31 魔物捕獲作戦
「お疲れ様。っていうかよくスケジュール空いたね?」
「無理矢理空けたの。
そうじゃないとプライベートな時間が全くとれないんだもの。
将来自分の子供にこんなことさせたくないからなんとかしないとね…」
はぁ、とため息をつく蘭は今日も大変可愛い。
これから双子は王都の外へでて魔物に対して実験をする。そのためいつもの制服やお嬢様スタイルではなく、冒険者スタイルだ。といっても装備品はそれなりのお値段のモノ、かつ、どこからか気品が漂ってきてしまうので地味に結構目立つ。
と、杏は思っているがそもそも杏の存在が目立っていることに本人は気付いていない。
杏は杏で王都では有名人なのだ。若干12歳で冒険者として頭角を現した才女。元を辿ればもっと幼い頃からそよ風亭の看板娘として、そして浄化魔法の立役者として活躍している。
要するに、二人揃うとなかなかに目立つのだ。
「さっさと王都出ようか。積もる話はそっちで。
…ところで」
チラリと蘭に視線を向ける人物に目をやる。一応きちんと気配を消している上に敵意はないので護衛だろうとはわかる。だが、確認しておかないとどんな事故が起こるかわからない。
「お察しの通り護衛の方よ。
一応立場が立場なものだからそういう方がいないと自由に出歩けないのよ。わたくしと杏でしたらおそらく振り切れるでしょうけど、それではあの方たちが罰せられてしまいます。
全員と顔を合わせて、ピンチ以外では手出し無用と通達しておりますから。それと、秘密のお話をしたいので遮音結界を使うことは通達してあります」
「話を通してるなら全然問題ないよ。じゃあ行こうか」
次期王子妃ともなると、外出もままならないらしい。
確かに何かあっては困るというのは理解できる。蘭は幼い頃からしっかりと王子妃並びに王妃になるための教育を受けてきた人物だ。今までかけてきた労力と金と時間は相当なものになる。
ゲームの中の悪役令嬢ラナは、それがわからなくなる程にしんどい思いをしたのだろうか。確かに王子のために一生懸命やってきたことがポッと出の小娘に奪われるのは耐えがたいことではあるだろうけど。冷静に考えれば、王子がヒロインを好きになったとしてもラナの次期王子妃という立場は揺らがないだろう。今まで教育してきた婚約者をないがしろにすることなどできないからだ。
そういえば、ゲームではエンディング後王子と結ばれたという描写はあれど、ヒロインが王子妃におさまったという描写はなかったはずだ。
(よくて第二妃あたりかしら? 側室か妾の線もあるけど。あとは、城下町にいる愛人、かな? 二人にとっては本気の恋愛でも、国から見たらただの火遊びか。
そう考えるとあんまりロマンチックじゃないなぁ)
「アンナさん、ボーっとしてるとつまづきますわよ」
(なに考えてんの? 難しい顔しちゃって)
色々考え込んでいると、蘭に二重に注意されてしまった。
慌てて思考を切り替える。
「ちょっと、色々ね」
(冷静に考えてゲームのヒロインが王子エンド迎えたあと、まともに幸せになれたのかなぁと思って)
双子の間で変なごまかしはしない、というルールができた。期間は魔王を倒して無事卒業するまで、つまり、ゲームルートを打破するまで。これは、先日「ほう・れん・そう」不足で蘭が暴走した一件からできたルールだ。疑心暗鬼になるくらいなら、全部さらけ出そうという話。
これによって杏は自分でもまだ固まっていないディガルドへの気持ちまで暴露させられたわけだが。蘭が死ぬエンディングになるよりはずっといいが、大変な羞恥プレイである。コイバナは杏にとってかなり敷居が高い。
(フィクションだからなんとも言えないけれど、少なくとも現実だったら王子妃になれないことは確かよね。
だって、女性の地位が高くないこの国でも王妃や王子妃は結構仕事多いもの。パラメータカンストしてたらまだ可能性はあるけど)
(だよねぇ。しかもエンディングを迎えたあと、王子もヒロインも心変わりがないとは言い切れないものね。世の中って世知辛い)
(もしものことばっかり考えてないで、現実を生きるわよ。
魔物生け捕りにしなきゃなんだから。私たちでも無事にすむかわからない試みなんだから、しっかりしてよね)
蘭にしっかり釘を刺されてしまう。
確かにボーッとしている場合じゃない。魔物は今まで倒すことはあっても生け捕りにしたことは冒険者歴がそこそこある杏でもないことだ。ディガルドも、わざわざそんなことをした奴は聞いたことがない、と言っていた。
どんな危険があるかわからないのだから集中しなくては。
「さて、まずは魔物を探さないとですね。探知魔法を使ってみます」
ぼんやり考え事をしながら歩いていると、いつのまにか王都の外まで来ていた。堅牢な城壁に守られた王都の外へ一歩踏み出せば、安全な場所はない。魔物はどこにでも生息しているからだ。
整えられた街道からは外れ、鬱蒼とした森の中へと入っていく。
まだ王都からは近い森なので、多少人の手が入っている地点だ。この辺りはまだ人が来やすいため、大きな魔物の類はいないだろう。
「この辺りで捕獲するならキックラビットとかデスマウスくらいかな?
