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30 夏休み前ラスト治療


「それで、そちらのクラスでは見事に補習を受ける者はいなかったのか。流石だな。

 どこのクラスでも例年一人二人は出ていたはずだが」


 試験の結果が発表された日の放課後。杏は日課となった図書館通いに来ていた。書物もさることながら、ディガルドとの逢瀬が思っている以上に楽しい。

 何気ない会話でも心弾むのだから、蘭に「それは恋だ! 恋愛だ!」と騒がれても仕方がない気もする。


「そうなんですか?」


「あぁ。やはり学力特化や魔力だけで入ってきた者は中々慣れないらしい。質問するのも緊張するようでな。

 補習でやっと緊張が解けるのが大半だ。それでも質問出来ない者は残念ながら学園を去って貰う結果になっていた」


「うーん…やっぱり平民出身者にはちょっとこの学園敷居が高いと思うんですよねぇ…。教員の皆さんも貴族の出だろうなーって思っちゃいますもん」


 些細な所作に品が滲む。生活環境の明らかな差を感じて居場所がないように感じてしまう、というのは平民であれば誰もが感じてしまうだろう。杏の場合は蘭で慣れてしまったが。


「それを考えると、今年の平民出身者は僥倖だな。

 君がいる」


「私ですか?」


「平民出身者でありながら身分を気にすることなく全員と話が出来る。これは貴重な存在だ。

 そしてアルフォンス王子もこの学園の中ではただの一生徒として振る舞っている。

 平民と王子が身分を気にせず友になれているというのは、学園の理念から言っても喜ばしいことだ」


「そう評価していただけると嬉しいですね。私だけの功績ではありませんけれど。

 私の場合は、やっぱりラナが居てくれたからかなぁ。小さい頃から一緒過ぎて、公的な場以外は本当に親友、って感じですもの」


「キンストン公爵令嬢と学園へ来る前から知り合いだったのか。

 それは良い縁を得たな」


「はい、とても幸運だったと思います。お陰様で文字を覚えるのもマナーを覚えるのも早かったんです」


 こうやって他愛もないおしゃべりをしながら治療をすることにも慣れてきた。相変わらず多大な魔力を消費する上に、治療速度はゆっくりだ。それでも、着実に良くなっていると感じられるのは嬉しい。ディガルドの左手はゆっくりとではあるが握れる状態にまで回復していた。


「はい、今日の治療はここまでです」


「いつもすまないな。

 そういえば成績も上位だったとか。何か礼と…成績上位の祝いを、と考えてはいたのだが…。

 いかんせん、若い女性の好きそうなものが何一つ思い浮かばん…何か欲しいものはないか?」


 直球! ストライク! 杏、ノックアウト!

 ちょっといかつい系イケオジが少し困ったように眉を下げつつド直球で何が欲しいと聞いてくるっていうのはそれなんてご褒美ですか? と杏は脳内でのたうち回る。

 今、一番欲しいものはアナタのスチルです。録画機能付きのカメラはまだ開発されないんですか? などと口に出来るはずもなく、杏はニッコリと微笑んだ。

 マナーの授業で習ったポーカーフェイスはこんなところでも役に立っている。


「お礼だなんて。前にも言いました通り、これは私の魔力の修行にもなっているんです。

 しかも、読みたい本をいつも探して貰えているのも大変助かっています。論文のためとかではなく、完全に趣味の領域ですのに」


「本の検索は俺の職務だ。…それは礼にならん」


「うーん…それ言ってしまうと少なくとも成績キープというか、学業は学生の本分ですし…。

 お気持ちだけでとっても嬉しいんですが」


 本当に、毎秒がボイスありのムービーでごちそうさまですの気持ちでいっぱいだ。しかも、贈り物を考えたくなる程度には気に入って貰えているという事実が更に嬉しい。

 その上今の台詞から考察できる生真面目な性格が大変萌える。出来ればこれは文字おこしをしてスチルと共に噛みしめたい気持ちでいっぱいだ。だが、これは何度でも言うようにゲームではなく現実なので、一時停止機能は存在しない。台詞枠もないので、文字おこしは帰宅後記憶を頼りにやるしかない。大変不便だ。

