013 越境キャラバン隊 1日目
013 越境キャラバン隊 1日目
シンシアは、死にそうだった。
(あと少しで倒れますわ。たぶん。)
越境キャラバン隊は、普通の成人の歩く速度で進んでいた。
10才のシンシアにとって、その速度はたまに小走りすることで辛うじて追ていける速度だった。
アルミナは、少し顔色の悪くなったシンシアを見て隊長のチェスに相談することにした。
「チェス、シンシアの具合が悪いようです。
どうしましょうか?」
「わかった。馬車に乗せてもらえないか聞いてみる。」
チェスは、一番前の馭者と並んで座っている商人に相談に行った。
チェスと商人は、たまにシンシアの方を見ながら何やら話している。チェスは少し怖い顔だ。
すると、商人はさっと馬車から飛び降りた。どうも後ろの馬車に移るようだ。
「シンシア、だいぶ疲れているようだな。そんな状態だと探索魔法どころじゃないだろう。
商人がどうぞ乗車してください。ってことだから、こっちにきな。」
「あ、はい。」
シンシアは返事はしたが疲れ果てていて、チェスのところに行こうとしてもなかなか追いつけない。
見かねたチェスは、シンシアのところまで戻って彼女をひょいと抱き上げる。
チェスは彼女を抱えて追いつき、そのまま馬車に飛び乗った。
チェスは馭者の隣に座ると、少し狭い彼と馭者との間にシンシアを座らせる。
しばらくすると馭者は、手綱をチェスに渡して馬車の中に入った。
チェスは、馭者台の上でお尻をシンシアに寄せてズリズリとずらしてきた。どうやら真ん中に座るようだ。
「アルミナ、アルミナもこっちに。」
チェスは、空いたスペースを指先でトントンしながらアルミナを呼んだ。どうも両手に花にしたいようだ。
アルミナは、乗り込むタイミングを迷っていたがチェスが手を差し延べたので、その手を掴んで飛び乗った。
アルミナは、恐る恐るチェスの横、シンシアの反対側に座る。
「両手に花になっちまったな。これは隊長の特権だな。ママリーが居なくてよかった。」
チェスは嬉しそうに笑いながら話す。
シンシアが、「隊長が座っていて大丈夫ですか?」と聞くと、チェスはとってつけた理由を説明してくれた。
「俺は商人に、『このキャラバン隊には、腕のいい探索魔法の使い手が同行してるが、体が小さいので倒れそうだ。
休憩を増やすか、隊の進みを遅くするか、馬車に乗せるかだが、どうしたらいいと思う?』って聞いた。
あっ、もちろん聞く前に探索魔法が使えないと護衛人数的に危ないと脅した後にだがな。
そしたら、『考えるもなにもない。すぐに乗せてやってください。』ってさ。
商人が了承したんで、俺は困った顔でもう一つ商人に意見を聞いたんだ。
『困ったな。俺が探索魔法の結果を真っ先に聞かんと、迅速な対応が出来んな。んー。どうしたらいいと思う?』って。
そしたら『どうぞ隊長も乗ってください』ってひきつって言ってた。」
(脅しだ。完全な脅しだ。屈強なハンターに睨まれながら意見を聞かれた商人たちに合掌。)
シンシアは、心の中で商人たちに合掌していた。
シンシアは、越境キャラバン隊が森に入ったので探索魔法を使い始めようとしていた。
シンシアが使っている探索魔法は、誰かに教えてもらったものでは無く、目の見えない彼女が普段から無意識に使っているものだ。
シンシアは、探索魔法の 使い方 が正しかろうが間違っていようが気にはしていない。
彼女には、探索結果が全てだった。
シンシアには2種類の探索魔法が使える。
彼女はいつも通り、勝手に魔法に名前を付けていた。
(パッシブマジックレーダー。)
この魔法は、彼女が物心付く前から無意識で使っていた魔法だ。
この魔法では、少しでも魔力のある人や物体が発している魔力波動を、彼女が感じとることで探知している。
彼女が以前に父に伝えた『私には心の色が見えるの』とは、彼女が人々の発する魔力波動の揺らぎを感じとれるということだ。
彼女が意識的にこの魔法を使う場合は、もう一つの探索魔法が使えないか、本当に繊細な魔力波動を感じたい時に使っている。
シンシアが、『探索魔法を使う』と宣言するときは、2つ目の魔法だ。
(アクティブマジックソナー。)
