06 修行がてら新魔法作ってみた
この世界に来て一ヶ月ほどがたった。
杏の生活は相変わらずだ。朝から晩まで食堂の看板娘をやり、寝る前のわずかな時間で姉と交流をはかる。それぞれのパラメータ上げはそれなりには順調でどれも一ヶ月の最低目標である1アップは達成できている。
中でも目覚ましい成長を遂げているのが攻撃力(ゲーム中では脳筋赤担当のパラメータ)と魔力(ゲーム中ではふわふわな後輩が担当するパラメータ)の二つ。
(ただ、ちょっと最近伸び悩みそうな兆しが出てるのよね)
攻撃力は筋力と置き換えてもいいだろう。
食堂の看板娘として日々客に美味しいご飯を運んでいる杏。最初の頃はスープものや飲み物が重くて一つずつしか運べなかった。というより、両親もさせるつもりがなかったのだと思う。何せ杏もといアンナはまだ5歳なのだ。運ぶものはお客様に届ける商品である。失敗したときのリカバリーが効かないこともあるので、両親としては正確に注文を教えてくれればいい、と思っていたのだ。
だがしかし、せっかく筋トレになりそうな仕事を見逃すわけにもいかない。毎日これで鍛え続ければなかなかのトレーニングになるのでは? と杏はそちらにも手を出した。ちょうど人手不足だったので両親もダメとは言いづらかったのだ。
身体強化の魔法を使いながら、毎日トレーニングを兼ねた仕事を続けるうちに慣れてきてしまったのだ。
(魔法を使いながらっていうのをやめれば純粋な筋力アップに繋がるとは思うんだけど…。
じゃあ、どこで魔力を使い果たすか、っていうのが難しいのよね)
魔力を増やすのに手っ取り早い方法は、毎日使いきってから就寝することだ。
特に若いうちはコントロールが未熟な一方で回復力がとても高い、という論文も出されているらしい。ちなみにこれは蘭からの情報である。
そういった事情で、毎日身体強化を無意識レベルでかけ続けられる程度に魔力は鍛えられたのだが、こちらもまた頭打ちの気配がする。
無意識に身体強化ができるようにはなった。しかしながら、これよりも上のレベルの魔力になれる道筋が見当たらないのだ。
(普段の生活では身体強化を使わず、美しい姿勢を己の筋力だけでキープしつつウェイトレスをやり、魔力を他のことに使うっていうのが理想よね…。
これができれば攻撃力・マナー・魔力の3つのパラメータを同時あげできるもの)
ちょうど季節は初夏。
冒険者を含む野外での仕事が中心になる人たちの活動も活発になり、昼間の段階からエールが飛ぶように売れている。しかもジョッキで。結構重いので筋トレにはもってこいだ。
(…風魔法で空調調節みたいなことできないかな?
厨房も熱がこもってお父さんもお母さんも大変そうだし…。あと正直お風呂の習慣って庶民にはあんまり浸透してないみたいで臭いんだよね)
食堂の常連さんは冒険者や独り者の若い男性だ。
身なりに頓着しない男達は正直言って臭い。そのせいで女性が居つかないのではと勘ぐってしまうほどに。
(うん、まず風魔法で空調試してみよう。湿気と臭いを散らす感じかな?
ダメなら次の手を考えればいいわよね。
あとお客様の質もなんとかならないかなぁ? 冒険者でも女の人はいると思うんだけど、ちょっと入りづらいよね。忙しくて掃除に手が回ってないのはあるし…。
魔法で掃除…掃除….
開店前に水ぶっかけて拭くとか? 水魔法…いや、消毒なら火?)
この食堂は古い家を改装して作ったもので、煉瓦作りだ。
そのため火魔法を使っても一応問題はない。問題なのは木製の家具。
(まず思い付いたことからやってみよう。除菌消臭、それから快適な環境作り!
男女関係なく楽しんで食事ができるようにしてもらわないとね。
うちの両親の料理の腕は悪くないんだから)
様々なトレーニング方法を考えながらも、体は勝手に動く。注文を受けて両親に伝え、出来上がった料理を運ぶ。最初はこんな子供が大丈夫か? という目もあったが、今ではすっかり名実ともに看板娘となっていた。今のところミスしたことはないが、最悪ミスっても笑って許してもらえそうな程度には常連さんとの友好関係も築けている。
(ホントはシャワーサービスでもつけたいんだけどね。シャワー浴びるだけでもさっぱりするじゃない?
