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38 暗雲


 蘭のギルド登録から数日。

 学園とギルド、そして対魔王の戦力がほしい国も飛び入り参加して正式に協議があった。その結果、様々なルールが取り決められ、学生は不正が出来ない代わりに身の安全は保証された。

 貴重な未来の人材を変なところで消耗するわけにはいかないし、けれど、不正を働かれて人材がきちんと育たないのも大問題である。それらを考えれば大変妥当な提案だったのではないだろうか。

 抜け道として、ギルドに認められる程度にきちんと依頼をこなしたのであれば、単位取得に必要なものは人を雇うことも出来るようになっている。誰にでも向き不向きはあるのだから、というのが表向きの理由。だが、実際にそれをやるには絶対に貴族がやらないような雑用依頼を黙々とやらなければならないことを意味している。プライドの高い貴族はどちらを選ぶのか、実は個人的にちょっと楽しみなのはナイショだ。


「まぁギルドの実技単位はそんな感じで決着付いたし、蘭も既に一人で出歩いて大丈夫って実力認められたし。今のところ順調よね」


 魔王復活が早まるというイレギュラーはあった。けれど、それでもなんとか食らいつけている感触はある。何より、双子の目的は「二人でゲームの死亡フラグを回避すること」だ。

 まず、魔王や魔物に負ければゲームオーバー。これは主人公の死を意味するが、今のところパラメータのほとんどをカンストさせているため負ける気がしない。

 次に、成績不振で一年次に落第。これも絶対にないようにパラメータをバカみたいにあげたので大丈夫だ。単位取得漏れがないようにアルフォンス王子も巻き込んで確認した。

 ヒロインのアンナの死亡フラグはこんなところ。ほぼ心配はない。


 対して悪役令嬢ラナの死亡ルートは多岐に渡る。

 だが、少なくともラナと蘭は全く違う風に育った。多少の誹謗中傷であれば、蘭を溺愛している王子が許さないだろう。しかも蘭は王妃教育をほぼ完璧にこなしているようなので、現王妃や王の覚えもめでたい。国内外に敵対勢力がいようとも蘭を蹴落とすのは難しいだろう。

 また、ゲームルートにはないが、一般的に考えられる貴族の没落原因として謀反がある。だが、蘭の実家であるキンストン公爵家に今のところそういった兆候はみられない。というのも、万が一を考えた蘭が実家のお金の流れをこっそり把握しているのだ。話を聞いたときは「よくやるわ」と思ったが、何が何でも生き残るためにはなりふり構って居られないのは事実だ。

 最後の可能性として、蘭が負の魔力を受け入れ魔王の片腕となる場合である。

 このルートに入るのが可能性としては一番高い。


 が、今のところ順調なはず、である。

 ゲームのヒロインである杏が、最近恋に落ちたという噂を流したからだ。


「…気が進まなかったけどね。ほんと、気が進まなかったけどね、うん」


 噂の相手は勿論ディガルドだ。名前は出していないけれど、憧れている人が居るという風にやんわりと噂を流している。流したのは勿論蘭だ。

 そのお陰かはわからないが、攻略対象者たちからは不必要なお誘いはなくなっていた。

 以前はエルンストから一緒に勉強しないか、とか。カインから稽古を付けてくれ、とか。ユーゴからお仕事の話のついでに観劇に、とか。クラーク先生から、実験手伝いのお礼にお茶でもしないか、とか。こんな感じで地味にデートのフラグを立てられていたのだが、今はもうそれぞれの用事があるときくらいしか誘われない。

