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39 苦い気持ち


「はぁ…」


「抜け殻。あまりふぬけた顔を晒していると、つけ込まれますわよ」


「今はラナしかいないからいいの…」


「別に振られたわけではないでしょう?」


 蘭と二人きりのサロンで、杏はぐったりしていた。蘭がふぬけと称するのもわかってしまう程度に酷い顔をしている自覚はある。

 ディガルドから治療を断られて数日たった。

 表向き、杏は今まで通りに生活している。

 魔物の浄化をしたり、浄化魔法の研究に付き合ったり色々だ。

 最近ではラナと共に魔王復活の兆しが見えるとされる場所で、大気中の負の魔力を浄化することを試みたりしている。それについてはあまり効果が出ていないが。

 そうやって忙しく過ごしていても、不意に思い出してしまうのだ。

 ディガルドの、苦い表情を。


「なんだろう。振られるとかそうじゃなくて…可哀想とかそんな感情向けることもダメな気がして…。感情のやり場がなくて苦しい。

 苦しいけど、ディガルドさんの方が苦しいから、多分大丈夫なんだけどさ」


「…けしかけたのは悪かったと思ってるわ。でも、そうやって煮詰まっていても何も始まらないんじゃないかしら?」


「そうだけどぉ…」


 頭ではわかっているのだ。

 双子の一番の目標は、二人で生き残ること。魔王に倒されることなく、負の魔力に負けることなく、二人とも笑顔でこの学園を卒業するのだ。そうすればもう、ゲームの強制力に怯えることはなくなる。

 だから、物語の大筋に関係ないモブであるディガルドに何を言われても目的にはなんの支障もない。考えるべきは、魔王をどうやって速やかに討伐、あるいは浄化するかという手段なのだ。


「ごめんねー。グルグル悩んでる場合じゃないのに」


「あのね。確かに私たちはゲームルートに押しつぶされないように一生懸命頑張らなきゃならないわ。それはそうよ。

 でもね、だからといってそれ以外のものを一切そぎ落とせってことじゃないのよ?」


「そなの?」


 蘭からそんな言葉が出てくるのが凄く意外と言えば意外で、思わずマジマジと顔を見てしまう。

 蘭は杏よりもずっと死亡フラグが多い。だから、少しでも楽な自分がその分たくさん頑張らなければと思っていたのだが。


「当たり前じゃない。私が打算だけでアルと付き合ってると思ってるの?

 正直なところ悪役令嬢としていいのか?って位今人生楽しんでるんだから。

 そりゃ、王妃教育とか次期王妃の仕事とか大変なことは色々あるけどね。

 …だからかしら。私が恋愛したり、前世では味わえないような貴重な体験をして人生楽しんでるのに、杏は私を死なせないようにって…そういう努力ばっかりしてたじゃない?

 だから、杏にも恋愛とかしてほしかったの。ほら、私のせいで攻略対象とは恋愛できないじゃない?」


「攻略対象の皆様はイケメンではあるけれども、私はイケメンは鑑賞するのが一番いい人なのでご遠慮申す」


「それは知ってるわよ」


 ちょっと茶化すと、空気は少し和らいだ。


「知ってるけど、恋愛して欲しかったの。ううん、恋愛に限らず、私を助けるためだけの人生になんてしないで欲しかった。

 それでなくても、ここ10年は努力しかしてこなかったんだから」


「そう…なのかな?」


 夢中で気付かなかった。パラメータをあげて、お金を稼いで、周りへの影響力を強めて。やるべきことはいくらでもあったし、今だってある。

 ただ、思い返してみれば、休むことに罪悪感があったような気はした。休むと、蘭が死んでしまう気がしたから。


「そうよ。普通…がどんなもんかは私にもちょっと自信ないけど。

 でも、杏がずっと脇目も振らず頑張りまくってたのは私が一番よく知ってる。

 だから息抜き…って言ったら変かもしれないけれど、ディガルドさんに目が向いたのちょっと嬉しかったんだから」


「そっかぁ…。でも、治療断られちゃったしなぁ。

 推しに会えないのはちょっと寂しい気もするけど、大丈夫だと思うよ」


 むしろ恋愛というものは、会えないと寂しいを通り越して辛い気持ちになるものなのではないだろうか。今の杏の気持ちを正直に表現すれば先ほど述べた通り「少し寂しい」程度だ。だから多分、恋愛ではなかったのだろう。蘭にはちょっと申し訳ないけれど。

