40 魔王復活
サロンの一室にアルフォンス王子の言葉が重く響き渡る。
あまりの重さに現実を放棄してしまいたくなるけれども、それでは何も解決しない。どうにか糸口を見つけるように口を開いたのは蘭だった。
「ひとまず、現状を整理しましょう。
魔道具が暴発しそうなほどの負の魔力が一個人に凝縮されたのであれば、どこかに手がかりはあるのでは?」
「だよね。魔王っていったら魔王城建設しそうだし、肉眼でも何か変化があるかもしれない」
実際、魔王城が突如として現れたという描写がゲーム内ではあった。残念なことにその場所を特定する描写はなかったけれど。
「あぁ。王宮魔術師たちもその可能性を示唆していた。
二人に言いに来たのは…大変心苦しいが、その能力を貸してほしい、ということだ。
これは王からの伝言でもある」
「へ? 王様から? ラナはわかるけど私平民だよ?」
普通、王が平民個人に言葉をかけることなどない。一応伝言の形にはなっているが、アルフォンス王子を通した王の伝言など前代未聞すぎる。
「あぁ…申し訳ないが、非公式のものだ」
「そりゃそうか。アルフォンスくんのパパからお願い、みたいな?」
公式の伝言でないことがアルフォンス王子にとっては気がかりらしい。
確かに一国の命運がかかってるのに身分のせいで公式の頼み事と扱えないというのはちょっとモニョっとるすかもしれない。が、立場という者もあるし仕方がないだろう。
そう思って冗談めかしてみたのだが、思ったよりも効果があったようだ。一瞬動きが止まり、それから呆然とした声音で復唱された。
「パパ…いや、うん…」
「アルフォンス様。アンナの言動をいちいち気にしていると時間がなくなってしまいますわ」
どういう意味だ、と睨み付けつつも言葉にはしない。
実際話を脱線している時間はないからだ。
「そ、そうだな。規格外だからな。アンナさんも、ラナも。
「国のため、力を貸してほしい」と、それだけだ」
「うわーお、責任重大だね」
「お待ちくださいアルフォンス様。わたくしまでいっしょくたにしませんでした?」
「ほらほら。些細なこと気にしてる場合じゃないよ。
なんてったって王様じゃなかった、アルフォンスくんのパパ直々のお願いだもんね。でもなんで私たち?」
「なんでというのは愚問すぎるだろう。
今、この国が魔王の突然の出現でもパニックになっていないのは、二人の功績が大きい。
学園の生徒はなんとか浄化魔法を使えるようになったし、民衆でも一部は浄化魔法を使えている。
これを広めただけで、魔物に対する恐怖は多少薄れ、城下も落ち着いているんだ」
「それだけじゃない。
負の魔力という存在を示してくれたお陰で、探査の手がかりを得ている。
それに何より…二人とも本当に規格外だからな。
先生たちも、王宮魔術師も言っていたよ。絶対に敵に回したくないって」
「アンナはともかくわたくしも…ですか?」
蘭は大変不満そうだ。
「ぶっちゃけ目に見えたバーサーカーより、政治的な手練手管を兼ね備えた人の方が怖いと思う。特にエライ人は」
「ふふ、そういう顔も可愛いよラナ。才色兼備なお嫁さんをもらえて僕は幸せ者だ」
「将来尻にしかれそうですけどね」
アルフォンス王子は無能なわけではないので、簡単にはしけなさそうだけど。
そういう意味でも蘭とはベストカップルだと思う。たまに思い込んで暴走する蘭を引き留めたりなだめすかしたり出来る点は素晴らしい。
「それも楽しそうでいいんじゃないかな?
