35 魔王
「これ、先日の会議のまとめよ。
本当は極秘事項だから、読み終わったら燃やしてね」
「なにそれこわい。情報漏洩では?」
「いいえ? そもそも、負の魔力発見者でありその対抗策である浄化魔法の第一人者であるアンナに見せるなってほうがおかしいと思わない?
こんな大事な時期に身分がどうとか言っている方がどうかしているわ。…ほんと、あの古代遺物は…」
「こわ…」
大分腹にすえかねる"ナニカ"が王宮で起きたようだが、これは触らぬ神に祟りなしというやつだ。下手に口を挟まず渡された資料を読む。
平民に見られてはまずい部分などは黒く塗りつぶされていたが、概要は理解した。
「これ魔王復活早まるパティーンですかね?
ありえなくない? ゲームだったら兆候現れるのって、一年生終わる頃でしょう? 今夏休み終わった段階なんだけど!」
「私もあり得ないって言いたいけど…多分復活は早まると思うわ。
…ぶっちゃけると、いろんな人が杏に「大気中の負の魔力の浄化」を期待してるんだけど…」
「無茶言わないでおくれやす…まじエセ方言になるくらいに無理」
「だよね」
魔物の中にある負の魔力だって感知するのは結構大変だ。空気中に手当たり次第浄化魔法をかけろということだろうか。
…杏の魔力量なら案外いけてしまうのかもしれない、と思ってしまったがそれは言わないでおく。
「ただ、私としてはちょっと思うところがあって」
遮音結界をもう一度確認してから蘭は言う。
「ゲームの、悪役令嬢ラナ。彼女は、正直あまり魔法力は高くない人だった。私自身がラナだからわかる。ラナは魔法に関しては一般的な貴族と大差ないわ。
ただ、私は死にたくない一心で、できうる限りの最大限の努力をした。
杏がいてくれたし、アルもいてくれたから出来た、奇跡みたいな努力だと思う」
「それは私もそうだよ。
一人じゃなかったから、蘭の命もかかってるから、めちゃくちゃ努力できた。
ぶっちゃけ、こんなに自分が努力できる人間だと思わなかったよね」
お互いの命がかかっているから頑張れた。双子で、悪役令嬢とヒロインというどちらかしか生き残れない切羽詰まった状況に放り込まれたからこそ出来た努力だ。正直自分一人でこの状況に放り込まれたらヒロインの座にあぐらをかくだけの人生だったと杏は思う。
「それね。
前世の時は危機感なんかまるでなかったし。こんな風に最初から努力できる人間だったらもっといい高校いい大学とか行けただろうに…。
って話はおいといて!
ラナの話よ」
流石双子。お互いの努力出来る幅なんてわかりきっている。趣味のゲームにおいては数千回の試行回数も厭わないが、現実世界の勉強となると二人で匙を投げたものだ。ギリギリ平均点いけばいいやの精神。
そんな二人だったが、お互いがいたから努力できた。
けれど、ゲームの中のラナは違う。
「彼女はそんな一緒に頑張ってくれる人はいなかった。
だから、魔法に対する努力はそれなり程度。むしろ、王妃教育がハードスケジュールだから、もしかしたら才能に任せて一切努力してなかったかもしれない。
なのに、主人公の前に立ちはだかったときはめちゃくちゃ強いのよね」
「ラナがこんなに強いならラスボスもっと強いの!? って軽く絶望したレベルだよね」
「ほんとにね。なんだかんだ、攻略対象のバフ受けたらラスボスの魔王が弱いって感じることも多々あったわ。
じゃなくて、ラナの話。
ラナは、負の魔力と相性がよかったからと考えられないかしら?」
蘭が一番言いたかったことはここらしい。
悪役令嬢ラナのパワーアップは負の魔力との相性が抜群だったため。その考察自体はあっているのかもしれない。
けれど、杏にしてみると少々受け入れがたい仮説だ。あの、負の魔力を進んで受け入れたいとは思えない。
「へ? あのおどろおどろしいのを?