 そう考えていたのだが、蘭は手を額に当ててため息を吐いた。やれやれ、みたいなポーズに見える。


「どうせ自覚ないみたいだから突っ込まないけど…お願いだから攻略対象達にその顔見せないでね。

 弱みにつけ込まれる」


「え、そんな弱そうな顔してるの?

 常時威嚇するべき?」


「…その方がまだマシかしら? 自覚のない感情を隠すのは難しいってマナーの先生も言ってたし。威嚇…とまではいかなくても、キリッとした表情で覆い隠すのはありかもしれないわ」


「おっけー。デキる女的な?

 オーナーの顔しておけばいいかな」


 キリリとしたデキる女起業家と言った表情をする。ユーゴなど、商人を相手にするときによく意識している表情だ。


「うん、さっきのふぬけ顔よりは全然いいわ。

 じゃあ、会いに行ってみなさいな」


「この流れで!?」


「何も恋愛脳だけでいってるワケじゃないの。

 …これは杏には言ってなかった私の不安のようなものなんだけど…」


 蘭はそこで一度言葉を止める。

 不安を口にすると現実になってしまうことがあるけれど、それを心配したのかもしれない。

 ただ、その躊躇いの間にまたしてもメイドの声が響いた。


「失礼します! 火急とのことで、アルフォンス様が!」


 言い終わるよりも早く、メイドの後ろからアルフォンス王子が顔を出した。王族にあるまじきマナー違反。それをしなければならないほどの事態が予測できた。

 双子の間に緊張が走る。


「案内ご苦労」


「アルフォンス様!?」


「アルフォンスくんがマナー違反承知で飛び込んでくるって…何事?」


「最悪の展開だ。魔王が復活する」


「そんな…」


(いくらなんでも展開急すぎるでしょう!?

 ゲームなら3年生になってやっと魔王を倒しにいくのに?

 準備期間短いにもほどがある!)


(蘭落ち着いて!

 ぶっちゃけここまで展開狂ったんなら、もうゲームルートなんかポイしていいかもしんないよ!

 これは私たちにとって現実。現実ならどんなありえないことだって起きるって)


(それ慰めてるんだかなんなんだか…でも、そうね。

 もうゲームなんかじゃない。私たちが生き残るためにできることをしないと…)


「ショックを受けるのもわかる。

 順番に聞いてほしい」


 メイドを下がらせて、アルフォンス王子は話を始める。


「まず、王家に伝わる魔王復活の予兆を感じとる魔道具があるという話は知っているよな。

 その魔道具は要するに大気中の負の魔力を感じとる機械だってことがここ最近の研究で判明した」


「うわぁ、それ早めに知れてたらなぁ…。

 いや、知ってても平民が触るのは無理があったか」


「だろうな。この件で技術の秘匿は不幸を生むと痛感したよ。

 俺が王になった暁には…って、そこは今は良い。それで、その魔道具が先程反応しなくなった。

 つい先日までは大気中の負の魔力に反応していてあわや暴発でもするか? と言った具合だったのにだ。

 そこで推測されるのは…」


「何者かが大気中の負の魔力を自分の身に宿した…」


「そうだ。他にも考えられないことはない。例えば動物に宿ったとかな。

 けれど、今のところ大型の魔物が現れたという情報はない。

 誰かが負の魔力を宿し、うまく扱えるようになるまで一時的に身を隠した、と考えるのが妥当だろう」


 アルフォンス王子の言葉が、重く室内に響き渡った。


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