたのだから。

でもなぜか。悔いはないのに、後ろめたさが心の隅に残っている。

いつしか殿下は言った。


『この国が平和になったら、君も自分の人生に目を向けて、自分の幸せを願ってくれ』


その時は、十分幸せなのに殿下は何を言っているのだろう。と首を傾げたものだ。


物思いに耽っていて、メリッサは気づくのが遅かった。

メリッサの歩く後ろで、誰かが近づく気配がした。速足で足を進めるが、もう遅い。


体格の良い男の手が、メリッサの腕を掴んだ。


「メリッサ様!!」

「!」


ビクともしない力強さに、流石は騎士団長様だと思う。

メリッサは諦めた。


「…ジル様」

「…や、やっと!やっと見つけました!!」


彼には珍しく、表情豊かで口数が多い。焦りと安堵が混ざった声で、ジルは言う。


「こんな場所で、一体なぜ…」

「ジル様、痛いわ。ごめんなさい、あなたの力は強すぎて、私の腕がぽっきり折れてしまいそうよ」

「…!す、すみません」


慌てて力は緩めるが、ジルは手を離さなかった。やっと見つけたメリッサを二度と離すまいと頑なな意志を感じる。メリッサは困って苦笑する。

せっかく森に入ったのに、逃げきれなかった。そういえば、ジルはネズミの気配も瞬時に察する強者だったと思い出す。

ジルは、メリッサに忠誠の誓いの捧げた時と同じ仕草で跪いた。剣を地面に置いて、手を額に添える。


「我が命はメリッサ様のもの。なぜ私を捨てていったのですか?」

「捨てたなんて…違うわジル様」

「居場所も伝えずに、城を出て!私を見限ったのでしょう?!」

「勘違いよ、貴方に非はないのだから」

「だったら何故、姿を消したのですか?貴女が消えて国は大騒ぎです。どれだけ探したと思っているのですか?!」


感情のまま、ジルが瞳に涙を浮かべるので、メリッサは申し訳なくて心が揺らいだ。心配させたのだと反省して、ジルの手をそっと握る。


「ジル様が泣くなんて。本当に心配をかけたのね。ごめんなさい。でもジル様も知っての通り、私の役目は終わったわ。新しい聖女様にはお会いしたのかしら。私はもう聖女でも殿下の婚約者でも男爵令嬢でもない、ただの平民よ。貴方のような方が仕えるような身分ではないわ」

「…なるほど…そうですか…。今までその謙虚さは貴女の美徳と思っておりましたが、そこまでおっしゃるとは、考え方を改めた方が良さそうですね…」

「え」


その瞬間、メリッサの身体は宙に浮かんだ。地面に付かない足をバタバタと振るが、お構いなしにジルはスタスタと歩き始めた。

強制的に連れていかれる。と危険を察知して暴れるが、メリッサの抵抗はまるで小動物の戯れ程度にしか感じない強靭な肉体に吸収される。


「ジル様…!降ろして!」

「…」

「まぁ!こんな時だけ無口に戻るなんて酷いわ!」

「…」


先程まで涙を浮かべて声を荒げていたのはやはり幻だったのか。メリッサの知るいつもの姿に戻ったジルは聞く耳持たずだ。


(8年間、貴方がそんなに流暢に話せるなんて知らなかったわ!)


ポカポカと胸板を叩いて、何度も抵抗したが、やがて疲れてメリッサは諦めた。大通りまで戻り、そこに止められた馬車に担ぎ込まれる。

有無を言わせずに閉まった扉の前に立ちはだかるジルから逃げる術を、メリッサは持ち合わせていない。

腕を組んで、どっしりと構えたジルは、部下に馬車を出すよう命じた。

動き出した馬車に、メリッサは焦った。城に戻るつもりは微塵も無いのだ。


「…もしかして、王都に行くつもり?ジル様、それだけはやめて」

「…」

「ねぇ、私に忠誠を誓った貴方が私の意見を聞かないの?お願い、お願いよ」


最後の切り札で哀願すれば、ジルは泣きそうな顔でくしゃりと顔を歪めた。


「メリッサ様は…王都が嫌いになったのですか…?」

「嫌いに?なる訳ないわ」

「だったら何故」

「だって、私にはもう聖女の力は無いのよ?」


周知の事実だと言わないでいた言葉を、口に出すと実感する。私は聖女じゃなくなった。メリッサは胸がきゅっと痛んだ。


「…だからこそ、メリッサ様は王都に居るべきです」

「な、なんで?」

「……」

「まぁ、また無口に戻るなんて酷いわ!ジル様のばか!」

「……」


深妙な顔のまま、無言決め込んだジルは、それ以上なにも話さなかった。

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