サンタコーポレーション
この町に越してきて半年が過ぎた。
気がつけば、秋も残り少ない。
季節はクリスマス色が強くなり、スーパーに行く道のあちこちから、違うクリスマスソングが聞こえてくる。
「今年はサンタさんからスイッチをもらうんだー」
小学5年生くらいの男の子が、友達としゃべりながら通り過ぎる。
サンタさんかあ。
私はちょっとびっくりし、同時に感動した。
こんなに大きくなっても、サンタさんを信じているなんて、なんてかわいらしい。
確かに、ここは私が以前住んでいた都会とはずいぶん違う地方都市で、空気の色まで田舎という感じはした。子供たちがみな、見たこともないほど元気で快活。都会でいじめられていた私の息子もあっという間になじみ、今では年相応の腕白ぶりで私を幸せにしてくれる。
「いいなあ」
顔見知りの店主に会釈しながら、呟く。
私自身がサンタを信じなくなったのはいつだっただろう、と遠い無邪気だった日々を思い出しながら、商店街を歩いた。
ジングルベルが鳴り響いている。
地方にも出店している大手スーパーにはいると、隣の奥さんがレタスを両手に一つずつ持ってうめいている。相変わらず品物チェックに余念はないようだ。
「こんにちわー」
挨拶すると、奥さんはしかめっ面をゆるめ、あらいやだと照れ笑いしてお辞儀した。
「レタスは鮮度が大事なのよー。こないだ、マックのCMで言ってたの」
奥さんは相変わらずよく舌が回る。たまに閉口するのだが、先ほどの微笑ましい光景が胸に残ってご機嫌な私は、にこにこしつつ話を合わせた。同じようにしかめっ面でレタスを選び、タマネギをかごに入れる。
「そういえば、この町の子供たちってかわいいですね」
私は先ほどの光景を、身振り手振りを交えた熱演で語った。
「あんなに大きくなってもサンタさんにプレゼントなんて。よほどご両親が夢のある方なんでしょうね」
こう締めくくって、奥さんを見る。
(まじまじと見つめながら解説をするのはちと気恥ずかしかったので、ちょっと視線を下げていたのだ)
ところが、奥さんのリアクションは私が想像していたものとは違った。
奥さんはびっくりしたような顔で私を見、しばらくこの人ってバカだなあ」という顔をしていたが、やがてぽんと手を打ち、豪快に笑った。
「そっかあ。サカキさんはこの町に来て最初のクリスマスだっけ?それじゃあ無理ないわー」
「え???」
「ふふふ、今にわかるわよ。電話かかってくるもの」
「電話???」
「そーよう。サンタさんから」
「さ、サンタさん???」
冗談は顔だけにしてほしい。
「まあ、去年越してきたオカモトさんも、一昨年越してきたシンドウさんも、はじめはびっくりしてたもんね。まあ、こりゃ楽しみだ」
奥さんは一人で納得しながら、にやにや笑っている。
なんか、イヤな感じ~。
一人で納得して、こちらの反応を見てるなんて。
むっとしたのが伝わったのか、奥さんは慌てて謝った。その場は適当に繕って流したが、私は完全に気分を害していた。空気で伝わったのか、奥さんは買い忘れがあるといいつつ棚の向こうに消える。
「それにしても、電話って、なんだろ?」
悪質な冗談かなと思ったが、そこまでする人ではなかったので、私は頭の中を?でいっぱいにしながら、帰宅した。
3日後の12月10日。
先日の件はすっかり忘れていた朝10時半。
いつものように、美食アニメを見ようとしていると、電話がかかってきた。
「はい、サカキです」
『サカキ様のお宅ですね。初めまして。わたくしサンタ・コーポレーションの見田と申します。ただいまお時間よろしいでしょうか?』
一瞬、またエステの勧誘かと思ったが、電話の向こうの女性はとても丁寧で印象がよかった。私ははいと答え、テレビの音を絞った。
「どうぞ」
『恐れ入ります。本日お電話差し上げましたのは、プレゼントのご予約の件です。まだいただいておりませんでしたので、もし決まっているようでしたらこのお電話で承ります』
「はあ?」
プレゼント???
