24 図書館の君①
ここ数日、攻略対象との関わりが多くて少々疲弊してしまった。
恋愛フラグを粉砕するというのは思っている以上にめんどくさい作業のようだ。
そもそも自分達が物語上イレギュラーな成長を遂げているため、攻略対象も自分達の知っている通りの行動をとらない。本当にフラグが折れたか不安な面はある。
今現在、蘭も杏も、攻略対象者たちとはそれなりに親しい間柄になっている。
筆頭攻略対象のアルフォンス王子は蘭にメロメロであるため、逆に一番の安全圏かもしれない。少なくとも彼は、これから先、杏に惚れるような事態にはまずならないだろう。
アルフォンス王子の将来の側近と見なされているエルンストは、あの喧嘩を売るような発言にも関わらず、こちらに友好的な態度を崩さない。蘭はアルフォンス王子の未来の嫁だから丁重に扱うのはわかる。だが、何故か杏にも友好的だ。ライバルと見なされているのかもしれない。
脳筋担当のカインは、アレ以来杏のことを師匠と呼ぶ。そして周りをチョロチョロしている。非常に鬱陶しい。周囲からは大型犬がじゃれついているようにでも見えているのか、微笑ましく見えてしまっているようだ。杏にとってはこれ以上なく冷たくあしらっているのだが、ものともしない。
ユーゴとは非常に友好的なビジネスの関係を築いている。ただ、あのユーゴが唯一口説かないフリーの女子ということで何故か有名になっているようだ。彼との商売の話は非常に楽しいものの、何か裏がないか勘ぐってしまいたくなる。
裏がないか、といえばクラーク先生もそうだ。正攻法で魔法成長学に対する協力を求められた。これはゲームで暗躍…とまではいかないが、やや腹黒扱いされていたクラーク先生像からはちょっと離れる行為ではないだろうか。
もう一人、来年入学するはずの後輩君。彼はまだ面識もないためフラグを折るとかそういう次元の問題じゃない。出来れば来年ずっと避けて歩きたい気持ちでいっぱいだ。
ともかくも、どの攻略対象もゲームとはひと味違う雰囲気になっているので今後どうなるかさっぱりわからない。それが、とても怖い。
こうなればさっさと魔王を倒してしまいたいものだが、それはそれで問題がある。魔王復活の兆しはまだ起きていないからだ。
そこで、杏は図書館を利用することにした。学園の図書館は一般開放されるほどに広いものらしい。しかも、学園は国の様々な研究施設と隣接しているので、蔵書の種類も豊富なのだとか。
学園生となってそれなりの時間が経ったが、学園にいる時間のほとんどを試験に費やしていたため、今まで足を運ぶことがなかったのである。
「わぁ…」
思わず漏れでた杏の感嘆の声が響いてしまうほど、静謐な空間。本の保管のため、少しひんやりとした空気はあるが、それでもどこか暖かみを感じるのは本棚が赤茶の木製素材で統一されているからだろうか。
天井までギッシリと埋められた本棚と、そこに納められた様々な色・サイズの本。
蘭に貸してもらった本以外ほとんど読むことがなかった杏にとっては大変魅力的な場所だ。
(これだけ静かなら攻略対象他いろんな人に声かけられることもないしね)
最近周囲が少々騒がしく感じていたので、静かに過ごせるこの空間は大変嬉しい。一応目的は魔王について調べることであるが、この国のファッションやアクセサリーの歴史などちょっと趣味に走るのもよさそうだ。
ワクワクしながら中にはいると、ボリュームを抑えた低い声が聞こえた。
「…今は授業時間ではないのか?」
「!?」
突然かかった声に驚く。
これでも杏は冒険者を3年やってきた。自分以外の気配に敏感なはずだ。初めて見る大量の書物に心奪われていたとはいえ、気づけないのはおかしい。鈍っているのだろうか、と思いながら声がした方に目を向ける。
息を飲んだ。
目の前には、図書館に似つかわしくないゴツい男がいた。
年の頃は30過ぎ。一目でかなり鍛えているであろうことがわかる体躯と、鋭い目付き。焦げ茶の髪は無造作に流されていてワイルドさが際立っている。
(は? 無理、めっちゃ好み。だれ? 攻略対象にいないじゃん。なんでこの人攻略対象に入れてくれないの? なんで? あれか? 頭の色がカラフルじゃないからか!? 開発ちょっとツラお貸しくださいやがれ!!)