というか、ほんと王政とってくれてもいいくらいなんだけど」
「アルフォンス様、戯れもそのくらいになさってください!」
「はは、半分は本気なんだけどなぁ。でもあまりにふがいない旦那だと見捨てられそうだからね。俺は俺で頑張るよ。
ってことで、今頑張って探査してくれてる魔術師たちのところへ行こう。たぶんそれが一番の近道だ」
「えぇそうですわね。ですが…アルフォンス様少々お待ちください。
アンナとちょっとだけ話す時間がほしいのです」
チラ、と蘭が杏の方を見る。
双子の間にはテレパシーがあるというのに、わざわざ口頭で伝えたいという。その事実に少し表情を引き締める。
アルフォンス王子はその雰囲気を感じ取ったのか不思議そうな雰囲気になりながらも承諾してくれた。
「え? いいけど…。
じゃあ、俺は部屋の外で待ってるからできるだけ急いでね」
パタン、とドアが閉まる音がするが早いか、蘭が言葉を放つ。
「アンナ、一度図書室へ向かって」
「へ? 最終決戦前に何言ってんの?」
「大真面目よ。ちゃんと理由も聞いて」
今色恋に浮ついている場合だろうか。しかも、相手から拒否されているのに。
そんな思いが表情に出ていたのだろう。蘭は真面目な表情のまま続けた。
「私の思い過ごしならそれでいいの。
…ディガルドさんは、動かない手に絶望しているわよね?」
「そう、だね。
私がちゃんと治してあげられたらよかったんだけど」
杏の魔力ではあれが限界だった。
魔力回路を繋ぎ直すなんていうのは、本来であれば出来るはずがない事柄だ。パラメータがカンストに近い魔力と、転生前の知識やイメージがあったからこそできた所業である。それでも、治すには至らなかった。
「症状を聞いたら動かせるようになっただけ奇跡よ。
でも、彼は元々強い軍人で、その頃と現在のギャップに耐えられなくなってしまった。
前も仮説を話したわよね。魔王の核になる人間はあのムカデとかGかみたいな、気色悪い負の魔力を受け入れられるほどに絶望した人間だって」
「絶望したって…ディガルドさんがそうって言いたいの? まさか、そんなことあるわけないじゃん!」
あるわけない。そんなことがあるわけがない。
そうやって言葉にしながらも、心のどこかで納得している部分があった。蘭も、そんな杏の様子に気付いている。言葉を選びながら、話を続けた。
「うん、私の思い過ごしならそれでいいの。
…正直に言うと、実はずっと考えていたわ。でも、アンナが治療しているんだし、大丈夫だと思っていた。ううん、思おうとしていた。
でも考えてみると、つじつまがあうの。
だって、負の魔力のヒントをくれたのはディガルドさんなんでしょう?」
「あっ…」
そうだ。杏に教えるために、彼は負の魔力について様々な論文に目を通しただろう。
その中で、これは、と思う物だけを杏に届けてくれた。負の魔力に関する知識量だけで言えば、彼の方が多い。
「それに治療するときに無言ってこともないわよね。いろんなお話したんじゃないかしら。
負の魔力で強化される話、とか」
考えれば考えるほど、ディガルドと魔王を結びつける事柄が浮かんでくる。
今までした他愛ない話も、戦闘に関する話も。
もしかしたら、負の魔力を受け入れれば手が元に戻るかも知れない、と彼は考えてしまったのかもしれない。それがどれだけ苦痛であっても、元に戻るのならば…と。
「…図書館行ってくる」
「えぇ、そうしてちょうだい。
私の位置はわかるわよね?」
「もちろん。いやー喧嘩しといてよかったね。GPSついてるみたいなもんだもん。うんうん、べんりー」
努めて明るく返事をする。
今は空元気でもなんでもいい。前に進むだけの力が欲しかった。言葉にすることで、信じ込めるように。
「…空元気でもなんでもいいわ。泣き叫ぼうと何しようと全部受け止めてあげる。だから、ちゃんと私のところにきてね。絶対よ。
私じゃたぶん魔王を浄化するのには足りないわ。だってまだカンストできていないんだもの」
「うん。絶対追い付くから。
だから、落ち込んでたら笑い飛ばしてね」
コツンと拳を合わせる。
何があったって絶対的な味方がいる。それだけで、少なくとも前に進むことだけはできる気がした。
けれど、そんな杏の思いは現実に影響を及ぼすことはなく。
図書館は、管理者不在のため臨時休館となっていた。
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