「すみません、いったい、何のことでしょう?」
聞き返すと、女性は一瞬困ったような間をおいた。
『失礼いたしますが、確認させていただきます。サカキ様は今年4月に当町に転入されましたね?』
「はい」
『その折、町役場で当社のシステムを伺っておりませんでしょうか?』
私は首を傾けて記憶を探る。
ううう。
サンタ・コーポレーション??
やっぱり記憶にない。
「聞いてないと思うんですが・・・・」
『そうですか。それはこちらのミスです。大変失礼いたしました』
女性はものすごく恐縮そうに何度も詫びた。
『それではさっそく、当社のシステムをご紹介させていただきます』
私は困った。押し売りか?と思ったのだ。
まあ、いいか、と私は諦める。どうせ娘は足下で転がっているし、息子はまだ帰ってこない。お昼ご飯までも間があって時間はあるし、なによりイヤになったら電話をさっさか切ってしまえばいいのだ。
『当サンタ・コーポレーションは、町の事業の一環となっておりまして、ご利用に当たっての費用等はいっさいかかりません。町のみなさまでお子さまが15歳以下のみなさまには、毎年11月1日必着でお手紙を差し上げておりまして、そのお手紙にお子さまがクリスマスプレゼントとしてご希望の品名をお書きの上、12月1日までに返送していただくことになっております』
そんな手紙届いたっけ?と私は記憶をまた探る。
そういえば、ピンクと黄緑のかわいい封筒が届いていたっけ? 何とかコーポレーションだったから、ダイレクトメールの束と一緒に捨ててしまったのかもしれない。
『ご返送いただけなかった方には、こちらからこのようなお電話を差し上げております。そのときにご希望の品物をお伝えいただければよろしいのですが、まだお決まりでなかった場合は、お電話差し上げた次の日から12月15日までの間のご都合のよろしいお時間を指定していただき、そのお時間に再度こちらからお電話差し上げて、品物をお伝えしていただくことになります。ここまでよろしいですか?』
「はい」
私は頷きながら考える。
なるほど、この会社はクリスマスプレゼント宅配サービスなんだ。
こちらが指定した品物を言って品物代を振り込むかなんかすれば、それをクリスマスの日に届けてくれるって訳か。
だから、この町の子供たちはサンタさんを信じてるのね。
ここの町、税金もそんなに高くないのに、いいサービスしてるなあ。
『プレゼントは24日の23時から明朝5時の間に、係の者がお届けにあがります』
女性の説明は更に続く。
『そのとき、お客様には以下の3点を絶対条件でお守りいただきますようお願いしております。1つは必ずご自宅に待機していただくこと、必ずご家族そろってお休みになっていただくこと、1つは家の鍵などの戸締まりはいつも通りしっかり閉めていただいてかまいませんが換気扇にフィルターなどをつけていただいている方はお取りいただくこと、です。これらが守られていない場合、お届けにあがることができませんので、あらかじめご了承くださいませ』
換気扇? おかしなことを。
まあ、グレムリンでもギズモがグレムリンにならないために守る3つの条件はおもしろいものだったからそんなものなんだろう。
私は自分を無理に納得させる。
電話を切ってしばらくしたあと『これってひょっとしてどっきり?』と思ったりするのだが、それは5分後の話。とりあえず今は電話に耳を傾けている。
『なお、品物の金額ですが、上限が30000円となっております。また、お子さま1人につき5000円までは町で負担しますが、それ以上の商品をお選びになりました場合、不足分を20日までに、郵送いたします振り込み用紙にてお支払いいただくようになります。なお、品物の超過分は市価の半額ほどになります。たとえば、お客様が10000円の商品をお求めの場合、お振り込みいただく金額は5000円の半分の2500円になります。ただ、できるだけ5000円以内が望ましいと町から指導がありましたので、ご配慮よろしくお願いいたします』
「金額にずいぶん幅がありますね。30000円の子と3000円の子では補助金の差額もかなりあるんじゃないですか?」
『はい、まあ、そうなんですが、5000円以下ですと差額は次の年の住民税に回されますし、結果的にオーバー分の支払いがありますから、みなさまご納得いただけているようです。ただ、やはり瀬戸際になってのご利用を希望するお客様もまれにおられまして、そういう方にはお断りしております』
