表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/8

第1話

『今までご苦労であった。其方の力を解放しよう』


夢の中。

メリッサの前に現れた女神様は、美しく微笑んだ。

8年前。聖女の力を与えてくれた時も、こうやって女神様はメリッサの夢に現れた。浮遊した身体の感覚に反して、意識はハッキリした不思議な夢。メリッサは戸惑いながらも現実なのだと受け止めた。


この頃、百年に一度と言われる天災によって国は貧困していた。田舎貴族だったメリッサの家も例外ではなく、食糧もお金も底をつき一家没落をも目前の苦しい日々だった。

そんな明日への希望も見えなかったメリッサの前に現れた女神様は、人生が変わる奇跡を与えた。

聖女の力だった。

傷を癒し、天の恵みを与え、国を豊かにする力。

飢饉に苦しんでいた国民を助ける術を得たメリッサは、この8年間祈りを捧げ続けた。国は次第に豊かになり、民は聖女の力で救われたのだ。

数週間前、その功績を称え国を挙げての式典まで開かれた。

何もなかった平凡なメリッサは、聖女の力で誰かを助ける事ができた。消えゆく命を救う事ができた。

それは、メリッサにとって誉れであり、やっと手に入れた自分の居場所だった。


『新たな聖女に力を譲渡する。其方はもう自由になりなさい』


女神様の言葉にメリッサの心は締め付けられた。

新しい聖女が現れる。メリッサとは違う誰かが、自分の肩書きも、仕事も、すべて引き継ぐのだ。


(私の役目は終わってしまったのね)


やがて白い光に包まれて、夢から覚める。

夢というには鮮明な記憶。そして、確かに感じる聖女の力の枯渇。

メリッサは起き上がり、ベッドから降りるとクローゼットを開けた。幸い、自分の物は片手で足りる程だ。メリッサは人知れず、荷造りを始めた。




「メリッサ様!どちらに行かれるのですか?!」

「マリア、そんなに慌てたら転んでしまうわ」


大きなバッグ一つを持って、廊下を歩いていると、侍女のマリアに声をかけられた。

息を荒げて蒼白したマリアを心配して、メリッサはにっこりと微笑んだ。


「髪が乱れて、せっかくの美人さんが台無しよ」

「メリッサ、様…!私のことより…そのお荷物は一体…お部屋にも私物が無くなっていて、まさかと思って」

「ごめんなさい。それで驚かせてしまったのね。言おうか迷ったのだけれど、マリアに会ったらきっと、決心が揺らいでしまうと思ったの」

「決心…とは」


わなわなと唇を振るわせるマリアに、メリッサは苦笑した。

この王城に来てから、身分の低い私にも献身にお世話をしてくれた侍女。疲れた時は温かいハーブティーを淹れてくれて、楽しい話をしてくれる、優しくて可愛い侍女だった。


(彼女の器量ならば、私のような者のお世話をするよりも、もっと上の仕事を貰えたものを…)


8年間。短くない期間、彼女を縛り付けていた事を申し訳なく思いながらも、家族のように親しい愛情をくれた彼女との生活は幸せで離れ難い。


「私はもう、ここにはいられないの。マリアも、もう私なんかの世話をする必要はないのよ」

「メリッサさま…?」

「新しい聖女様が現れるわ。私よりもずっと素敵な方よ。きっと殿下の事も支えてくれるわ」

「新しい聖女様?どういうことですか?」

「私の役目は終わってしまったの。聖女の力もない役立たずは、この城に必要ないわ。ごめんなさい。殿下に出てけと言われるのは、流石に私でも悲しくて辛いの。直接言われる前に、ここを離れる私を許してねマリア」


そう。

一番悲しいのは、殿下のこと。

新しい聖女が現れるということは、殿下の婚約者は私ではなくなるということ。


なぜなら、ジェイド殿下の婚約者は聖女でなければいけないのだから。



メリッサが力を授かった翌日、王都より一通の手紙が来た。

それは、ジェイド殿下からの招待状だった。

王子から直接の手紙。田舎貴族のメリッサにはあり得ないことで、その理由は自分が聖女になったからだと理解した。

王城に出向き、ジェイド殿下と面会すると、すぐにメリッサは自分に与えられた使命を真っ当したいと伝えた。それ程に国の情勢は緊迫していたのだ。

毎日死者が出続ける貧困。

メリッサはジェイド殿下に直談判し、協力を仰いだ。

ジェイド殿下は目の色を変え、すぐにメリッサを王城に招き、隊を動かし、各地に指揮を仰いだ。

これ程までに、被害を最小限に抑え、国を安寧に導いたのは、ジェイド殿下の献身的なサポートがあったからだ。


それから暫くして経済状況が落ち着いた頃、ジェイド殿下との婚約の話が持ち上がった。

貴族とはいえ、身分の低いメリッサが王族に向かい入れられる訳がない。だが、メリッサの戸惑いとは裏腹に、国王も王妃も寛容に話を進めた。

『聖女様』なら殿下に相応しい、と誰もが口を揃えて言う。

メリッサの功績を讃え、反対する貴族も居なかった。


メリッサは困った。自分が王族になるなど考えられなかったからだ。

だが、お断りするには、その時すでにジェイド殿下への好意が育ち過ぎていた。

婚約者として隣にいられることに喜びを感じてしまった。


(あの時…きちんとお断りするべきだったわ)


紳士的でいつも優しいジェイド殿下。

忙しい公務の合間にも会いに来て、メリッサを労ってくれる。

聖女の力が無くなった今、ジェイド殿下は今までのように接してくれるだろうか。

いえ、きっと。彼の隣には、新しい聖女様が並ぶのだ。



「メリッサ様、殿下と一度お話しを」

「マリア、ごめんなさい。私と会ったことは内緒にして。貴女に非はないのに咎められたら困るわ。それに私が居なくなっても、すぐにここには、新しい聖女様がいらっしゃるもの、問題ないわ。長い間ありがとう。マリアと出会えて、一緒に過ごせて幸せだったわ。本当よ。ありがとう」


マリアの目に涙が浮かぶので、メリッサも目頭が熱くなる。

引き止める声に蓋をして、メリッサは王城を出た。

朝焼けの空。

澄んだ空気を吸い込んで、一つ息をはくと、メリッサは真っ直ぐに歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