07 筋力も魔力も裏切らない
「おや? アンナちゃん、今日は中でウェイトレスしないのかい?」
店の前で立っていると、常連さんに声をかけられた。
むさ苦しい野郎がいっぱい集うアンナの店でも臆せず入ってくれる、女性中心パーティのリーダーさんだ。
「えへへ。実は新しいウェイトレスさんをやとったんですよ。
忙しいときは私も中でがんばりますが、今はそうでもないのでお客様に新サービスをしようと準備してたとこです」
先日開発した魔法は『浄化』と言って、蘭に調べて貰ったところ、文献の中には存在しているものらしい。冒険者の中には出来る者もいるかもしれない、とのことだ。本来の用途は自分たちで狩った獲物をキレイにすること、らしい。肝などの薬にも使われる部分は汚れてしまうと価値が下がるからだ。
ただ、あまりメジャーではないため多少悪目立ちするかもしれない。
が、そもそも5歳児が魔法を使うことに比べたらそんなもの屁でもないことだ。
ちなみに実験台として両親にも浄化魔法をかけたら、泣かせてしまった。どれだけお前は天才なのだ、と。子供ながらにこんなことを考えて実行出来ねばならぬくらい追い詰めていたのね、と言われてしまった。
まぁ親馬鹿が心配性の方へシフトし、爆発した結果、ということにしておく。
ともかく、両親や弟妹にも浄化魔法をかけて安全性は確認した。ついでに店もまるごと浄化したので、店内は結構明るくなった。キレイに掃除していたつもりだが、化学洗剤もないこの世界ではあれが限界だったのだ。
そんなこんなで、両親に許可を得て本日より混雑時間以外で浄化サービスを行うことにしたのだ。
「浄化ってのがいまいちピンとこないんだけど…つまりはタダなんだろう?」
「はい! サービスの良さをわかっていただくために最初はタダです。
でも次からはお金ください! あのね、アンナのおこづかいなの」
最初は無料にすることに対して両親から厳しい意見もあった。労働しているのにも関わらず対価を支払われないのはおかしい、というものだ。そりゃそうだ。元日本の学生の杏だってサービス残業やブラック企業といった存在は知っている。そもそも学生だって単位を人質にとられたボランティアとかいう制度がある。ああいう風にはしたくない。
ただ、浄化がどんなものかイマイチわかってもらいづらいことも事実だ。
なので、初回のみお試し無料。それ以後はアンナにお小遣いという形で貰うことにした。幼女へのお小遣いであれば財布の紐も緩むだろうという魂胆だ。
「あとね、ご飯いっぱい食べてくれたら、この『そよかぜコイン』あげるの。5枚貯まったら一回浄化するのよ!」
「あぁ、『そよ風亭』だけで使えるコインだから『そよ風コイン』ってことかい?」
「うん! 偽造はできないんだよ! 全部に弟と妹のお絵かきあるんだから!」
コインといっても実際は木をコイン状に切っただけのものだ。端材からちょいちょいと魔法で加工したものだ。これを作るのもいい修行になった。ちなみに余っているコインは今弟妹達が積み木として遊んでいる。
「なるほどねぇ。じゃあとりあえずその浄化とやらして貰っていいかい?」
「はい!」
浄化魔法は杏にとっては難しい魔法ではない。対象を風呂上がりにしてあげるだけだ。
実験の時は欲張って肌も髪もウルツヤに、などと考えたがあれは家族や自分にするときだけでいいだろう。この浄化魔法を使う最大の目的は、お店の衛生状態を保つことなのだから。
それと、魔法をたくさん使うことにより魔力の強化も目的だ。一石二鳥、一粒で二度美味しい。なんなら三度美味しくたって構わない!
「これは…」
「うふふー。サッパリした?」
お姉さん達のパーティは三人。全員それなりに出るとこ出ている美人さんだが、職業柄ところどころ汚れている場所もあった。それらを全てキレイにしてあげたわけだ。
お姉さん達も互いを見合って唖然としている。
(驚いてくれてるみたい。やっぱり女の人の方が変化を感じやすいのかな?)
「あ、アンナちゃん。これ、次回からはお金とる…のよね?
いくらくらいになるのかしら?」
杏は得意げにパーにした手の平をつきつける。
「お一人様5ゴルだよ!」
「えっ安くない!?」
ちなみに、この世界の通貨はゴルと言う。
両親が営むそよ風亭の食事は一食大体100ゴル前後。大人一人が一ヶ月生きていくのに大体1万ゴルあれば最低限なんとかなる、といった通貨価値だ。
確かに非常に安い。
けれども別に営利目的ではない。目的は魔力強化と店内の清潔さを保つことにあるのだ。なので、安くして利用客を増やすのが優先。
「だって、アンナのおこづかいだもん」
「これなら毎日頼みたいくらいだわ…」
「うふふ~。毎日そよかぜ亭に通ってくれていいのよー」
浄化魔法をかなりお気に召してくれたらしく、次回利用も真剣に考えてくれているようだ。
「あのね、いっぱい来てくれてそよかぜコイン5枚ためてくれたら一回無料なの。だからいっぱいきてほしいの」
「アンナちゃんは商売上手だねぇ。これじゃあもう他の店にいけないじゃないさ」
「あ、でもでも、これ魔法なの。
だからアンナが魔力切れ起こしてたらごめんなさいすることあるから」
「そりゃあそうだ。というか魔力切れ起こす前にやめるんだよ。
アタシは魔力ないけど苦しいって聞いたからね」
「アンナちゃんはまだ、小さいから魔法が使えるだけでもすごいことなのよ?
無理は禁物だからね?」
ちょっぴり魔法が使えるお姉さんは、心からアンナを案じてくれているようだ。だが恐らく、浄化魔法だけでアンナの魔力がなくなることはないだろう。そのくらい浄化魔法はエコなのだ。コツさえ掴めれば多分目の前のお姉さんも出来る。一応、商売のタネなので言わないが。
「うん、気をつけるね。それに、お店がこんでるときは中に入っていつものお仕事するから」
「なるほどねぇ。
ま、何にせよ無理は禁物だよ」
そんな会話をしたあと、お姉さん達を店内に案内する。
その後も混雑時を避けた何組かのお客さん達に同様の説明をした。掴みは上々のようで、浄化魔法を受けたお客さん達は次回の利用を前向きに検討してくれている気配を感じる。
混雑時と、魔力切れを起こしたときはできないことだけはしっかり説明したのでそこまでトラブルも起きないだろう。正直に言ってしまえば、ウェイトレスをやりながら片手間に浄化魔法を使うことは可能だ。ただ、それをやってしまうとただでさえ5歳児に見えないアンナが余計5歳児に見えない、ということでやめたのだ。これは蘭と相談して決めたことだ。
無駄に目立つのは出来ればやめたい。ゲームストーリーの大筋を崩してしまうと、知っている未来から外れてしまう可能性があるからだ。
(ま、最終的にはゲームルートぶち壊して私と蘭両方とも生き残る気満々だけどねー)
そのためにも、例え5ゴルという小額であっても自分で稼げるというのは大きい。また、これで様々な客層の人間が来てくれれば店も儲かり両親へのおねだりもしやすくなると言うもの。
(最初はおねだりから始めて徐々に小銭稼ぎになるようなものにシフト…。
ゆくゆくはホワイトな商売はじめて色んなツテができたらいいなぁ…)
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