「町ぐるみの充実したクリスマスなんですね」
『そのように受け取っていただければ幸いです』
なんだかおかしなところは多々あったが、電話の向こうの女性の感じがとてもよかったので、邪推はやめることにした。
どっきりだってよいではないか。
当日見たいテレビは録画すればいいんだし、予想通り大がかりなどっきりだとしても、プレゼントはもらえるはずだ。自分だって子供に何かプレゼントを買っておけばいいんだし。万が一本当ならば子供たちの夢が壊れない、すばらしいサービスだ。方法は不明だけど。
「それじゃあ、あさってまた電話ください。聞いておきますから」
しばらく他愛ない受け答えをした後切り出すと、女性は驚きと喜びの混じった溜息を受話器越しに伝えてきた。
『よかった』
くすりと笑う。
『実は、転居してきた方に案内の電話を差し上げるの、初めてだったんです。だいたい、初めての方は「大がかりな泥棒組織か?」とかいう疑念や不信感をもたれるそうで、納得していただくまでが大変なんだと聞かされて、とっても心配で・・・』
それって、私が単細胞で信じやすいおめでたいバカってコトなんだろうか。
まあ、当たっているから仕方ない。
『あ、すみません。そういう意味じゃ』
言葉に出していないのに、女性は大慌てで謝った。
『あ、そ、それでは、あさってまた、お電話差し上げます。本日はお時間いただきましてありがとうございました。失礼いたします』
電話の向こうで笑いがおこるのが聞こえた後、切れる。
なんてアットホームな会社。
気がつくと、私の口元はふんわりとゆるんでいた。
「ところで、カズはクリスマスプレゼント、サンタさんに何をお願いするか決めた?」
幼稚園から帰ってきた息子に尋ねると、意外に早く返事が返ってきた。
「うん。ドラゴンシェル2!」
それってベイブレンドのコマだよな。高くても1000円行かないじゃん・・・。
なんてリーズナブルな。涙が出るぜー。
「うーん。サンタさんに頼むんだから、もっと高いやつでもいいんだよ」
でも5000円以下にしてね、と私は心で呟いた。
実のところ、サンタ・コーポレーションのことを、私は激しく疑っていた。換気扇のフィルターだけはずして鍵は開けておいていいとか、早く寝ろとか、激しくアヤシイ。
それでもまあ、この町ならあるかもなという、漠然とした希望のようなものもあったし、何より応対がよかったので、万が一に期待するくらいはいいんじゃないかと思い、この問いをしているのだが・・・。
それでも嘘だったら、がっかりさせちゃうのかなあ。
2つくらい言わせて、片一方は私が買うか・・・。
などといろいろ思っていると、カズは以前実家の母の家に行って見つけてきた「トイザウルス」の広告冊子を手にし、目をきらきらさせて膝に乗ってきた。
「それじゃね、カズ君これがいい」
ベイブレンドスタジアム、4999円。
カズ・・・。
さすが私の子だと思いつつ、私はカズを抱きしめた。
「あのね、今日ね、サンタ・コーポレーションから電話がかかってきてね。カズ君のプレゼント、予約が入ってないから何かっていいのかわかんなかったんだって。でね、あさってもう一回電話かけてくれるから、そのときまでに聞いておいてくださいねって」
カズは更に目を輝かせる。
「ほんと???」
その問いは私がしたい・・・。
その後しばらく立て続けにくる質問を適当に受け答えしつつ、私は心の底から子供の夢を壊したくないなあと思っていたのだった。
そして、2日後。
『こんにちは。サンタ・コーポレーションの見田です』
約束の時間きっちりに電話がかかってきた。うーん、仕事きっちり、と思わず引っ越しのソカイのポーズを取る私。もちろんテレビ電話ではない。
『プレゼントのほうはお決まりになりましたか?』
私は希望の商品と価格を、メーカー小売価格とトイザウラス価格ともに伝えた。高い方で買われて足が出たらかなわない、と思ったこともある。見田さんは用意周到ですねと言って笑った。
『大丈夫ですよ。親御さんの負担にならないよう、一番安く手に入るルートでお届けします。お子さまのご希望商品は、・・・、ええと、あ、ありました。こちらの資料ではどちらも5000円より安いですね。そうなりますと、過剰分は来年度の税額から引かせていただく形で調整させていただくようになりますが、よろしいですか?」
