26 イケオジ治療と論文研究
杏がディガルドと出会ってから一週間が過ぎた。
その間、杏はせっせと図書館に通っている。イケオジとお近づきになれたということで杏の気分は上向きだ。ちょっと聞き込みしたところ、ディガルドは少なくとも妻帯者でないことがわかった。もし、恋人もいないフリーの状態であれば…と少々ときめいてしまった。
そうでなくとも、頭打ち気味の魔力の上昇を見込める貴重な機会である。
久方ぶりに感じた魔力切れは、確かにちょっと気持ち悪かった。けれど、翌日パラメータを見れば1上がっていたのである。このまま続けていけばもしかしたらカンスト出来るかもしれない。そういった期待もあった。
魔王と戦うときは、おそらくかなりの魔力が必要になる。カンストどころか限界突破したいくらいの状況なのだ。イケオジと交流も深められるのでこの機会を逃す手はない。
「こんにちは、ディガルドさん」
「良く来た。
…だが、こう毎日のように来るのは負担になっていないか?」
「大丈夫ですよ。授業の空き時間に来ているので」
実際杏は授業がない日でも登校だけは一応している。蘭と軽く打ち合わせをするためだ。学園に入るまでは月1だった蘭との報告会も、今は学園へ来るだけでできる。かなり便利になった。とはいえ、毎日報告しているとそこまで積もる話もないわけで。
ついでに言えば蘭は公爵家令嬢で未来の王子妃だ。以前ほどゆっくり時間がとれるワケではないのでちょっと物足りない部分はある。特にここ最近の蘭は忙しいらしく、昨日は挨拶程度だった。手伝えることがあればよいのだが、流石に平民と貴族の壁は大きい。
一応ディガルド関連のこともきちんと報告しているが、どこか上の空っぽかったのは少し気にかかる。
「それならば良いが…。
無理だけはしないでほしい。学生の本分は学業だからな。といっても君はもうほとんど座学は大丈夫なのか。
となると、今俺にこうやって治癒魔法をかけてくれているのは、2年次の予習か?」
「そういう側面もありますね。
2年になると実習がメインなのでしょう?」
「そうなるな。冒険者ギルドに登録して実践することが多いのだが、君の場合は既に実践済みだろう?
正直この学園で学ぶべき事柄は少ないんじゃないか?」
「うーん…確かに最初は戸惑いました。
でも、ここに来て友人も増えましたし、そう悪くもありませんよ」
「そうか」
そういってディガルドは黙ってしまう。もともと口数はそこまで多くない人のようだ、というのはここ数日でわかったことだ。そして、杏が緊張しないように言葉を選んでくれていることも知っている。それなりに強面なことを気にして、杏に色々配慮してくれているらしい。
そういうサラッと気遣いできるイケオジ。5億点。
といった感じで会うたびに様々な魅力を発見しては内心萌えに悶えている杏だが、やることはキッチリやっている。
ディガルドのめちゃくちゃにされた魔力回路もなんとか一通り繋ぎ治すことはできた。ただ、魔力回路の太さが不揃いで、まだまだ応急手当といった域を出ない。
また、もともと軍人であり体育会系のディガルドが無茶をしたときもあった。以前の感覚のまま左手を鍛えてしまったらしい。これは魔力の通りが悪化していることから杏が気付いた。問い詰めるとちょっとタジタジになりながら言い訳をしていた。
杏が静かに怒ったのは言うまでもない。
年上相手にやり過ぎたかと思ったが、その一件以来ディガルドは杏に過剰に気を遣うことはなくなった気がする。
イケオジが初々しく女子高生を気遣う姿もそれはそれで萌え対象ではあるが、少し砕けてくれた方が距離が近いようで嬉しい。
ちなみに、現在は柔らかめのボールを握る以外の筋トレは禁止している。剣を握ろうとするなどもってのほかだ。
お互いが無言になったところで治療をする。
ディガルドの手を握ることに最初はドキドキしていたが、今はもう慣れたものだ。それよりも年月を経て頑固に膠着してしまった魔力回路の方が問題だ。ディガルドに痛みはないのか確認したところ、痛いよりも違和感が強いとのこと。
