33 夏休みが明けて
夏休み明け、学生達はそれぞれの一夏を過ごしてきての登校だ。ある者は健康的に日焼けをし、ある者は夏バテでもしたのかちょっとほっそりと変化をしている。
杏の夏休みはというと、魔物に対する検証と実験で終わった。
「収穫は多かったけど…夏休みとは…? って、ちょっと虚無顔しちゃったわよね」
「それ、わたくしの前で言いますの?」
夏休みの大騒動を思い出して、杏と蘭はちょっと遠い目をしてしまう。
この学園は夏休み明け初日から講義がある。限りある日数を無駄にしてはいけない、とのことだ。そうはいっても双子は夏休み前に、大半の講義を試験によってクリアしている。そのため、学園にいる方が実は休憩時間になるという矛盾が生じていた。
そのくらい、夏休みは休みにならなかったのだ。
特に王妃教育と負の魔力の検証を同時進行させた蘭のスケジュールは殺人的だったと言っていいだろう。
学園からの全校生徒への挨拶も終わり、二人はサロンでまったりと報告会をしている。専属メイドが淹れてくれた紅茶がとても美味しい。ちなみにだが、食文化は日本ベースらしく望めば日本茶とせんべいが出てくる。地味に有り難いシステムだ。
「うん、確かに蘭の方が忙しかっただろうけどさぁ…。
全然疲れが見えないのはやっぱ根性?」
「いえ…家に帰ってから何もしてないだけよ。
着替えからお風呂からマッサージから全部やって貰っていたから。
まぁ…王妃教育の賜物でもあるけどね。いつでも優雅に、疲れなんか顔に出しちゃいけないんだもの」
「流石は公爵令嬢で次期王子妃」
「褒めても何もでないわよ。
それより、これ。最終報告書よ」
「あ、ありがと!」
夏休み中王都から出てあちこちを駆け回った。時には泊まり仕事になることもあり、結構大変だったのだが、その成果が手渡された報告書に集約されていた。
しばし無言で熟読する。
その中身は、実に驚くべきことが書かれていた。
「…負の魔力は、私たちが魔力を行使するたびに生まれるってマジ?」
「えぇ。これは魔力的密閉空間を作って宮廷魔術師達がした実験の結果だから間違いないわ。
アンナに直々に教えて貰ったから、宮廷魔術師達が負の魔力を間違うはずがないし…」
杏達が普段使う魔力と負の魔力は、簡単に言うと酸素と二酸化炭素のような関係だったらしい。
人々が魔力を使うことで魔力に汚れが付着し、大気中に霧散する。そして、その霧散した汚れた魔力、負の魔力が動植物に取り込まれ魔物が生まれるというサイクルになっているのだ。
何度も何度も冒険者や騎士団が魔物を討伐しても魔物が一向に減らないのはこれが原因なのだ。
「つまり、魔物は私たちのような魔法を使える人間全員が発生させていた。
魔物の生みの親は私たちだったってことよね。そりゃこの研究結果は一旦伏せることにするわ。大混乱の元じゃん」
「そうね。魔法とあまり関わりのない平民からすれば、自分たちの生活を脅かす魔物は貴族が生んでいることになるのだもの…。最悪暴動が起きてしまうわ」
前世の考え方のままであれば、民に伏せるのは反対したかもしれない。けれど、別の視点をもってしまった今は賛成だ。真実は、公開すればいいというものではないのである。
公開したあとにデメリットがあるかもきちんと考えなければ。今回の場合は、貴族に対する反発が予想される。ただ、反発するだけならいい。実行に移されてしまえば、内乱になる。内乱で得をする人間は国内のどこにもいないのだ。
「あと、浄化魔法がこんなにも有用だとは思わなかったわ」
今回の検証で一番の収穫は、浄化魔法の有用性がわかったことだ。
「そうね。負の魔力に対する唯一の対抗手段だもの。汚れも負の魔力も全部キレイにして、なおかつ負の魔力を新たに生み出さない。計測できないくらい微量な負の魔力が生まれている可能性はあるけれど、それは計算にいれなくていいわ。
しかも、魔力コストが低く、平民でも出来るというのはアンナの家族で実証済み。
浄化魔法が浸透すれば、最低限の魔物対策とともに街の衛生までよくなるんですもの」
「一応冒険者の中には私の浄化魔法見てやってる人いるのよね。
ただ、思ったより難しいみたいなの。…さくっと浄化魔法を完成させちゃった身としては、どうやって教えていいかわからないのよね」
浄化魔法の有用性が一番の収穫であると同時に、目下一番の悩みだった。
浄化魔法を広く浸透させるにしても、双子が考えるよりも遙かに浄化魔法は難しいらしい。
「そこよね…。どうすればいいのかしら」
「一回効果を見ている人はイメージがつきやすいのかなって。
でも、対魔物は負の魔力に汚染される前の状態がわからないとできないでしょう? 負の魔力を取り込んだあとって結構姿形変わるみたいだから、対魔物の場合はイメージしづらいみたい」
「服の汚れ程度なら出来る人も多いみたいね。
まぁ地道にやるしかないわ」
はぁ、とため息を吐く。
一番の問題は、浄化魔法の浸透と魔王の復活どちらが早いかということだ。
魔王は近々復活する。負の魔力が溜まっているのだ。
魔王の復活はだいたい100年~200年という周期。つまり、そのくらいのスパンでコツコツとため続けてきた負の魔力が、一点集中するのだ。今から浄化魔法をあちこちで使ったとしても焼け石に水だろう。
「あと、大気中に溶け込んだ負の魔力を浄化するっていう方法がわかんないっていうのもちょっと不安要素。出来るんなら私がばーーーっとやってやるのに」
「そればっかりはね…。ていうか、アンナに掴めないなら他の誰にも無理だと思う。
少なくとも浄化魔法に関しては、宮廷魔術師達よりも詳しいもの」
「年期が違うからねぇ…」
そんな話とともにお茶を楽しんでいると、サロンの外に人の気配がした。
サロンは基本的に来客がくることはない。待ち合わせなどをしているのであれば別だが。そうでなければ、緊急時のみだ。
双子の間に緊張が走る。が、それは表に出さない。
「お嬢様がた、申し訳ありません。
至急ラナお嬢様に伝えたいことがあると、その…アルフォンス王子が…」
現れたのは先ほどお茶を淹れてくれたメイドさんだった。
だが、その表情は泣きそうなほど歪んでいる。そりゃそうだろう。サロンにいる人のプライバシーを守るのが彼女の仕事である。そこへ、王子から火急の用と言われてしまえばどちらを優先していいかわからない。最悪の場合、王子かラナの不興、どちらかを買うことになる。
「教えてくれてありがとう。至急通していただけるかしら」
そんなメイドの心情を思いやった蘭が、努めて優しい声音を出した。
程なくして、アルフォンス王子が到着する。
「ラナ! それと、アンナさんもいたのか。だが、好都合だ」
「アルフォンス様、何かあったのでしょうか?」
急いだ様子のアルフォンス王子が二人の元に登場する。彼にもお茶を淹れるために、メイドが一旦席を外れたのを見送ってから、アルフォンス王子が話し出した。
普通であれば、優雅にお茶を楽しみながら話す。だが、その順番を無視してでも伝えなければならないことらしい。双子は表情を引き締めた。
「王室の魔道具が反応した。
魔王が復活するらしい」
「えええ!?」
「そんな…」
どうにかこうにか表面上は取り繕う。だが、内心は素に戻っていた。
((はやすぎない!?))
双子のテレパシーが見事なシンクロをした。
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