ええ、安いの?とびっくり。一番安いと言われるルートでも端数は5円だったのになあ。やっぱりだまされてるのかな、と疑心暗鬼がわき上がる。
『それでは、これでご予約を完了いたしました。ご利用ありがとうございます。何かありましたら、町役場に問い合わせいただけますよう、よろしくお願いいたします。それでは、来年もまた、よろしくお願いいたします。失礼いたしました』
電話が切れた。
「参ったな」
受話器を置きながら、呟く。
こんなこと、大阪にいる姉に話したって信じてくれないだろうなあ。絶対詐欺だって言うだろうし。
「ま、いっか」
元々楽天家なのが売りだ。
私は『24日は10時に就寝!』と大きく書いた紙を冷蔵庫に貼り付け、元の生活に戻った。
あわただしく日常がすぎて、24日になった。
「今夜はサンタさんが来るね」
と、子供たちははしゃいでいる。
「きっと来るよー。いい子にしてたもんね」
夕食のチキンを並べながら言うと、すでに座ってテレビを見ていた旦那がそうだねえと言った。
「サンタさんはきっと準備で忙しいんだよー」
適当なことを言って。
あの日、サンタ・コーポレーションの話をすると、旦那は「バカじゃねーの?」と笑った。
無理はない。逆の立場だったら私だってそうだろう。
しかしそうだとわかっていても、腹が立つものである。私はぷんすかと怒って反撃し、サンタ・コーポレーションの社員のように擁護した。旦那の笑いは苦笑に変わり、休みの日に子供たちに内緒でプレゼントを買った。そう、サンタさんはここにもいるのだ。
「今夜は早く寝なくちゃイケナイから、ぱあっと酒でも飲もう!」
私たちはささやかで楽しい夕食をすませた。
そして、さっさと入浴し、片づけを済ませ、約束より早い22時に床についた。
私は目覚ましを朝の5時半にセットした。約束で朝の5時までは眠っていなくてはならないからだ。
私もサンタさんだなと呟きつつ、サンタさんなんてどこにでもいるんだなと思った。
誰かが誰かのサンタさん。
って歌があったような気もするな。
などと考えていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。
目覚まし時計が鳴っている。
止めて、時計を見ると、5時半だった。
間違えたかー、と止めて7時にかけ直し、二度寝しようとして、飛び起きる。
あああ、そうだった!
私は用意したプレゼントを押入から取り出そうと立ち上がり、家族を起こさないように気をつけて、豆球をつけた。
そして、目に入った。
子供たちの枕の上に、仲良く並んでいる2つの包みを。
「まさか・・・」
本当に、来たの?
私は熟睡している旦那を叩き起こし、興奮でうわずる声を必死に押し殺して、サンタが来たサンタが来たと囁いた。旦那は寝ぼけた目を私に、続けて子供たちの頭上に向けた。
「うわ、ほんとだ」
呆然と、呟く。
私たちはほぼ同時に立ち上がり、家の鍵を調べた。
どこも閉まっている。
部屋の中も夕べと変わっていない。
「いったい、なにがどうなってんだ?」
旦那がまた呟いた。それは私が言いたい、と私は声に出して言い、台所に向かった。
換気扇の、はずれたフィルターの横に、何かある。
急いで見ると、それは納品書だった。
『メリークリスマス!!
品物は確かに納品しました
来年もよろしくお願いします
サンタ・コーポレーション』
私はあとからやってきて背後から紙を見ている旦那と顔を見合わせた。
「子供の時に越してきたかったね」
「だな」
私たちは同時に吹き出し、声を殺して静かに笑い、大人である自分たちの心にもサンタが来たのを知った。
そして、もう一つずつ、私たちのプレゼントも並べる。
朝、子供たちが目を覚ましたら、どんな顔をするだろう?
いつもの倍の、二つも並んだクリスマスプレゼントを見て・・・。
おしまい
以前、自分のサイトに載せていたものの転載です。ブログだったのですが消す予定なのでこちらに移してきました。
すごい昔に書いたのですが、既出なので童話祭に出せず残念。
でもまあ、シーズンなので置いていきます。
子どもさんにアマゾンでぽちっているのが見つかってしまったママさん、大丈夫です。お子さんには「フィンランドからだと日本の流行がわからないので教えてあげた」とか「サンタさんも最近は忙しくてママにお手伝い頼んだの」とか言えばちっちゃいころは信じてくれます。きっとそう。