でもなぁ、それは排水どうするとか色々あるしめんどくさい。
そもそもシャワー入れるなら私だってお風呂入りたいわよー)
お風呂は高価なもので、一般庶民にはなかなか手が出づらい。
公衆浴場などが普及してくれればいいのだが、それもまだ難しそうだ。
グルグルと色々な考えを巡らせつつ修行をしていると、あっという間に閉店の時間になった。それなりに顔見知りになった客達は、結構聞き分けよく帰ってくれる。たまにウェイトレスが子供だということで甘く見るような輩もいるが、そういうのは他の客達がボコボコにしてくれていた。
そういう親切な人たちが来てくれるからこそ、店の環境もより良くしたいではないか。
「どうしたの? 難しい顔してるわね」
「んー…もっとおみせがはんじょうする方法ないかなぁっておもって」
「ははは、アンナは欲張りさんだな。
だが、慢心しないことはいいことだ。お父さんも何か考えよう」
「考えるのは悪くないですけど、アンナはもう寝る時間よ。
…毎日遅くまで仕事させてごめんね?」
「ううん、いいの! だってアンナはかんばんむすめだもの」
悩んでいると両親が声をかけてくれた。こちらの世界の両親もとても優しい。日本であまり出来なかった分、この人たちには目一杯恩返しがしたいというのも動機の一つだ。この店をたくさん繁盛させて、少しでも両親に楽をしてもらいたい。
「働かせてる父さん達が言えることじゃないが…アンナはちょっと頑張りすぎだぞ?」
「アンナが頑張ってくれているお陰で私も厨房に入れるんだけどね…。普通ならこんなに回転率よくならないわよ。ふがいないお母さんでごめんね」
「アンナ、ごめんよりありがとうがいいな!」
喜んで貰うために一生懸命頑張っているのに謝られてしまうといたたまれない。確かに、自分でも少し5歳児にしてはやり過ぎたかもしれないという自覚はある。でも実際規格外5歳児のお陰で店の回転率も良く稼ぎもなかなかのモノになっていることは窺えた。
ならば、やはり褒めて貰えた方が嬉しい。
「もう…。でも、お陰で一人くらいなら雇えそうってわかったの。
そしたらアンナはもう少し楽出来るからね」
「え、そうなの? アンナへいきだよ?」
「今は平気でもあとからどっと疲れが出るかもしれないからな。
さ、もう休みなさい」
「むぅ。アンナへいきだからね?
おやすみなさーい」
両親におやすみのあいさつをしてから自室に向かった。
(うわーやばいな。このままだと仕事兼修行の時間減るかも? いやでも自由時間が増える、かなぁ? でもなぁ…。できれば家の稼ぎになるような事もしたいし…。
魔法でお風呂の代わりになる何か…本格的に考えてみようかしら。
こう…浄化魔法みたいな?
そういえば魔法はイメージが大事らしいしオリジナル魔法作れないかな? 清掃魔法とか、清潔魔法みたいなの…)
考えて想像する。
全身がお風呂上がりのようにサッパリして、汗や垢もキレイに除去された状態。つま先から頭の先までキレイにしてもらって、ついでに化粧水や乳液なんかで整えたような、つるすべ肌やツヤツヤの髪になるようなイメージ。
(そうだよね。清潔になるのも嬉しいけど、エステみたいな効果あったら嬉しいよね!
行ったことないけど!)
女子高生にエステに行くような財力はないし、あったとしても杏ならば迷わずゲームや漫画やCDに使っただろう。それはそれとして、イメージだけはバッチリだ。ようは気の持ちようである。
今度はそのイメージに魔力をのせていく。どのくらいの魔力を込めれば良いのかがわからないので、とりあえず今残っている魔力は最悪使い切ってしまってもいいだろう。
すると全身が清潔になり、肌や髪にしっとりとした潤いが生まれた。
「成功…した?」
思わず声に出してしまい、慌てて口元を隠す。弟妹はとっくに夢の中なのだ。起こしてはいけない。
けれど、思わず声が出るくらいに興奮している。
体も、髪も、お風呂上がりのようにサッパリしている。この世界に来てから久々に味わった感覚だ。
(魔力の減り具合は…あ、意外と消費してない? 全部使い切るような気持ちでやったけど…)
ともあれこれはチャンスかもしれない。
上手くすれば、この食堂限定のサービスが出来るかもしれない。新たなチャンスに杏は胸を高鳴らせた。
(…あんまり効果ありすぎてもヤバいから使うのは普通の浄化だけにしよう。
新魔法「エステ」は…蘭に教えるのはありかもね!)
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