正直あれを体内に受け入れるって考えるだけで身の毛がよだつんだけど!
ぶっちゃけあれを受け入れるのって全身をナメクジとかゴキブリとかムカデとかに這われるようなもんだよ!?
むしろ全身ってか体内? できる? 無理じゃない?」
「その例え分かりやすすぎて今鳥肌たった…。
でもその点には同意するわ。あれを受け入れるなんて、正気じゃできない。
けれど…嫉妬に狂っていたら? 何もかもを犠牲にしていいくらいやけっぱちになっていたら?」
悪役令嬢ラナのアイデンティティとも言える「王子の婚約者」という立場。誰からも羨望の眼差しを受ける公爵令嬢。その立場が危うくなるのだとしたら。
いや、そもそも、自分が浴びていたその眼差しが実は偽りのモノだと知ったら。皆が肩書きだけを見て本人を見ていないとしたら…。
身から出た錆かもしれない。けれど、今までああやって生きてきた令嬢にその全てを飲み込むことは、簡単ではなさそうだ。
「なるほどね。もう周りが見えなくなってたってことか。
主人公を殺す以外に、自分が生きる道がない、と」
「負の魔力が生き物をパワーアップさせるというのは今までの実験結果でわかったことよね。
だから、ゲームのラナの強さは理解できるの。主人公を倒すために積極的に負の魔力を受け入れたんじゃないかしら」
「あー…気持ち悪いものほど受け入れたら恩恵が大きく感じる心理。
まずい、もう一杯! みたいな」
頭の中に前世の某CMが流れてくる。
今辛い思いをすればするほど、リターンは大きなモノだと思える。いや、思いたい心理だ。
「まぁ受け入れるほどに強くなるのは、たぶん間違っていないと思うわ」
見せて貰った報告書の中では、魔物の上位種を見つけた際にどうにか浄化魔法を試みたという記述があった。結果、浄化魔法で元の姿に戻すことは出来たものの、その際に浄化魔法とは思えぬ莫大な魔力を要したとのことだ。
多量に負の魔力を摂取した結果、魔物の上位種になったという仮説だ。
「で、ここからが本題。
魔王は、ゲーム内に出てこなかった捨て鉢になった人間なんじゃないかしら?」
「へ?」
「そう考えるとつじつまが合う気がしない?
負の魔力を受け入れなければならないほど追い詰められた人間が、それを受け入れて何かをなそうとした姿。
それが、魔王の正体だと思うの」
「…あり得ないって言いたいけど。そうね、ラナに対する仮説があっているとすれば、魔王もそうなるのか。
ただ、私としてはあの負の魔力を体に入れようとチャレンジする人がラナ以外にもボロボロいるとは思いたくないな」
「うん。よほどのことがないと受け入れないでしょうね。
だから、よほどのことがある人を探そうと思うの。人生に絶望している人、やけっぱちになりそうな人。そういう人ほど危ない、という仮説をそれっぽく仕立てて報告しようと思って」
ニヤリと蘭が笑う。
なるほど、蘭の魂胆が読めた。伊達に双子はやっていない。前世から数えれば30年近くということになる。
「その仮説レポート作成を手伝えって事ね。
確かに悪役令嬢ラナのことを伝えることはできないもの。やるなら、そこを抜きにして筋道立てて話さなきゃならない。
何その無茶振り…」
「無茶でもなんでも、魔王が誕生しなければそれだけで私たちが生き延びる可能性が増えるじゃない。
ていうか、パラメータカンストとかいう無茶をやり遂げた私たちなら出来るはず!
…それとも、杏は大気中の負の魔力手当たり次第浄化してみる? それはそれでいずれやらなきゃかもなぁとは思ってたけど」
「…どうせやることになるんじゃん。
いいよ、まずそのめんどくさそうな仮説レポート作成やろ。二人で頭突き合わせれば最低限の形は整うでしょ」
生き残るためにはやれることは全てやるしかない。
人間追い詰められると割となんとかなるものである。そんな諦めにも似た感情を持って、杏は蘭とともにレポート作成に励むのだった。
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