 そして、杏からディガルドへ返す言葉も選択肢はないため一生懸命考えなくてはならない。せめて一時停止が出来れば熟考できるのに。世の中のリアルに相手を落とそうとコミュニケーションをとる人達は、こんなことを毎回しているのかと感心してしまう。


「せめて、治療の礼は受け取ってほしいのだがな」


「でしたら、夏休みの間無理はしないという約束が欲しいです。

 今はなんとか魔力回路を繋げた状態で、外部刺激からいつまた途切れてしまうかわからない弱い繋がりしか出来ていません。特に小指側。

 なので、無理をしてしまえばまた逆戻りになる可能性が高いんです」


「確かに、小指が一番動かしづらいな。そういう理屈か」


「絵に起こせればいいんですけれど…あいにく私絵心がなくて…」


 こういう時前世のレントゲンや心電図というのは凄いんだなと感心してしまう。どうなっているのかが図解できるというのは大変な強みなのだ。魔力を写す機械はあちらにもないのだけれど。

 そして杏はオタクではあるが、悲しいかな絵心の方は全くない。大好きなキャラクターのファンアートを描こうとしたのも一度や二度ではない数だ。しかしそのどれも推しとはほど遠いクリーチャーが誕生してしまった。絵心がないのだと自覚して以来、杏は全く絵を描いていない。


「ククッ」


「?」


「いや、かなり大人っぽいと思っていたのだが…そういった表情もするのだな。

 すまない、少し意外だった」


「私どんな顔してました!?」


「大変悔しそうな…不本意そうな顔だったな。君はあまり表情を変えないから大分新鮮だった」


「もう! まぁ、私は平民ですからポーカーフェイスできなくてもいいんですけど!

 恥ずかしいなぁ…」


 両手をむに、と自分の頬に当てる。確かに推しを自分の手で具現化できないことが悔しい時期もあったが、今はもう平気だと思っていたのに。


「いや、そういう年相応なのは良いと思うぞ。

 学生時代というのは過ぎ去ってしまうと一瞬だからな」


「あ!

 ご褒美にディガルドさんの学生時代のお話とかでもいいですよ?」


「そんなもの楽しくもなんともないぞ。君に比べれば平凡もいいところだ」


 クスクスと笑い合いながら、雑談が出来る現状がとても心地よい。

 だからだろうか。無意識にポロリと本音が出てしまったのは。多分、この日の杏はとても緩んでいたのだ。


「夏休みの間、こうやって会えなくて寂しいです」


 そう発したのは紛れもなく杏自身で。

 だが、その言葉の持つ響きに自分でも驚き、動揺した。

 まるで恋人に放つような甘ったるい台詞ではないか。

 だが、口から出た言葉がもう一度口の中に戻ってきてなかったことになる、なんてことはなく。


(今のはそんな深い意図があったわけではなくーーーー!!!

 いや、でもそうやって一生懸命否定する方が怪しい? 怪しいの?

 助けて!!!)


 内心かなり動揺して考え込んでいると、繋がった感覚がした。

 動揺の余りテレパシーが繋がってしまったらしい。


(助けられないっていうか、テレパシーダダ漏れしてますよ奥さん!

 何があった!? ディガルドさんに告白した!?)


(やめて! まだしてない!)


("まだ"!? いずれするのね!? じゃあ大人しく報告待ってるから頑張って!)


 そうやって締めくくられたテレパシーになおも動揺していると、頭にポスンと適度な重みを感じた。ディガルドの、治療している方の手だ。


「治癒でなくても構わない。夏休み後に、また元気に顔を出してくれ」


 その優しげな表情と声。そしてまだ動きの鈍い手を、杏のために一生懸命動かして頭を撫でてくれている。その事実に胸がいっぱいになり、顔には大量の血液が集まってきた。

 杏は自分の首から上が鮮やかになっていることを自覚して、暫く顔をあげられなかった。



閲覧ありがとうございます。


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら


最新話下部より評価をよろしくお願いします。


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