25 図書館の君②
「効果があるか確約できませんが、魔法、かけてみてもいいですか?」
「…まさか治癒魔法が使えるのか?
いや、しかしこの傷はつけられて5年は経っている…治らんよ」
諦めたように笑う姿もなかなかにイケオジで眼福である。が、やはり好みのイケオジには笑顔でいてほしいではないか。ということで、打開策を見つけるためにもちょっと頑張ってみよう。
ちなみに、治癒魔法は結構珍しい部類の魔法だ。
ただ、学園内で様々な方面で目立っているのが幸いしたのか、使えること自体に疑問は持たれなかった。
「えーと…怪我の具合にもよりますが、古傷でもなんとかなる場合はあります。
実際それで何人か動かせるようになりましたし」
「それは…本当か?
しかし何故…」
「人体を動かすには、ざっくり骨・筋肉・神経の他に魔力回路が正常でないと動きませんよね?」
この世界では人体を動かすのに地球の常識の他に、魔力回路というものも重要な要素になっている。体の至る所に血管のように魔力回路は配置されている。
その魔力回路に魔力を流すことで、人体を思いのまま操ったり、身体強化を使うことができるのだ。そのことは、魔法について少し学べば誰でも知っていることだ。杏や蘭はその常識について最初は少々戸惑ったが。
「そうだな」
元軍人であるディガルドもそのことは当然知っている。一つ頷いて先を促してきた。
「ということは、動かない場合ってそれらのどれかがおかしくなっているってことですよね」
「そうだな、しかしそれを判別する方法もないし、治す方法も…」
「えーと、ちょっと失礼します」
一言断りを入れてからディガルドの手をとる。
軍人の利き手と考えると、とても細い。ディガルドのがっしりした体格から考えるとかなり不釣り合いだ。長いこと使っていなかったせいで極端に細くなってしまったのだろう。
イケオジの手を取っているうへへへへ、という素直な感想はひっそりと胸にしまっておく。
「…頼りない手だろう。
こんな手になってしまったということを、しばらくは認められなかったのだ」
「私では考えられないほど辛かったのでしょうね」
そんな言葉をかけながら、杏はディガルドの手に微弱な魔力を流す。イメージはエコー検査のような感じ。この世界の魔法はそのほとんどが想像力のたまものだ。元々の魔力量もあるが、魔力量が同じであればより具体的なイメージができている者の方が強い。
そして、杏は前世の健康診断などの知識からより具体的に魔力を使うことができる。そうやって調べてみると、ディガルドの手の具合が文字通り手に取るようにわかった。
「…何を? なんだかむずがゆいような気がするが」
「魔力でディガルドさんの手のどこに不具合が起きているのかを調べました。
結果から言うと、魔力回路がかなり乱れています。この傷は魔法で受けたものですか?」
「そうだ…。
大物の魔物が出たときに部下を庇って…」
「なるほど。ディガルドさんが無事で良かったです。これが全身に起きていたら大変なことになっていました」
「そうだな。左手だけですんで良かったと思うべきか」
そう言って彼は自嘲めいた笑みを浮かべる。
「大丈夫です。…多分」
今のディガルドの手は魔力回路があちこちに点在しているようなイメージだ。神経や骨に問題はない。ただ、暫く動かせていなかったせいもあって、筋肉が相当落ちている。こっちはリハビリでどうにかするほかないだろう。
まずは、魔力回路をどうにか繋げ直すところからだ。
目を閉じて、もう一度ディガルドの手に魔力を流す。
点在する魔力回路一つ一つに、自分の手を参考に魔力を通していく。繋げるだけではなく、魔力の通り道として成り立って貰わねばならない。イメージとしてはトンネル掘りだろうか。
(んー…イマイチイメージが…。でも、ちょっとずつ繋がってる、はず)
魔力回路に対して具体的なイメージがわかないので、治癒は少々難航している。それでもちょっとずつ魔力が通ってきている感触はある。
そうして5分くらい経っただろうか。ディガルドが声をかけてきた。
「おい、大丈夫か?」
「へ、あ…」
クラリと視界が回った。
久々に感じるこの感覚。魔力切れだ。幼い頃はこうやってクラクラするまで魔力を使ってから就寝したものだ。ちょっと懐かしい。
「あー…なるほど。とても神経と魔力を使う魔法だってことはわかりました。
どうでしょう…手に変化感じられますか?」
「……なんだと」
視界の中で、先ほどまで握っていた手がピクリと動いた。ほんのかすかな動きだが、それでもディガルドにとっては信じがたいことなのだろう。
驚きと、じわじわ広がっていく喜びが見て取れた。
「まさか、そんな…」
「私がまだ未熟なので、上手く回路を繋げられていない箇所も多数あります。それから、今まで動かせていなかったので筋力も相当衰えています。
なので、無茶は絶対にダメです。出来ればこう…掌サイズのボールとかを持つところから始めてみて下さい」
「あ、ああ……」
呆然としているディガルドを見ると思わず笑みがこぼれた。ちょっと無理した自覚はあるが、その甲斐があるというもの。
「ディガルドさんさえ良ければ、私の空き時間にまた魔力回路繋げに来ますね」
「あ、いやそれは…。大分魔力を使うのだろう? 見ていてかなり辛そうだった」
初めての魔法ということもあって魔力を多量に無駄遣いしてしまった気がする。そのせいで、このザマだ。魔力切れなんて何年ぶりか。パラメータで言えば魔力100を越えたあたりから全部消費するのは困難になって、蘭と二人で全て使い切るのは諦めた覚えがある。
「それは私が未熟なせいです。何せ初めてのことなので探り探りでしたから。というか、初めての魔法行使の実験台になっていただいて申し訳ない。
で、もし良かったら今後も私の修行の一環と思って治療させてください」
イケオジとの交流の機会は多い方が嬉しい。
その一心で提案する。勿論、久々の魔力アップのチャンスというのもある。一応あるのだ。
「しかし俺には何も返せるものがない。せめて魔力ポーションでも…」
「あ、そうだ。ディガルドさんは今図書館の担当なんですよね?
本には詳しいってことですよね?」
「え? あぁ、一応詳しい部類だとは思うが…」
「では魔物や魔王に関する書物をピックアップしていただけませんか?
ちょっと興味がある分野なんですが、これだけ大きな図書館だとどこをどう探していいやら」
「読みたい本を探すのは俺の職務だ。
…そんなものでは足りないだろうが、まずはそれに手を付けさせて貰おう。俺は大概ここにいるからいつでも来てくれ」
「はい。あ、じゃあもう一つお願いが」
「なんだ?」
「かっこわるいんですが、久々の魔力切れでちょっとめまいがやばいので、静かに休んでても大丈夫そうな場所、図書館内にありますかね?」
「そのくらい、お安いご用だ」
その後、イケオジにお姫様抱っこされて、図書館内の目立たない場所まで運ばれることとなった。
片腕でもこのくらいは余裕だ、と笑うイケオジは杏の理性を粉砕しかけるほどにはかっこよかったことを追記しておく。
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