謎の男
「風が気持ちいいな」
アキの敷地にも劣らない、緑鮮やかな芝生の表面を風が通り過ぎるのが見えた。
奥に見える湖の水面は、きらきらと光を反射させている。
「結構スタッフって多いんだな」
「役に立たない奴もいるんじゃないのか?」
ゆっくりとした足取りで近づいていく。
普段は静寂に包まれているであろう土地が、賑やかな人だかりを作っていた。
その中心で、昨日訪ねてきた青年2人が黒いスーツ姿でカメラの前に立っている。
「お? なんや、えろう真面目そうな、じいさんいてるやん」
久遠がのそっと姿を現し、アキの肩の上で首をかしげている。
「木陰にいて撮影の邪魔にならないのか? いや、出演者かな」
誰もその者を気にする人はいない。
「お前に見えたか。見た目より力がありそうだな」
アキが言うからには、何かに宿っているものなのだろうとヒースは眉を細めた。
タータンのスーツにハンチング帽。初老の男性は頬が少し痩せこけて見えた。
「どうする?」
「どうするって?」
ヒースの質問の意図がわからないアキは、オウム返しで答えた。
「このまま行って大丈夫なのか? 撮影中なんだろ?」
「うーん、そうだな」
そう言うものの、アキの足は止まる気配がない。
声が聞こえるところまで近づくと、2人がこちらに気づいた。
「あ、アキ君!」
撮影中にもかかわらず、大きく手を振り笑顔を見せた。
「カーット!」
「ちょっとぉ、はるか君、困るよ」
「すみませーん」
はるかと敦は謝って見せるが、明らかに口だけだ。
「片岡監督。少し休憩お願いします」
敦が言うと、仕方なしにスタッフは休憩に入った。
「まったく、最近の若いもんはすぐに休みたがる」
片岡は、スキンヘッドに威圧感のある体つきを軽く反らせた。
「いいのかい?」
「ええ。ああは言ってるけど、いつも気を使ってくれるんです」
「それに、ちょうどお昼時だし」
2人は、撮影カメラから死角になった場所に設置された簡素なテーブルに案内された。