34 休み後の逢瀬
アルフォンス王子の衝撃的な一言。
「魔王復活の兆しがある」
これにより、双子はすぐさま作戦会議に入った。
と、いきたかったところなのだが、現実はそう甘くない。次期王子妃である蘭は、アルフォンス王子に連れられて対策会議へと連れて行かれてしまったのだ。
蘭は杏もアドバイザーとして居た方が、と主張したがそれは丁重に断った。目立つのは面倒だし、いいことがない。平民としての分はわきまえておかないとあとあと面倒なことになる。
負の魔力についてであれば、杏ではなく協力してくれた宮廷魔術師で十分なはずだ。
そうなると、杏は時間が出来る。
「これからまた忙しくなりそうだし、今のうちにディガルドさんのところに顔出しておこうかな」
断じて、色恋がどうとかいうレベルではなく。
単純に夏休み中治療できなかったことが気になっているだけだ。他意はない。ないったらない。
「こんにちはー」
図書室に顔を出すと、そこには変わらず迎えてくれるディガルドがいた。
杏を見ると少し困ったような笑顔を浮かべた。そのことに疑問を持ちつつも、追い返すような素振りはないので中に入っていく。
図書室のカウンターが見える、人があまりこない位置。治療をするようになってから、定位置となった場所だ。
「こんにちは。まさか夏休み後すぐに顔を出すとは思わなかったな」
「無理していないか心配でしたから」
そんな会話をしながら、いつも通りディガルドの手を取る。夏休み前よりも少し筋肉がついている。
「一応お聞きしますけど、無理はしていませんよね?」
このくらいの筋肉の付き方であれば許容範囲内だとは思いつつ訪ねてみる。
「主治医に怒られてしまうからな。
魔力回路がどういったものか自分でもわかれば自己治癒が可能になるかと思ったが、俺には適正がないようだったよ」
「あ、そっか。夏休み中暇になっちゃいますし自分でできた方がよかったですよね。
すみません、失念していました」
断じて、会う口実がほしいからわざとやったとか、そんなことはない。
本当に忘れていただけだ。
「イメージができているとやりやすいんですよね…といってもあの、私絵が下手なの口頭でやるしか…ううん…」
「いや、いい。恐らく魔力回路を把握できたとしても、魔力量が足りんだろう。
夏休み中に聞いたが、君は魔力量だけなら宮廷魔術師をもしのぐ量らしいな」
「そういえば、そんなことを言われたような…」
夏休み中の地獄の検証中、一緒に浄化魔法などを行っていた宮廷魔術師がぶったおれたという事件が起きた。なんでも、ほいほい浄化魔法をまるで呼吸するかのごとく使う杏が隣にいたのでペース配分を乱されてしまったとか。久々に魔力切れを起こしましたよ、と苦笑した宮廷魔術師さんから「下手したら私の倍ありますね。卒業後よかったら一緒に研究しませんか?」と割りとマジな目をして言われた。
女性の社会進出が遅れているこの世界では、宮廷魔術師にも女性はいない。前例もないのに一人の判断でスカウトしていいのか、とちょっと不安に思ったのは内緒の話である。
「やはりか。
であれば、俺に治療など到底無理だろう。無念だな」
イケオジのショゲ顔スチル、いただきました。
しかしながら、スチルはコンプしたいものの悲しませたままでは女が廃るというもの。何か自分でもできるリハビリ方法はないかと考える。
「えーと、ちょっと実験してみてもいいですか?」
「む? かまわんぞ」
やってみたことはない魔法なので、まずは自分で人体実験をしてみる。
自分の左手をディガルドにも見えやすい位置において、自分の手の魔力回路を意識する。そこに、光るだけの魔力を流し込むイメージをする。
「な、なんだ?」
「お、できました!
これ、私の魔力回路です。人体の基本構造は多少の個人差がありますが、おおむね変わらないはずです」
今、杏の左手は無数の光が浮き出ている状態だ。光はよく見ると血管のように手の至るところに張り巡らされている。
「これじゃ眩しくてよくわからないかな…。もう少し量を少なくして…」
「なるほど。魔力回路はこんな風になっているのか」
「やっぱり実際見てみると違いますよね」
くるくると手の表裏を見せながら、大体のイメージを掴んでもらう。
「このように複雑なものの調整を行ってもらっていたのか。それは甚大な魔力を食うはずだ」
「で、ディガルドさんはどうなっているかというと…。私と同じように光らせてみてもいいですか?」
「かまわん、やってくれ」
許可をもらって微力な魔力を流す。
ディガルドの手も先程の杏と同じように発光するが、ちょっと様子が違った。
「これは…ひどいな。骨に沿って各指に繋がってはいるが、それだけだ。
しかも光が君のものに比べてかなり微弱だ」
「そうなんです。流している魔力量は変わらないので、繋がりが大分弱いことはわかっていただけると思います。
あと正確には、光っていないところにも繋がっていない魔力回路が点在しています。私が治療といってるのは、この今光っている部分と各所を繋げる作業ですね。
今は魔力を流しているので繋がっているところだけ光っています」
「そうか…。これは、動かしづらいはずだな」
可視化したことにより、自分の手がいかに傷ついているかを自覚して落ち込んでしまったようだ。だが、話はこれだけではない。
杏が提案したいのは、魔力によるセルフマッサージだ。
「で、今からディガルドさんここの回路に魔力を循環させてみてください」
「循環?」
「えーと、身体強化とかするときに、魔力を強化したい場所に流しますよね?
そんな感じで、強化するんじゃなくただ魔力を流すだけ…。今流れている魔力が円滑に流れるように意識してみてください」
「む…んん…?」
言うのは簡単だが、やるのは地味に難しい。
杏は自分でも実践して、魔力が循環している様を可視化させる。実際に見てもらい、実感してもらい、練習すること10分ほど。
「お、おお。こうか、こうだな!」
「はい、よかった。できましたね」
ぎこちないながらも魔力が循環している様子が見える。ただし、これは今杏が光らせて可視化させているのでわかるだけだ。
「自分でやる際には、まず自分の手の魔力回路を可視化もしくは感じられるようになってからにしてくださいね。
闇雲に手探りでやると魔力回路がズタズタになる恐れがありますから。そうなれば折角の治療が水の泡です」
「なるほど。まずは自力で可視化できるように、か。
道は長いな」
そう言うディガルドの言葉は少し落胆の色が見えるが、表情は決して暗くはない。そもそもどれだけ酷い状態だったのか再認識した落胆と、自分でも治療できる術が見つかった喜びといったところだろうか。
「いつも君にやってもらってばかりで情けないと思っていたが…自力でできることがあるだけでも幸いと思わねばな。
…少し、申し訳ないことをいうと、夏休み中に気が塞いでしまってな」
杏が忙しく過ごしていた夏休みだが、ディガルドにとっては何も進展がない窮屈な日々だったのだろう。それを考えると、夏休み前にこの方法を思い付けなかったことが申し訳なくなってくる。
「すみません、夏休み前にこれを思い付いていれば…」
「いや、君のせいではない。これは俺の弱さだ。
一度はこの左手が動くことすら諦めていたのだ。それなのに、動くようになった。あの時の感動は俺に伝える術はない。
だが、人間は慣れる生き物だ。感動が薄れると、今度は最盛期と比べてしまうのだ。全く難儀なものだよ」
そういってディガルドはまた苦く笑った。
今まで彼が積み重ねてきたものを考えると、安易に慰めの言葉を口にするのも何かが違う気がして。
杏は「治療を頑張ります」と伝えるのが精一杯だった。
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