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22 師匠と呼ばれる日


 この学園の授業は、卒業に必要な単位は定められているものの、ほとんど生徒の自主性に任されている。ただ、留年などはもっての他だし、卒業できないとなると大変なことになる。きちんと勉強して試験に臨んだ平民であれば留年などしてしまえば支援金が打ち切られ学校に通う金が続かない。貴族であれば家の恥とされ、最悪居場所がなくなってしまう。なので、みんなそれなりに真面目に取り組んでいる。


 魔法の素質ありと見込まれて半ば連れてこられた形の杏のような生徒は、ちょっと事情が違う。まず、この学園に来るだけの魔法の素質があるならば、ほとんどが王宮か研究室勤めになる。どちらにせよ王族を筆頭とした高貴な身分の人間と接する機会が増える職場にいかなければならない。そのため、魔法技術の習得はもちろんだが最低限のマナーなどを、教師側が鬼気迫る勢いで教えてくるのだ。それはそうだろう。魔力が高いだけの常識もマナーも制御力もない人間を送り込んでしまったら、学園の責任問題に発展する。なのでこの教育がガチの平民だと中々きつい。杏は事前知識と蘭のスパルタのお陰で免れているが、同じように魔力のみで入学してきた子は毎日魂が耳から出かかっていた。学友としてアドバイスはするものの、マナーや常識などはもう慣れしかない。

 そんな多種多様な授業の取り方をする生徒達だが、それでも必修科目というものはある。


 身体強化とダンスの授業だ。


 これだけは毎週2授業ずつとらなければならないと決められており、一学年の生徒が全員集まる。今回は身体強化の初回授業で、まずは組み分けをされていた。

 杏や蘭のように幼い頃から呼吸をするかの如くやっているものと、学力試験で入ったため身体強化のしの字も知らないものが一緒のレベルの授業をするわけにはいかないからだ。

 当然のことながら双子も攻略対象も同じレベルのクラスになる。これはちょっとだけ憂鬱な時間だ。フラグが発生しないことを祈るばかりである。


 が、そんな祈りは神に通じなかったらしい。


「なぁ、このクラスに冒険者いるだろ?」


 人なつっこい笑顔で辺りに聞いて回っているのは赤髪が特徴的な少年。攻略対象の中でも脳筋ややおバカさん担当のカイン・ドレーシュだ。

 現在の騎士団長の三男坊で、アルフォンス王子の護衛見習いも務めている。が、少々バトル狂で護衛そっちのけになることもしばしばなんだとか。だから見習いのままなのだと思う。

 そんな彼はキラキラとした目で冒険者を探している。つまり、お目当ては杏だ。

 言うのもめんどくさいのでスルーしてたのだが、アルフォンス王子が余計なことを言った。


「そういえば、アンナさん冒険者もやってるんじゃなかったっけ?」


「あー…はい、まぁ」


 顔の全面にめんどくせと書いているような表情をしているのに、アルフォンス王子は動じない。むしろ、面白がっている風でもある。


「えっ…!? お前が!?」


 騎士の家系とはいえ、貴族。でも、そうとは思えない失礼な男だ。

 そういった騎士らしくないくせに、いざというときは主人公を守るというギャップが人気のキャラクターだったはず。杏の琴線にはかすりもしなかったが。


「女性を指差すのは失礼ですよ」


「いや、女性じゃなくても普通に失礼でしょう」


 フォローしたいのかなんなのか、周囲に当然のようにいたユーゴがそう言った。正直ユーゴがこのクラスにいるというのは驚きなのだが。彼は流行やマナーに関しては優等生だが、体を使うことに関してはあまり得意としていなかったはず、と蘭が言っていた。

 もしかしたら自分たちが色々頑張ったせいでゲーム設定が崩れてきているのかもしれない、と杏はちょっと不安になる。

 そんな杏の心の内を知るはずもなく、カインは不満げに言葉を漏らした。


「女は黙って男の後ろにいろよな。冒険者がいるって言うから期待してたのに」


 ブチブチと未だ文句を言うカイン。ナチュラルに女性蔑視の発言だが、ゲーム観を考えれば無理もないことだ。この世界の、特に貴族の女性の扱いはあまり良いものではない。ゲーム作成者の中に勘違い系昭和男子でも混じっていたのではないかと疑いたくなる程度には。

 特にカインが身を置いている騎士団ではその傾向が強い。女性は守るもの、という思想が行き過ぎて女性はでしゃばるな、となっているのだ。それを矯正するのが本来のゲームのヒロインだ。

 だが、大変めんどくさいので杏はそれをしない。

 めんどくさいので存在ごとスルーすることに決めた。

 そんな杏の気配を察したのか、さっきまで怒りに満ち満ちていた蘭もスッと能面のような表情になる。


「そういえばアンナさん、もう図書室にはいかれまして?