「我慢できないほどではないし、何よりまた利き手が動かせるようになるのであればどんな苦痛も耐えて見せよう」
と、キリッとした顔で言われてしまった。違和感が酷いようであればきちんと言ってほしい、でないと副作用に気づけない、と説得した。今は一応異変があれば口に出してくれるようになっている。点在していた魔力回路をこちらの魔力で無理矢理繋げるのだから、何か別の反動がないとは限らないのだ。
「んー…こんなところ、でしょうか。難しいなぁ」
この後授業もあるし、魔力切れ寸前まで魔力を使ってしまうのは得策ではない。
それなりの量を残して本日の治療を終了する。魔力回路を繋げるのは全魔力を総動員すればなんとかなった。しかし、太さ大きさの不揃いを整えるのは更に繊細な魔力操作を必要とするようだ。しかも、なかなかイメージが掴めないので治療は難航している。
ただ、確実に感覚が戻ってきているようで、ディガルドが嬉しそうなことが救いだ。
「毎度すまない。俺は魔力はどうにも上手く使えなくてな。身体強化が関の山だ」
「魔力回路をこんな風にする魔物相手に、これだけの被害ですむというのが強者の証だと思いますよ。
普通はめちゃくちゃにされるまえに肉体ごと分断されます」
「確かに、四肢を失った者も多かったな…」
「部下の方を逃がして、自分も生き残り、魔物も倒した。
それだけで十分強いです」
選択肢のない会話はとても難しい。
どうすればフラグが立つのかと考えがちだが、ここはゲームの世界ではあるものの杏にとっては現実だ。そしてディガルドはゲームのキャラクターではない。
選択肢に頼らず自分でどうにか好感度を上げるしかないのだ。
「ありがとう。
そうだ、また魔物についての研究論文を見つけたのだが見るか?」
「はい、もちろん!」
「今度のはなかなか斬新な発想のものだった。が、斬新過ぎた故に学会に否定されたやつだ。だが、俺個人としては面白いと思うぞ」
一緒に論文を見ながらディガルドが説明してくれる。
この論文の仮説は「魔物が使う魔力も人間が使う魔力も大本は同じではないか」というものだ。人間が使う魔力は副作用が弱く、魔物のそれと比較すると効果が弱い。魔物の魔力は効果も強いが副作用が強く、特に理性を削り破壊衝動に駆られるのではないか、という説だ。そしてその魔物の魔力、この論文では【負の魔力】と定義していた魔力が野生の動物に入り込み、魔物になるのではないかという。
「…面白いですね。そういえば、魔物の誕生のメカニズムは解明されていないんでしたっけ?」
「仮説はいくつもあるが確定はしていないはずだ。
そもそも魔物を研究するにも、暴れて話にならんからな」
「確かに。致命傷を与えても、逃がしてしまえば数日後同じ個体がピンピンしていたことがありました」
「あぁ。だから魔物退治は倒しきるまで油断できないんだ。昏倒させただけではまた向かってくる。それに魔物によっては驚異の再生力を持つ輩もいるからな。魔物を倒したらその場で解体して素材にするか、そうでなければ燃やしてしまうに限る」
「それは冒険者ギルドでも徹底して指導されていますね。一度傷を負わされた魔物が警戒心を持ちながら人里に降りてくるのが一番面倒くさいので。
うーん…この学説は面白いけど、魔力の正負はどうやって決まるのかという部分が解明できていないから評価が低いようですね」
「仮説の裏付けがとれれば良かったのだろうが、魔物の生け捕りは困難だからな…」
治療が終わればこのようにピックアップしてもらった論文を受け取って読み込み、一緒に議論をする。勿論図書館内なので大声は出せないが、こうした時間がなかなか楽しい。
元軍人であるディガルドの魔物に対する知識はかなり豊富だ。体験談を交えた様々な話が聞けるので、杏にとっては大変実のある時間になっているのだった。
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