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23 先生とフラグは立たないでしょ常識的に考えて


「ゆううつ…」


 杏は攻略対象の一人である担任のクラーク先生に呼び出されていた。内容は恐らく先日のカインとの揉め事のこと。

 あのあと、カインは一族総出で杏と蘭に謝りにきた。おそらく単細胞なカインの言ったことが大袈裟に家族に伝わったのだろう。学園にいるカインの一族が「女性蔑視のつもりはなかった。今後そう見えないように改善するので何卒許してほしい」と言ってきたのだ。

 だが、考えてもみてほしい。

 カインの一族はほぼ全員が騎士団に所属している。カインと似たタイプの脳筋が多いのだ。その上、カインは攻略対象補正とでもいうか、黙っていれば爽やかな好青年に見える細マッチョ。しかしながら、一族の人間はそうはいかなかったらしい。筋肉モリモリの見るからにゴリマッチョがほとんどだ。それが、見た目はか弱い乙女たちを探して歩き回るのである。

 どう考えても仇討ちにしか見えず、蘭と杏は逃げ回った。

 だが、彼らは諦めることを知らなかった。しかしながら、呼び出しの手紙はどう読んでみても果たし状、名前を叫びながら歩き回るなど、学園を巻き込んだ迷惑行為をしてくれたわけだ。流石にそこまですると学園側も黙ってはいられない。

 と、言ってもだ。

 学園側も人間である。この国の最高権力者である王族や未来の王妃に注意はしづらいという感情があるのは当然だろう。では、その注意は誰に向くか。もはや答えは決まっている。


「失礼します。クラーク先生、アンナです」


 杏は込み上げるため息を飲み込み、クラーク先生の研究室をノックする。

 どうぞ、という言葉が聞こえてから入室した。


 クラーク先生の専門は世界史だ。授業は丁寧でわかりやすく、とても面白い。できるだけ接点をなくしたかったので授業は受けずに試験で単位をとることを選んだが、可能であれば全授業とりたいくらいだった。


「あぁ、そんな顔をしなくても大丈夫ですよ。

 大体の経緯はドレーシュ家の皆さんから聞いていますから」


「はぁ…」


「あの一族の中でカインくんはかなり目をかけられているようですね。というより、たぶん実力があるのでしょう。

 3年生担当の女性教諭が喜んでいましたよ。今いる3年生の皆さんも実力主義というか、強さ重視で、あまり女性の言うことは聞きたがらなかったものですから」


 おい、ドレーシュ家。騎士の家系でありながらそれはあんまりじゃないか? と、思ったもののそれは一応表に出さないでおく。困ったように微笑みながら、続きを促した。


「呼び出したのは、一応事実確認しておかないと、と思ったからです。

 このあとラナさんやアルフォンスくんにも事情を聞きますから。そうじゃないと、平民のアンナさんだけ差別だってなっちゃいますからね」


 クラーク先生は穏やかな笑みを崩さない。

 丸い眼鏡をかけた温厚そうな青年だが、それだけではないことを杏は知っている。


 クラーク先生は温厚そうな見た目に反して、かなりの頑固者だ。あるいは研究者肌と言ってもいいかもしれない。彼は授業で世界史を教えているが、本来の専門は魔法学だ。それも、若年者の魔力成長が専門分野である。

 彼は己の研究欲を満たすために、国でも有数の魔力を持つ子供が集うこの学園にいるのだ。

 ゲームでは、最初は後ろ盾のないいじめられっ子の主人公を懐柔しようと近づいてくる。といっても危険な人体実験はしない。どちらかというとアドバイスを与えて経過観察するようなものだ。そうやって面倒を見ているうちに、健気な主人公に絆されて…というのがクラーク先生ルートだ。何事にも一生懸命な主人公を利用するにあたり、良心がうずき利用していたことを告白する、と言った流れ。

 まぁ利用していたことを告白した後も、善良な主人公はクラーク先生の実験も手伝うわけだけども。


 ただ、今回の杏はクラーク先生に気に入られる様なことは何一つしていないはずだ。

 何せクラーク先生攻略のために必須なのは高いパラメータもさることながら、周囲の人間関係が良好であることも大事なのである。今、杏は攻略対象との人間関係は良好とは言えない。