 そんな話を蘭に報告したところ「勝ったわ」と笑みを浮かべていた。

 死亡フラグ回避の手伝いが出来たようで嬉しい。

 嬉しいが、それでもディガルドへの思いを利用するのは大変良心が咎めた。


「…だって好きって何…???」


 杏が暇になってしまうと考えてしまう最大の悩みだった。

 ディガルドは大変好ましい人物だ。ただそれは、萌えの具現化という意味で、である。

 杏の好みのキャラは大人の男性で、どちらかと言えば筋肉質で無骨なタイプだ。ディガルドはどんぴしゃなのである。ただし、あくまでもキャラクターとして。

 このゲームの世界は双子にとってはもう現実だ。現実にいる人間に対して「キャラが好みです」というのは失礼極まりないのではないだろうか、と思ってしまうのだ。

 恋愛経験がない、キャラ萌え一筋の杏には難しい問題だ。


 とはいえ、ディガルドに会えるのは嬉しい。

 時間が空けば治療のために杏は頻繁に図書室に通っている。今日もまたウンウン唸りながらも会いに行った。

 まさか、その先でこんなことになるとは思わなかった。


 その日のディガルドは、難しい顔をして何かの文献に目を通していた。

 そして、杏に気づくと苦い顔で言葉を絞り出した。


「すまない。もう治療はいらない」


「えっ…どうしてですか?」


 患者が望まない治療など、意味がない。

 けれど、ディガルドの手は動くようになったとは言え、まだ完全には戻っていない。大分よくなったので、剣を握ることは出来るだろう。だが、振るうことはまだできないはずだ。

 そう思って、疑問を口にしてしまったことを後悔した。

 ディガルドが、あまりにも痛々しい表情をしたから。


「アンナ嬢の気持ちはありがたい」


 その言葉に、流した噂のことが頭によぎる。

 こんな小娘に好かれるのは迷惑ということだろうか。


「なんとか治療しようとしてくれる、その気持ちは本当に有り難いのだ。

 アンナ嬢にしてもらうだけでなく、自分自身で魔力回路の循環が出来るようになってからは、手の動きも見違えるようになった。

 だが、それで思い知ってしまったのだ。

 …以前のような動きはもう出来ぬ、と」


 杏は、軍人時代のディガルドのことを知らない。

 気を利かせた蘭がそれとなく軍部に聞いてくれたらしいが、ある種タブーのようになっているらしい。とても強く、勇ましい男が、今は学園の図書館でひっそり暮らしているなどと…と嘆く声が多いと聞いた。そこにあるのは哀れみ。表だって悪く言う人はいなかったけれど、その哀れみがどれだけ彼を傷つけるのか、杏には想像できない。


「夢を、見てしまったのだ。

 以前のように戦えるようになるかもしれない、と。

 以前のように剣を振るえるかもしれない、と。

 だが、魔力を操作してわかった。今、こうやって動かせていること自体が奇跡のようなもので、以前のような動きに戻ることは、それこそただの夢でしかないと…。

 君が善意でやってくれたのはわかっている。すまない。

 全ては俺の心の弱さのせいなのだ」


 例えば。

 今杏が蘭と共に元の世界のあの時間に戻れると言われたら、どれだけ嬉しいだろう。

 努力すれば戻れると聞いたら。

 そして、その努力をする度に、その壁の大きさに打ちひしがれるとしたら。


(ううん…その仮定はディガルドさんの苦しみを理解するには足りない)


 二人で戻れるのであれば、ずっと二人で励まし合ってなんとでもするだろう。

 二人だから、なんとかできる。手を取り合って、時には叱咤激励して、どうにかするだろう。だって今まさにそうしている最中なのだから。

 けれど、ディガルドには誰も居ない。

 杏ではディガルドの支えにはなれない。


(理解するとか、そういう考えすらおこがましいのかもしれない。

 私には、ディガルドさんの苦しみは理解できない)


 他人の苦しみなど、理解できるはずがない。想像することはできるけれど、それすらも及ばないのだろうことだけは分かってしまって、杏は頷く以外の選択肢を失った。

 自分の小さな、育まれかけた恋心と一緒に。


「わかりました。

 でも、もし治療を再開したくなったらいつでもおっしゃってくださいね。

 私はいつでも歓迎しますから」


「…すまない、感謝する」


 聞き分けよく返事をすると、一瞬驚いたように目を見開かれ、それから安堵したように微笑まれた。

 きっと、反対されると思っていたのだろう。


「それじゃ、失礼しますね。

 図書館は普通に利用すると思いますが、あまり気にしないで下さい」


「あぁ…本当にすまなかった」


 ディガルドの謝罪を受けながら、図書室を後にする。

 もうあの大きくて無骨な手に触れることもない。

 他愛もない話をしながら治療することは、もうなくなったのだ。

あとがき


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