出発
翌日、はるかからの連絡を受け、撮影が行われている湖へと向かった。
「だから、僕は列車で行く。お前は自動車で来ればいいだろ?」
「冗談じゃない。侯爵を名乗るのなら、それなりの行き方があるだろ」
「いいじゃないか。どうせあの2人以外は僕のことを知らないんだから」
「ヒース、敬語を使いなさいといつも言っている。若、バカ息子の付き添いで心細いかとは思われますが、ここはどうか私の顔を立てて、自動車でお行きください。これもひとつの『貴族の義務』ですぞ」
「ピートはこいつの車に乗ったことがないからそう言えるんだ。自分は嬉しげに列車に乗って行ったそうじゃないか」
アキとヒース、それに昨晩帰ってきた家令のピートを加え、朝から終わりのない議論を繰り返していた。
「どうしてもか?」
「どうしてもだ」
若い2人の視線はぶつかり合ったままだが、先に目をそらしたのはヒースだった。
「……仕方がない。サーストン校での恥ずかしい写真の数々をカスミに見せようか」
「汚いぞ!」
名門のパブリックスクールにいた時代は、ヒースのほうが先輩だったし、卒業しても侯爵のおつきとして、とかなんとか理由をつけて常に近くにいた。要領のいい彼がどうやって先生方を口説いたのかは想像できる。なにより悲しいかな、いやな面をいくつも知られていた。ふっと思いつくだけでも両の指を超えるくらいはある。
いくつかの口論はあったが、自動車は用意され、生きた心地がしない時間が1時間ほど続いた。
ハプニングがなかったことに感謝したかった。