この魔法は、彼女が蜘蛛の巣の小さな蜘蛛を探索するために編み出した彼女のオリジナル魔法だ。
彼女がこの魔法を編み出せたのは、イルカのエコーロケーションや魚群探知機の簡単な原理を知っていたからだ。
この魔法では、彼女が一瞬空間に放った魔力波動の反射波を、彼女自身が感じとることで探知している。
彼女の目は何も映すことはないが、これを使えば魔力波動の反射波を立体的に捉えることが出来る。
ゆえに彼女がこの魔法を使った場合には、目に見るように物体を感じることが出来る。相手の表情もわかるのだ。
しかし彼女のオリジナル魔法でも、まだ蜘蛛の巣の巣糸は感知できていない。
若干10才のシンシアは諦めていないが、それもそのはずで蜘蛛の巣が魔力で探知できたなら、虫たちは全て逃げてしまうだろう。
蜘蛛たちも自然淘汰の中で、何億年もかけて進化してきているのだが、諦めの悪いシンシアであった。
シンシアは、新たな高みとなる探索魔法も考えている。まだ実現していないが名前だけは先に決まっていた。
(最終進化の名前は。イージスマジックソナーレーダー。だよね。)
シンシアが考えているのは、頭の中の3Dディスプレイに認識された多くの物体が表示され、説明書きが並記されているイメージの魔法だ。
しかし、この珍妙な魔法は実現されることは無い。
シンシアは、チェスにこれから探索魔法を使うことを伝える。
「それじゃ森に入りましたので、探索魔法を使います。
方位は道に沿って11時から14時の方向。100mぐらいの範囲で使います。」
シンシアは、じっと前方を見つめ集中している。
(アクティブマジックソナー。)
彼女の目には何も映っていないが、魔力を感じていた。
「特に、危険なものは無いようです。
たぶんリベルナからの小さな商隊が、こちらに近づいてきてると思います。」
道は左右に揺らぎながら続いている。すでに越境キャラバン隊も森に入ったので30mぐらいの先までしか見通せない。
越境キャラバン隊がそのまま少し進むと、シンシアの言った通り小さな商隊とすれ違った。
チェスは、前方班のハンターの一人に何か指示を出していた。
たぶん、この先の状況をさっきの商隊から聞いてきてもらうのだろう。
結局、すれ違っていた商隊からは、これから問題となるような情報は無かった。
夕暮れまで越境キャラバン隊が進んだところは、ちょうど野営が出来そうな場所だった。そこで大きな声がかかる。
チェスが叫ぶ 「減速停止、前に倣え!」
ナターシャが叫ぶ「減速停止、前に倣え!」
ママリーの声は聞こえない。
リンドーが叫ぶ 「減速停止、前に倣え!」
全ての馬車が止まって静かになるのを待ってチェスが続ける。
チェスが叫ぶ 「野営準備!」
ナターシャが叫ぶ「野営準備!」
ママリーの声は聞こえない。
リンドーが叫ぶ 「野営準備!」
再び一部の馬車が隊列からゆっくりと離れ、馬車で円陣になるように動き始めた。
ハンターも一箇所に集まり、見張りは前方班から順に3時間づつに決まった。
シンシアは、見張りのあいだ、結構遠くの方まで探索魔法で確認していたが、特に問題は無かった。
シンシアは、一緒に見張りについていた前方班の『人知の極み』のメンバーから「何か手頃な獲物がいたら教えてくれ」と言われたので、
探索魔法に引っかかった獲物を教えてやったら大喜びで狩に行っていた。
「先生。
先生が言われた通り、21時の方向、約50mでホーンラビットがいました。
ありがとうございました。次もいいのがいたらお願いします。」
(先生。先生って。私のことだよね。たぶん。)
シンシアは、『人知の極み』のメンバーから「先生」と崇められるようになった。
シンシアとアルミナは、今夜は天気が良いのでと、馬車の下のスペースではなく、
草原に寝転がって寝ようとしていた。
「シンシア、
今日は、空気が澄んでいて夜空の星々が綺麗です。
シンシアにも、いつかこんな夜空を見せたいです。」
「ありがとう。アルミナ。
明日もがんばりましょうね」
「ホーホッホホー、ホーホッホホー」
シンシアは、フクロウの声を子守唄にしてすぐに眠ってしまっていた。
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