27 双子の攻防①
蘭に避けられている。
そう杏が感じたのは夏休み前の定期試験直前が近くなった初夏のことだった。
試験の結果次第では今後の生活にも影響がある。しかし、これさえ乗り切れば長期休暇が待っている。学生のそんな悲喜交々なそわっとした空気が学園内に流れている。
(試験の相談したかったのに…何故避ける?
イケオジにかまけてゲームルート回避怠ってたと思われた?)
確かに最近心躍るイケオジとの交流に時間的リソースを割きまくっていたことは認める。イケオジにうつつを抜かしはしたものの、魔力も無事カンストしたのはかなりの成果ではないだろうか。それでもイケオジことディガルドの手はやっとボールを落とさず握れる程度ではあるが。このまま続けるとカンストを更に限界突破できそうな気配がある、という報告をしたいと思ったところやんわり避けられている気配を察知したのだ。
(テレパシーも弾かれるし、どういうこと?)
一番怖いのは、蘭の闇落ち、悪役令嬢ラナになってしまうことだ。
ただ、周囲の攻略対象者たちに聞いたところ特に異変はないとのこと。であれば、純粋に杏を避けているだけということなはず。
何はともあれ、とっ捕まえなければ話にならない。
(テレパシーは弾かれてる。
けど、手がないわけじゃない)
この世界にきて、始めて杏の自我が芽生えた日。あのとき杏は、ハッキリと蘭がこの世界に居ると確信していた。そして、なんとなく方向もわかっていた。だからこそ後先考えずに走り出せたのだ。
あの感覚をもう一度思い出して、居場所を特定する。
魔力が増えた今ならもっと精度をあげて出来るはずだ。何せこちとらカンストである。
イメージするのは前世で話に聞いた浮気防止アプリ。相手のケータイにこっそり仕込んで居場所を特定するやつだ。別に蘭に何か仕込んだわけではないけれども、双子の絆ならある、と信じたい。
「…いた」
方向は、お貴族様御用達のサロンだ。
ゲームの悪役令嬢ラナはこのサロンに散々入り浸っているらしい。ただ、平民の杏には正直敷居が高い。
「本格的に避けてるわね、畜生」
だが、そこで怯む杏ではない。
サロンは貴族が入り浸る場所とは言え、平民立ち入り禁止というわけではないのだ。学園内にあるので正装しなければならないわけでもない。単純に、貴族のマナーを知らない人間は入るべからずといった心理的圧迫感があるだけだ。
そして、杏は貴族に混じって受けているマナーの授業の成績はその辺の貴族よりも高い。
何より、貴族からの圧力なんぞ知ったことか、ここは平等な学園だ。未来の王子妃がそんなこと知らないとは言わせない。
きちんとマナーを守りながら蘭の元へと向かう。
(いた…)
視界に収めてしまえばこっちのものだ。未来の王子妃はマナー違反は絶対に出来ない。平民の杏であればダッシュで逃げることも可能だが、こんな場所で蘭が走り出したら何を言われるかわからないのだ。
一応杏も下品にはならない程度に、しかし密かに脚力を強化して距離を詰めた。
「ラナ、待たせてしまいました? 約束の時間には間に合ったと思うのだけれども」
「えっ…ええと?」
避けていた相手の突然の登場に戸惑う蘭。
無論、約束なんてものはしていない。先手必勝で嘘をつかせてもらった。
蘭が戸惑っている間にどんどん話を進めてしまう。サロンから出てきた蘭をつれて、もう一度サロンの中へ誘導する。
実際問題、サロン内部であれば盗聴の危険はないと言っていい。特に蘭が普段使いしているようなところなら余計に。
この際なので、中で腹を割って話そうと畳みかける。
「あら、ラナがゆっくりお話しましょうって言ってくれたんじゃない。
最近あまり話せなかったものね。でも、サロンだなんて緊張してしまうわ」
そう言って二の句を告げさせないように気をつけながら、二人きりの空間に入る。とりあえずはこれでミッション達成だ。蘭もちょっと悔しそうな表情は浮かべたものの、諦めて二人きりになってくれた。
サロン内には給仕の人間もいるが、こちらにお茶を出した後は呼ばない限り立ち入ってこない。ようやく二人きりになれた。
念のため周囲に消音魔法をかける。これで立ち聞きの心配はなくなった。
「さぁ、ゲロって貰いましょうか」
「…何を?」
「しらばっくれたってネタはあがってんのよ。何で私のこと避けてんのよ」
「それは…」
蘭が言葉を詰まらせる。
何か言葉を探しているようなので、話し始めるまできちんと待つ。蘭は何も考えずにこんな行動を起こすようなヤツじゃない。それは世界で一番杏がよく知っている。
「杏が…誰かに恋をしたのなら、邪魔しない方がいいと思って…」
「へっ!? 鯉!?」
予想外の言葉にボケるしかない。
誰が? 誰に? 恋???
蘭は何を言っているのだろうか。突然知らない言語でも話し始めたのかと割と本気で思ってしまう杏。
「わざとらしくボケないでよ!
そうじゃなくて、恋愛! アンタに恋愛フラグが立つなんて100年に1度の奇跡みたいなもんじゃない!
だから、ちゃんと杏に恋愛してほしいじゃん…。私がいなければ…」
「ストップ! ストップ!
蘭なんか勘違いしてない!?
恋愛ってなんのこと!?」
「誤魔化さなくていいってば! 無駄にウキウキした感情垂れ流してるのよアンタ!」
「何それテレパシーこわい」
テレパシーにはそういう作用もあったのかとちょっと驚いてしまう。
完全にプライバシーの侵害ではないか。
「いやまぁ…最近妙に浮かれてるからテレパシーで探ったとかそういうのは認める」
「故意なの!? 盗聴!?
っていうか待って。万が一億が一私が恋愛したとするわよね?
なんで蘭が居なければっていう結論になるのよ? アンタ唐突に物語中盤の主人公に恋するヒロインにでもなった!?」
今の蘭の台詞はどう見ても『私が主人公くんの足かせになってる! 私さえいなければもっと主人公くんは高みにいけるのに!』とか思っているヒロインの思考ではないか。
こういうヒロインも嫌いではない。だが、毎度思うのは「それ本当に主人公くん望んでいることかい? 必要なのは思い込みではなく会話だよ、会話」と思っていたし、似たような話を蘭とも話していた。
まさか自分の身に降りかかるとは思ってもみなかった。
「だってそうでしょう!?
私がいるから杏は恋愛に遠慮しなきゃいけない。
ヒロインが誰とも結ばれないだなんてそんなの乙女ゲームの名折れじゃん!
私は平気! 一人で魔王倒す算段もつけたし。万が一があっても、王妃の代わりはそれなりにいるっていうか、後釜狙ってる子大勢いるもの。
この世界に来てからずっとずっと私ばっかり幸せでいいのかなって…思ってたから」
大変残念だが、こうなると中々話を聞いてくれないだろう。自分の世界に入ってしまっている。
いや、蘭の気持ちも分からなくはない。
お気楽なヒロインの立場と違って、蘭はほぼ確定で死が約束されているようなものだ。冷静に判断できないのは仕方がない。
では、どうするか。
まずは力尽くでも話を聞いて貰うしかないだろう。
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