 アルフォンス王子は適度な距離の友人、ユーゴは良き取引相手。ここまでは良好と言えなくもない。だがエルンストは開幕でフラグをへし折ったし、カインに至っては学園を巻き込んで険悪な仲になっている。もう一人の攻略対象は一学年下であるため、出会ってすらいない。こんなザマではクラーク先生フラグは立たない。

 クラーク先生ルートは逆ハーに最も近い状態でなければならないからだ。


「お気遣いありがとうございます。けれど、私は大丈夫ですよ」


「ふむ…どうやら先生はあまり頼りにならないみたいですね、すみません」


「いえいえ、頼りにさせてもらっていますよ。

 万が一があれば駆け込ませていただきますから」


 これは本当に思っていることだ。いくら腕が立つとはいえ杏の立場はただの平民。一応学園内は平等を謳っているがどうしたって差別はある。そんなときはさっさと教師に泣きついてしまう方が楽だ。そんなときは遠慮なく担任であるクラーク先生を頼ろうと思っている。


「そうだといいのですが…。なまじアンナさんは強いですからねぇ」


「悪目立ちしちゃっているのは…まぁ申し訳ないと思わなくもないですが…」


 このあと魔王を倒すからチャラにしてほしい、と口に出すわけにもいかないので困ってしまう。とりあえずあいまいに微笑んでおいた。


「頼ってもらえないというのはちょっと教師としては情けなくもあるんですよねぇ」


「すみません。ですが、私は一応冒険者ギルドにも所属していてその…大人の方からの嫉妬もそれなりに浴びてきたものですから。

 あのくらいどうってことないというか…」


 実際王都では一番の若手冒険者と言っても過言ではない。

 その若さで、実は今まで杏は依頼を失敗したことがないのだ。それを、口さがない連中は「どうせ大人が手伝ったからだろう」と言う。記録を見てもらえれば13歳からほとんどソロ冒険者として依頼を受けているのだが、その辺りは見てはもらえないらしい。あまりにもしつこい場合はギルドに証明してもらったこともあった。

 それから考えれば子供の嫉妬などそよ風のようなものだ。名目上、身分の差もないと言われている学園なので余計安心だ。万が一身分差がどうと言われてもこの国の同世代で一番高貴な生まれである蘭がいるので最悪泣きつく。


「確かに、幼い頃から大人に混じって働いていたんですものね」


 そこで一度クラーク先生が言葉を切った。


「…アンナさん。これは個人的なお願いなのですが、よければ私の研究に付き合っていただけないでしょうか?」


「へ?」


 これは予想外の展開だ。親切につけこんでくるかと思ったのだが、なんとまさかの直球で頼まれるとは。ゲームの展開になかったことなのでとても驚いてしまう。

 ただ、クラーク先生はちょっと緊張しているのか、杏の驚きには気づいていないようだ。


「私は未成年の魔力成長についての研究をしています。

 そして、現時点でかなりの魔力を持つアンナさんはとても興味深い存在なんです。…実はこうして気にかけているというアピールも、出来たら快く研究に協力してもらえたらと言う打算から、です」


「…随分ぶっちゃけるんですね?」


「なんというか…君には潔いほど正攻法で行った方が良さそうな気がしたので。

 時間があるときに幼少期の魔法の使い方などの聞き取りをするのと、魔力測定などそういった簡単なことで肉体的負担はかけません。それと研究に付き合っていただくので、ささやかながらバイト代もだします」


「はぁ…」


 ユーゴに続き、クラーク先生にまでビジネス的お付き合いをしたいと言われるとは思わなかった。ただ、こうなると恋愛フラグは立っていないはず。それならば善意の協力者もやぶさかではない。


「時間があるときで良いのでしたら」


「もちろん。アクセサリー会社の社長に冒険者にと多忙のようですからね。

 講義の空き時間で私の授業がない時などで構いませんよ」


「ありがとうございます。ちょっとスケジュール調整を行いたいのですが…」


 最初は説教かと思ったが、存外悪くない展開だ。フラグは立っていない上に友好的な関係になれたというのは素直に嬉しいものだ。


 ただし、本当にフラグが立っていないかは神のみぞ知る。

閲覧ありがとうございます。


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら

最新話下部より評価していただけると嬉しいです


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