 わたくしここの蔵書の多さにびっくりしてしまいましたの」


「え、そうなの? 私週末は試験だし授業のない平日はあっちこっち行ってるから一度も行ってない」


「是非一度行ってみるといいわ、それに…」


「無視してんじゃねーよ!」


 機転を利かせてラナが話題を変えてくれたのだが、それすらも気に入らないらしい。これでも一応未来の騎士団員だそうだが、騎士団は本当に大丈夫なのだろうかと心配になってくる。蘭も同じことを考えていたらしく、二人ともちょっと疑わしげな目をアルフォンス王子に向けてしまった。王子は苦笑で応えるだけ。彼が三男坊であることだけが救いだろうか。間違っても兄たちを飛び越えて騎士団長になることだけはないだろう。


「女でもまぁいいや。手加減してやるから手合わせしようぜ。このクラスにいるってことは別に今さら身体強化について習うこともないんだろ」


 そういっていそいそと与えられた模擬刀を構える。

 この身体強化の最上級クラスは自分自身以外、例えば武器にも強化を付与する練習として模擬刀が与えられていた。それが仇となった形だ。

 なんかもう大変めんどくさい。杏の唇からため息が漏れた。もう嫌われないように、だとか言ってられない。フラグごと彼の心もへし折ろう。


「私は手加減できないので、お断りします」


「はぁ!? お前、俺相手に手加減が必要だと…」


「私は冒険者です。この手で命を何十、何百と刈り取ってきました」


 目線に殺気をのせる。

 冒険者になってから3年。お手伝いのような依頼から採取まで、様々な依頼をこなしてきた。その中には勿論退治や討伐も含まれる。言葉を飾らずに言えば、たくさんの魔物や動物を殺してきた。


「私は未熟なので、寸止めも手加減もできません。魔物相手にそんなことをしたらこちらが死ぬだけですから。

 なので、私ははじめて命をとったときから、人間相手にこの拳を振るうことだけは絶対にしないと決めました。恐らく私は悪目立ちして、もしかしたら攻撃してくる方もいるかもしれない。それでも、絶対に暴力を振るわないと決めています。例えそれが授業であっても、です」


 動物を殺すことに最初は勿論抵抗があった。はじめて魔物退治をした日は、命を奪った自分が怖くて泣いて眠れなかった。今はもう、覚悟を決めたからそんなことはないけれど。


「あなたは私のその覚悟を覆すだけの何かがありますか?」


 弱い魔物であれば、気絶させることもあるくらいの規模の殺気を込めて睨む。怒り混じりでも敵意すらもない純粋な殺気を浴びることは、あまりないだろう。直接それを向けられたカインは真っ青を通り越して真っ白に、周囲も青くなっている。


「アンナ、そのくらいにしてあげなさい」


 そんな中、蘭だけは平然としている。当然だ。今後を考えたときに、この程度の殺気で怯まれていたら一緒に魔王を倒すなんてできない。そう考えて殺気に慣れる訓練を一緒にしてきた。同じくらいの殺気ならじつは蘭も出せる。ただ、ご令嬢なのでしないだけで。


「そうね。わかってもらえたみたいだし」


 スッと殺気を抑えると、何人かが呼吸することを思い出したらしい。荒い息が聞こえる。


「わかってもらえなかったのであれば、わたくしも少々怒ってしまいそうですもの。きっとわかってくださいますわ。ねぇ、カイン様」


「へ、あ…」


「まさか未来の騎士団員様が、堂々と女性蔑視をのたまうはずありませんものね。そうなってしまうとわたくしは方々に相談したくなりますし…」


「相談って…」


「もし、現騎士団長さまが女性蔑視をするような方であれば、わたくしや王妃様など王宮で暮らす女性が安心して暮らせませんもの。ねぇ、アルフォンス様」


「ラナ…それは、その…」


 水を向けられたアルフォンス王子は目をシロクロさせる。騎士団長をどうにかする権限はラナにもアルフォンス王子にもない。だが、王妃に相談するということはできるだろう。ラナは現王妃との関係も良好だ。


「な、や、やめてくれ。親父を巻き込むな!」


「ですから、わたくしが怒ってしまった場合、と言いましたでしょう?

 わたくしは滅多に怒りませんから。怒るとすれば大切な婚約者様や親友を貶された時くらい、でしょうか」


 殺気とはまた違う何かが場を支配する。威圧、とでも言えばいいのだろうか。正直に言ってしまえば今の蘭は悪役令嬢以上の大物感がある。流石は未来の王妃といったところか。


「わたくしはこの学園でできるご学友の皆様も大切にしたいと思っていますのよ。

 末永くよろしくおねがいいたしますわ」


 そう言ってラナは言葉をしめくくった。

 後日、学園にいるカインの一族が総出で蘭と杏に謝りにくるという珍騒動が起きるのは別の話である。


「…女も男も関係ない。武器を使わずにあれだけの迫力…許してもらえたら、俺あの二人のこと師匠って呼ぶんだ!」


 キラキラとした目でこんなことを呟く赤毛の少年がいた、ということを二人は知らない。敵意は折れたかもしれないが、また別の何かが生まれた日だった。


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