アレキサンドライト
木陰にいた男性が、すっと霧のように消えた。はるかのタイピンに宿っているらしい。しかも、それほど遠くには行けない。
アキは椅子に腰かけるなり、その石を手に取った。
「これ、アレキサンドライトだね」
光に翳して見てみる。色が綺麗に映し出された。
「アレキサンドライトっていう名前の宝石?」
はるかの疑問に答える。
「うん。太陽光と室内光で色が変わるんだ。今は、緑っぽいけど、蛍光灯の下では赤っぽくなるよ。わりと新しい石なんだけど、これ、結構アンティーク感あるね」
「へぇー」
はるかと敦は、アキの手元をじっと見つめた。
「あのご老人が入り込んだように見えましたが?」
丁寧な言葉遣いの執事が見たままを口にした。
「入り込んだ……というのは?」
敦が尋ねる。
「君のブレスと同じだよ。この石に宿ってるみたいだね」
アキはタイピンを返しながら言った。
「問題ないやろ。悪い気はせえへんし」
久遠がテーブルの上を軽やかに歩きながら、ヒースの前で止まる。
アキも同じことをはるかと敦に言ったが、目は余計な事を言うなと、忠実な執事を睨んでいた。
「大丈夫だよ。おしゃれな男性が居ついているだけみたいだから」
「そう……」
敦が口にしたところで、スタッフらしき女性がお昼を持ってきた。
「すみません。お客様の分はご用意していないのですが……」
「いえ、ご心配なく。すぐに帰りますので」
女性はアキが答えるとは思わなかったようで、一瞬硬直したが一礼して去って行った。
「あ、そうそう。ヒースは日本語わからない設定でな」
「なぜです?」
「何かしら便利だろうから。それに、僕が侯爵だっていうのもね」
ヒースは難しげな顔をしたが、主人に仕える執事らしく、恭しく頷いた。
「2人もそのつもりでね」
「わかりました」
アキは、撮影開始を遠巻きに見ることにした。
「変わったものはないよな? 宝石の気配はあるけど、力があるどころか、住人もいないものだし」
ウエストバッグのルビーとサファイアに話しかけた。
『変わったところといえば変わっているんじゃないのか?』
「なにが?」
沙羅とファイの声は他の人に聞こえないので、傍から見たら独り言に首をかしげるという異様な光景に見えたかもしれない。
『何となく空気がよどんでたぞ』
『普通の街中なら気にならないのですが、純粋な湖の前ですから微妙なところですね』
ファイの言葉に改めて湖を見やった。
「うーん、わかんないな」
「俺もわからへん。クリアなもんやったら俺かてわかるはずやねんけどな」
久遠は細い目をさらに細くしていた。
「とりあえず、昼食いに行こう。遠くには行かないから沙羅とファイ……はまずいか。久遠、ここら辺で見張ってて」
「ええっ! 俺だけかいな」
「仕方ないだろう。沙羅とファイが出ると目立つし、僕とヒースに関しては食べるという行為は必要なことなんだよ。それに僕だって、我慢しなきゃいけないことがあるんだから」
アキが、さぁ行こうとヒースを促し、ぶつぶつ言っている久遠を残して、近隣のパブへ車を走らせた。