杏は脳内で大暴れしつつも、蘭に鍛えられたマナーとかろうじて残された理性で返事をする。
「こんにちは。一年のアンナと言います。
私は今の時間、授業をとっていないんです」
「一年なのに授業をとっていない…?
あぁ、もしかして君はあの平民出身の子か? なるほどな。大変失礼した」
「いえ…」
上品に笑って見せるが、内心は穏やかじゃない。あの平民出身の子とはどういうことだろう。彼に自分のどんな評価が伝わっているのか。
それが、顔に出ていたようで彼は苦笑した。端正な顔が親しみやすく見える。五億点。
「教員の間では有名だよ。今年の一年は優秀な者が多いが、その中でも群を抜いている、とな。
王子や未来の王子妃は教育の賜物であり、そうであってもらわねばならぬが、もう一人。怒濤の勢いで授業をコンプリートしている平民出身者がいる、と聞いた」
「怒濤…」
確かに勢いとしてはそうかもしれないが、もう少し言い方はないのかと頭を抱えたくなる。
杏は他人の評価を気にしないタイプだが、好みのイケオジに対しては別である。折角なら好印象を持って貰いたいし、なんならお近づきになりたい!
「不本意な言葉かもしれんが、褒められてはいる。誇るがいい。
自己紹介が遅れたな。俺はこの図書館の管理をしているディガルドと言う。ここの蔵書は多いからな。目当ての本があれば相談にのれるぞ。
まずは利用登録をしてもらおうか」
「はい!」
お名前も大変似合ってらっしゃいますねかっこいいです、と勢いに任せて口にすることはせず後を着いていく。登録自体はものの数分で終わったが、杏はとある違和感に気づいた。
「あの…もしかしてなのですが、本来の利き腕は左ですか?」
利用登録の最中、一度だけ左手を使おうとしてやめるという場面が見られた。
また、気配が戦いなれた人間のものだ。無意識レベルで絶対に死角をとられないようにしている。また、足音もほぼ聞こえない。かなり訓練された手練れの気配を感じる。魔法を使わず純粋に手合わせをしたら、かなり鍛えた今の杏でも苦戦しそうだ。
冒険者の中には怪我で利き腕を使えなくなったものも大勢いる。すぐさま治癒魔法やポーションを使えればよいが、そういったものは高価で冒険者は手を出しづらい。だが、図書館担当とはいえ学園に勤められるような人だ。庶民であるとは考えづらい。
30代という若さで、この手練れの気配。しかしながら図書館というもっとも武力から遠い場所にいる。色々なものがチグハグな印象を受けるイケオジ。気にならない方が無理だった。
「ほぉ…よく気づいたな」
ディガルドが面白そうに目を細めた。その様はさっきの苦笑と違って、獰猛な肉食獣を思わせた。その気配からも、彼はまだまだ戦いたいのではないかと思ってしまう。
古書の匂いが、あまり似合っていない。
だが、それを初対面で指摘するというのは流石にないだろう。今更ながらにそんな現実に気づいて杏は青ざめる。
「っあ、すみません。かなりデリケートな問題ですのに…。あの、思わず…」
「気にすることはない。
君くらい聡ければなんとなくわかっているだろうが、俺は怪我が元で退役した軍人だ。だが、まだまだ働かんと食っていけないからな。知り合いに斡旋してもらったのがこの職と言うわけだ。
似合わん見た目だろうが…本がいくらでも読めて気に入っている。
器用に動かせんだけで力はあるから本を運搬する程度はできるしな」
「そうだったんですね。なんか…すみません」
「構わんさ。特に隠しているわけではないからな。
よし、これで登録完了だ。探している本があれば俺に聞いてもいいし、あそこの案内板を頼ってもいい」
「あ、あの…」
言うべきか、言わざるべきか少々迷いつつも、杏は自分の欲望に素直に声をかけた。
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