36 特別必修浄化魔法
「意外と学園の動き、早かったわね」
この日の朝のHRは普段よりも少々長くなった。王家から正式に魔王復活の兆しが見られたと発表があったのだ。それに伴い、学園生は魔王に対して有効になる可能性の高い浄化魔法習得を目的とする特別必修授業が行われることになった。つまり、今の学年から進級、あるいは、卒業するためには浄化魔法を覚えるのが必須ということになる。油断していた三年生などは今ごろ阿鼻叫喚となっていることだろう。少しかわいそうな気もするが、魔力を持つ者の責任をしっかり果たしてほしいと思う。
そんなことを考えている杏の独り言に返事があった。
「そりゃ、学園生は貴重な戦力になるからね」
杏の言葉に返事をしたのはアルフォンス王子だった。その隣を見れば蘭が令嬢の微笑みを浮かべながら傍に侍っている。相変わらずのニコイチだ。
その後ろには側近としてエルンストもいる。
「この学園てそんなに期待されてるの?
…ってそりゃそうか。私みたいな平民でも魔力があれば入れるもんね。国中の魔力持ちがいるんだから頼りにされるわけか」
学力のみで入学した平民もいるが、それ以外の学園生は大半が魔力持ちだ。魔王討伐ともなれば大きな戦力になることは理解できる。
「勿論王宮魔術師の皆様も頑張ってくれていますよ。
というか、今現在、皆様過剰労働気味といいますか…」
「そりゃまぁ…数百年に一度の大災害が予言されてるみたいなもんだもんねぇ」
「そうそう。そこで、魔力を持っているけれど時間はそこそこある学園生に白羽の矢がたったわけ」
「魔法の授業真面目に受けていなかった三年生なんかは卒業もかかってるし地獄でしょうね」
この学園の卒業は貴族の一種のステータスと見なされる。逆に言えば、卒業できなかった者はちょっと白い目で見られてしまう。それを見越して在校生たちは己の力量を加味しながら単位を取得するのだ。魔法が不得意なものは当然それ以外で必要単位を取得しようと試みる。それが、唐突な必修単位で水の泡にされたのだ。少々同情してしまう。
「でも単位取得はそこまで難しいことをやれと言っているわけではありませんよ。
教官の前で浄化魔法して見せられれば単位取得ですもの。
特にアンナさんは目を瞑っていてもできますよね。第一人者ですもの」
「確かに幼児が小遣い稼ぎに思い付いた魔法なんだから、この学園の生徒ならそこまで苦戦せずに習得できるかも。
小遣い稼ぎしてたころはこの魔法がこんな使われ方するなんて考えてもいなかったよねぇ」
そういって苦笑すると周りのメンバーも同じように笑った。
「そういえば、今後アンナさんは浄化魔法の時間丸々空きますのね」
ちょっと強引な話題転換だが、これは昨日の夜に蘭と打ち合わせしたことだ。
蘭も浄化魔法はバッチリ習得済みである。だからその分の時間を有効に使いたい。しかしながら、蘭は立場上少々自由がない。ならば、大勢の前で宣言してしまおう、ということだ。
とりあえず打ち合わせ済みには見えないように会話を重ねていく。
「うん。浄化魔法はもう呼吸の如くだし、1年次は任意の冒険者登録終わっちゃってるから」
今回のHRでは追加の浄化魔法の必修単位の他にもう一つ連絡があった。
本来であればもっと遅いタイミングでやるはずの、冒険者ギルドでの実習単位を今からとれる、というものである。
これは早いところ実践経験を積んでくれ、ということだ。いくら座学が秀でていても、魔物との戦いは慣れが必要だ。魔王の復活が近いという事実があるので、折角の戦力を遊ばせるのはもったいないということだ。
一応、任意とはあるが実際は浄化魔法さえ使えるようになっていればすぐにでも、という雰囲気である。
「ふふ、実は私も特別必修授業は終わってますの。
それで、アンナさんにお願いがあるのですが」
「いいよー。ラナの頼みなら大概はきいちゃう」
「僕は?」
「応相談」
茶々をいれてくるアルフォンス王子を軽くあしらいつつ、蘭の話に耳を傾ける。
まぁ中身はすでに打ち合わせ済みなのだけれども。
「ふふ。わたくしの相談はそんなに難しくないかと。
来年必修になるなら、先に冒険者登録をしてしまおうかと思いまして。つきましてはそちらに詳しいアンナさんに案内をお願いしたいんですの」
その言葉にアルフォンス王子やエルンストだけでなく、周りにいた人間全員が驚愕する。
それもそのはずだ。慣例として、王子や王子妃候補は今まで魔物と対峙したことはないのだ。ギルドの依頼を達成するという単位も、多くは一般的な民にはどんな困り事があるのかというを肌身で感じるという意味合いが強い。
そもそも、国の未来を預かる立場の人間が学校の単位ごときで怪我をしたらどうする、という空気があるのだ。正直それには双子も同意である。
だが、そんな慣習を蘭はぶち破るつもりなのだ。
「いいよー。今日いっとく?」
努めておっとりと。
そんな慣習、平民の私は知りませんよ、とばかりに承諾する。それが驚愕に拍車をかけた。双子を周囲は信じられないようなものを見るような目で見ている。
「えっ、ラナ本気?」
どうやって言葉にしたものかと悩んでいるそぶりの周囲に対し、アルフォンス王子は素直にそう口にした。
蘭はアルフォンス王子を見て安心させるように、にっこりと微笑む。
「えぇ。皆様に危ないことをお任せしてひっそり守られているだけ、なんてわたくしに似合いませんもの。
あ、アルフォンス様はダメですわよ? この国にとって重要なお方ですもの。エルンストさんも」
ついでにエルンストにも釘をさしておく。
これで二人は間違っても魔王との決戦時に来たりはしないはずだ。決戦時に攻略対象がいる、ということが引き金になりゲームの強制力が明後日の方向にねじまがるかもしれない。双子はそう本気で心配していた。
「…それを言うならラナ嬢もでは?」
「あら、わたくしは所詮王子妃候補。まだ婚約者の段階ですもの」
苦虫を噛み潰したようなエルンストの言葉を、ラナは笑顔でいなす。
そんな中アルフォンス王子は明後日の方向に暴走した。
「今すぐ結婚しろってこと?」
「プロポーズとしてはマイナス5億点。
ロマンスが一欠片もない。やりなおし」
「アンナさん厳しい…。
でも、俺としては本気なんだけど…なんで未来のお嫁さんがわざわざ危険なとこに飛び込もうとするの見ていなきゃなんないの」
「まぁ…それはそれで嬉しく思いますけれど…。
でもわたくしは決めてしまいましたので」
「でも…」
なおも言いつのろうとするが、決意を固めた蘭にその言葉が届くはずもなく。
蘭はガンとして譲らない。
そこで、杏が助け船をだすのだ。無茶苦茶な要求のあとに救済策をだせば、結構な確率で人は飛び付くものである。
「んじゃ、ラナの安全を私が保証すればいいんじゃない?
自分で言うのもなんだけど、護衛依頼の達成率100%の凄腕冒険者だよ、私」
そう提案すると、周囲はしぶしぶ認める雰囲気になった。
嘘は言っていない。ただ、杏は護衛の依頼をほとんど受けたことがないだけだ。ペーパードライバーだからこそゴールド免許を持っているようなものである。が、それは言わぬが花というものだ。
「無茶はいたしませんわ。
ですが、国のピンチにできることをしたいだけですの」
こうして無事に双子は、魔王復活の兆しが見られた場所へ向かうための第一歩を踏み出したのだった。
完結まであと少し!
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