43 粉砕!デッドエンド
「…噂には聞いていたが、なかなか反則だな、それは」
「浄化魔法は道中ラナと強化しましたから。
あと魔王城解体の時にも」
穏やかに話すディガルドに、杏もおっとりと返事をする。
だが、その口調に反して二人とも見た目は満身創痍といった風体だ。
ディガルドはその身にもうほとんど負の魔力を宿せていない。
ここに来た時点では、負の魔力はこの辺り一帯を包んでいたはずだ。それなのに負の魔力が供給されていないのは、蘭が周囲を思い切り浄化しているからだ。バフはいらないと大見栄を切ったが、この援護がなければ杏はやられていたかもしれない。
供給を絶たれた上に、杏からの攻撃を受ける度に負の魔力は少しずつ削り取られていった。今はもう左手にわずかに纏わせるのみだ。負の魔力を強制的に使用していた反動で体力もかなり減らされている。
対する杏も、ボロボロだ。
ディガルドを殺してはならないという縛りプレイ。彼の攻撃を避ける、もしくはうまくいなす。足止めの魔法やこけおどし用の魔法を使って動きを止め、その隙に浄化魔法を込めた拳をぶち込む。または直接浄化する。
だが、ディガルドがそう簡単にさせてくれるはずもない。相手は第一線で活躍していた軍人なのだ。特に、戦闘開始直後はすさまじい負の魔力と共に斬りつけられた。避けきることの出来なかった斬撃であちこち切り傷だらけになっている。その上様々な魔法を同時に使っているせいで、魔力も尽きかけていた。
けれど、二人は笑みを浮かべる。貴族のマナーとしての表面上の笑みではなく、本気で戦える楽しさで。生粋の軍人であるディガルドはともかく、元は暴力を厭う現代日本人だった杏も楽しいと感じてしまっている。拳で言葉を交わすというのは、二次元だけの話じゃないんだなと身をもって実感しているところだった。
それでも、何事にも終わりはやってくる。
「…何がいけなかったのだろうな」
ぽつり、とディガルドが零す。
全力で戦える楽しさはある。けれど、彼の心にはずっと何かがひっかかっていたのだろう。
「部下を庇ったことだろうか。
それとも、治ると夢を見てしまったことだろうか。
…君と出会ったことだろうか」
過去に戻り、何か一つの出来事を変えられれば、こうはならなかったのだろうか。
その問いは人間であれば誰しも持つだろう。後悔しない人間などいない。けれど、杏は今ディガルドがあげた選択肢のどれも後悔して欲しくなかった。
だから、杏は答えを返す。
実に杏にとって都合の良い答えを。
「私を憎みきれなかったことじゃないですかね?」
杏は上品な笑顔を浮かべて言い放った。
感情を全部隠して上品な笑顔を浮かべるのはマナーの基本だ。何の役に立つのだと思っていたマナーのパラメータがこんなところで生きるとは思わなかった。
本当なら泣きわめいて、そんなこと言うなと言いたかったけれど。
「憎んでも良かったんですよ。
余計な希望持たせやがって、余計な情報与えやがって…ってね。
なのに、ディガルドさん優しいから。
今思えば、いっぱいヒントってかSOS出してくれてたんですよねぇ。気づけなかった私が未熟です」
半端な希望を持たせた。半端に情報を与えた。
彼のことを表面だけ見て、もっと深く内面を知ろうとしなかった。自分の心すらもきちんと把握できてなかった。
杏だってたくさんの後悔がある。
もっとたくさん話をすればよかった。蘭を悪役令嬢にしないために奔走したように。
そうすれば、ディガルドを魔王になどしなくて良かったかもしれないのに。
「…憎む、か。難しいな。
そうするには少しばかり色々ありすぎた。左手が動いたときの感動は、紛れもなく本当だったのだから。
君こそ、私を憎めばもっと楽に倒すことが出来ただろうに。まさかこれだけの実力差があるとは思っていなかった。やはり鍛錬出来ぬ期間が長いとなまってしまうな…。
…それだけ、とは言わぬが」
「私が憎むのは無理じゃないかなぁ?
というかディガルドさん、わかって言ってませんか?」
そう問いかければ、ディガルドはとぼけるように笑った。大人ってずるい。その反応だけで色々筒抜けだったとわかってしまうじゃないか。
杏の中で”萌え”だと思っていた感情。けれど、周囲から見れば大変分かりやすかったらしい。知らぬは本人ばかりなり、ということなのだろうか。こんな場面で自覚した上に、相手に筒抜けなんて笑い話にもなりゃしない。
「もう…。まぁいいや。
とりあえず、ここまできたら決着は付けなきゃですよね」
満身創痍。傷だらけな上、魔力の枯渇も目前の杏。
けれど、それはディガルドも同じ事。
きっと次が最後の一撃になる。
ゲームの中で、そしてこの世界に存在するあらゆる書物の中で言われていたこと。魔王は倒されれば消滅する。そして平和が訪れるのだ。
いろいろな意味で、最後。
「そう…だな。
久々に全力で戦わせて貰った。礼を言う」
「やっぱり軍人さんなんですねぇ」
「そうだな。剣を握っている自分が、一番自分らしいと感じる。それしか知らん人生だったしな」
話しながら、杏は攻撃する体勢を整える。
ディガルドも同様に、ただ剣を構えた。
これ以上の言葉はいらない。これから先も考えない。
今はただ、この真剣勝負の最後の一撃を、最高の一撃にするだけだ。
ブワリと肌がひりつく感覚。殺気というのは多分これのことなのだろう。前世の自分のままなら怯えて泣き出すか、気絶でもしていたかもしれない。
けれど、そうならないように今まで努力してきたのだ。
二人で生き延びるために一生懸命に、蘭と一緒に頑張ってきた。だから、この殺気だって正面から受け止められる。
「行きますよ!」
「来い!」
フェイントも小細工もなく、杏はまっすぐディガルドに向かって突っ込む。振り下ろされる斬撃をまっすぐ見据えながらすんでのところで躱し、その剣を支える左手に向かって拳をふるった。
大好きな大きな手に。
自分が治療を施した、そして今は負の魔力で覆われた左手。そこに、浄化魔法をのせた拳を狂いなくたたき込む。
寸前で拳の勢いを殺し、負の魔力を燃やし尽くすイメージで浄化をする。
そこで、ディガルドの表情は諦めたような、それでいて清々しいような表情へと変わった。だが、そんな微妙な変化を見ている余裕など杏にはなかった。
今までしてきた治療の経験と、魔物を浄化してきた経験、そこから導き出した仮説のまま回復魔法をぶち込む。
「死なせるもんかアアアアア!!!!」
負の魔力を浄化された魔物は少し強いだけの動物になった。
では、魔王は?
人間に戻れるのではないか?
そんな期待を込めて。
ゲームに悪役はいるけれど、現実に悪役なんていない。
誰も彼もが自分の正義を胸に行動する。それが、別の正義と敵対するだけ。
杏の正義はただ一つ「蘭もディガルドも悪役になんかさせない」という思い。
その全てをのせた拳がどうなったか。
全ては真っ白な光の中に消えていった。
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