万一ボア系やベア系の魔物と遭遇したら、生け捕りは考えない方がいいと思う」
「流石は現役冒険者ね。でも、私も色々魔法の練習したいから基本的にはアンナさんも見守るかたちでお願いね」
「もちろん。2年になったら相方になってもらうわけだし。非攻撃系の魔法のスペシャリストになってもらわないとね」
そんな軽口を叩き合いながら、森の奥へと進んでいく。
蘭の魔法は見事なものだった。あの殺人的な王妃教育スケジュールの中でどうやってここまで魔力の鍛練を積んだのかと感心してしまうほどだ。あとはもう少し実践を積めば杏に追い付くことなど造作もないだろう。
「いましたわ。小型っぽいですし、跳ねるような動きをしていますのでこれはラビット系でしょうか。この辺りの生態でしたらキックラビットか…最悪でもその進化種ですわよね」
「うん、その見立てであってると思う。
じゃあ実践してみよっか。捕らえられそう?」
「やってみますわ」
蘭が魔力を練り上げて、束縛のための網を作り出す。そのまま、魔物のいる方向へ進む。
杏の見立てでは、魔物は十中八九キックラビットだ。名前の通り脚力を生かした蹴りで応戦してくる。ラビット種の中では割りと好戦的な方だが、一方で敵わないとわかると自慢の脚力を駆使して文字通り脱兎のごとく逃げる。逃げ足もかなりのものだ。冒険初心者が逃げられて泣くことも多い。
そのキックラビットまであと数メートル。
集中している蘭の邪魔をしないようにしつつ、杏も攻撃態勢をとった。
手負いの獣は手強くなるというが、魔物もそうだ。そうなる前に倒す方が周囲の人間のためでもある。
「セイッ!」
蘭が気合いの掛け声と共に魔力で練った網を投げる。
狙いは狂わず、キックラビットに網が覆い被さった。だが、気配を察知したキックラビットもタダでは動かない。その脚力を生かして横に跳んだ。網は一部には引っ掛かったものの完全に束縛するには難しい位置になる。
今から魔力を練り直し、網を伸ばすにしても少しだけ時間がかかるだろう。その僅かな隙でキックラビットは跳躍してしまうはずだ。
それを察知した杏はキックラビットの足場を泥に変える。
すると、うまく地面を踏みしめられなかったキックラビットが体勢を崩した。
体勢を立て直すころには蘭の魔力網が植物のように伸びて、キックラビットを完全に拘束する。
「おー。成功だ」
「そこまで強くないと聞いていたキックラビットでも捕まえるとなるとこんなに苦戦するのね。想定以上のジャンプ力だったわ」
「でも倒すだけなら、ラナでも楽勝だったでしょ?」
「それはまぁ…そうですけれども」
自分一人の力で捕縛できなかったのが蘭は悔しいらしい。納得いかないと表情にありありと出ている。
「まぁ初戦にしては上出来じゃない?
これから検証するんだから、まだまだ捕まえてもらわないとだしね」
そう言いながら二人は泥まみれになったキックラビットに近づいた。
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