17 双子のコイバナ
「だからー! 杏もそういう何かないの!?」
お上品な調度品のある、プライベートが守られたお店の一室にちょっと大きめの蘭の声が空しく響いた。
自分一人が恋愛で盛り上がってラブラブ~という負い目からの話題転換かと思ったが、どうにもそれだけではないのかもしれない。ちょっと切羽詰まった空気が感じられる。
とはいえ、お嬢様はTPOにも気を配らなければ。下手に大声をあげて蘭のじいなんかが来たら困ってしまう。
「蘭、流石に声が大きいよ」
「うっ…うん、ごめん。
今のは流石にお嬢様としてナシだけど…でもさぁ…」
「どしたの、急に」
尋ねてみると、少し逡巡してから蘭が口を開いた。
「…杏に恋人がいれば、学園に入った後、ゲーム開始直後から恋愛フラグが自動的に全部折れるなぁって」
「あーなるほど。その手があったか」
学園の外に恋人がいます、と宣言すればそうそう言い寄られたりはしないだろう。女タラシ属性の攻略対象もいるが、彼は自由な恋愛を楽しむタイプであり火遊びはしない人なはずだ。確かに恋人がいればこれ以上ない虫除けになる。
「そうそう。それにさぁ、冒険者って言えば肉体労働系ムキムキマッチョでしょ?
それでおじさんなら絶対杏の好みじゃん」
「あなたは妹をなんだと思っているのかね?」
「髭筋肉おじさん好き」
「…大間違いではないけど…私は大人が好みなのー!」
蘭の好みが正統派王子だとすれば、杏の好みはちょっと渋いおじさま系だ。筋肉が必須条件ではない。ついでに言えば、ただ年齢を重ねていればいいだけではなく、大人らしい落ち着きを持った人が好きなのだ。
ちょっと稼いではそよ風亭に来て馬鹿騒ぎをし、最終的に花街に繰り出すような輩や、身なりに気を遣わず杏の浄化魔法のすすめも断り続ける不潔かつケチなおじさんは論外である。
「冒険者ギルドなんて年上ばっかじゃないの?
好みの人の一人や二人や三人いるんじゃない?」
「まずね、現実にいるイケオジってめちゃくちゃ希少価値なのわかってくれる?」
この世界の結婚適齢期は女性であれば成人直後の18から20代前半まで。男性であっても30までに結婚をするのが一つの節目のように思われている。
「そうね、普通に考えたらイケてる見た目の30代以降の男性って既婚者よね」
「でしょう!?
そうじゃなければ独身を貫くと決めた人かなんらかの欠陥があるか!」
「性格破綻者や浪費家…地味にこの世界浮気者には寛容なのよね。
…王子が婚約者からヒロインに鞍替えするための布石なのかしらって疑ってるけど」
「あり得る…。
ま、そんな感じでまずイケてるおじさまは大体既婚者なの。そしてイケオジだけあって愛妻家なの! なんならお子さんもいて家庭では良いパパなのよ!
そんなところも好きなんだけども!!」
冒険家業という一定収入がない職業であっても、自分の適性を見極めれば家族を養うだけの甲斐性は出来たりする。そうでなければ冒険者で培った経験を元に田舎で用心棒や薬草栽培などを営む場合もある。
冒険者だからと言って家庭が持てない、ということはないのだ。
だからこそ、杏が「はぁーーーー好き……」と思うおじさまは尽く妻帯者だった。
どちらかといえば、付き合いたいという感情よりも『萌え』が先行するので別に杏はそれで構わないのだが。
「…そっかぁ」
「それにね。私どんなにフリーで欠陥のないイケオジがいたとしても、私と付き合うイケオジってその時点で解釈違いで死に至るわ」
「なんでまたそんなややこしい…。
私を好きになる推し地雷ですみたいな…」
「いや、そういう複雑な感情ではなく。
12歳の告白を易々と受け入れるオジサマなんてそんなのただのロリコンじゃん」
「あーー……」
納得した、という顔の蘭。納得して貰わねば困る。
双子は現在12歳。イケオジの年齢を35歳と仮定しよう。23歳差である。35歳が12歳に手を出すとか、日本人的倫理観からすると大犯罪もいいところだ。
そんなオジサマ、イケオジじゃない、というのが杏の主張だ。
「同じ20歳差でも22と42ならまぁ…って思えるのにね。12と32なら大犯罪のロリコンじゃん?」
「いや、それどっちも私的にない…。
でもそうか…幼女に生まれ変わった時点で暫く杏は恋愛対象には出会えない運命だったのか」
「まぁ今現在は、おじさま達の筋肉触り放題ですけどね。なんならギリギリ膝にものれる」
年齢差を逆手にとって、おじさまたちと急接近は出来ている。お陰様で日々イケオジで潤ってはいるのだ。やはり萌えは生活を豊かにする。
死亡フラグを折るためにがむしゃらに走り続けた今までが報われた思いだ。まだフラグは粉砕仕切っていないけれども。
「…膝にのせるのは犯罪ではないのか」
「妻帯者だし、私は蘭と違ってちんちくりんだからいいの!
畜生! 公爵家の財力め! 同い年なのにこの差は酷くない!?」
現在、ラナお嬢様とアンナの体格は、同い年でありながらかなりの差がある。
蘭ことラナお嬢様は生まれたときから公爵家の豊かな食事と適度なお稽古事をしていたせいか、健やかに育っている。平均よりも少し背は高いが、どうせ王子だってスクスク育つに決まっているのだ。将来は高身長の迫力カップルになること間違いなしである。
それにひきかえ平民の杏ことアンナは、平均よりも結構小さい。今でこそ実家の食堂が上手くいって栄養バランスのとれた食事が出来ているが、幼少期は王都への引っ越し資金を貯めるという目的もあってかなり貧相な食事だった。ひもじくて辛い、という記憶はないがバランスという点ではあまり褒められたモノではなかったように思う。
「まぁ…いつの時代もロリータやつるぺた幼女にはそれなりの需要があるから…」
「つるぺたロリータ萌えのオジサマ解釈違いですぅ…」
「でも渋いおじさんと小柄な少女の組み合わせは?」
「萌えます」
「しかもその少女が強くて有事の際はオジサマを守ったりして…」
「ごちそうさまです萌えます」
「うん、相変わらずの特殊性癖だね!」
「なんですってー!」
勿論蘭が本気でそう思っているわけではないのは知っている。双子のじゃれあいだ。
だからこそ、蘭は本気で残念そうにため息をついた。
「杏のオジサマ萌えは理解してたけど…幼女姿だとままならないっていうのはしんどいわね」
「ごめんねぇ。確かに私に恋人がいれば学園での恋愛フラグなんざバッキバキにしてやれるんだけど…。イケオジが私と付き合ってもいいよ、とか言った瞬間にイケオジからロリコンにジョブチェンジしちゃうからさ…。
かといって、理由を全部話してイケオジに協力頼むのもそれはそれで心苦しいし」
「だよねぇ。私だってオジサマの親切心を弄んで、とは言えないわよ。
そもそもこんな突拍子もない話信じて貰えるとは思えないしさ。
まぁ正統にフラグぶっ潰しましょ」
「へーい、がんばりまーす。
ま、学園に入学するまでに私の趣味嗜好も変わって同い年とかに目が向くかもしれないし…」
「いや、それはないわ。筋金入りだもんアンタ」
「…うん、正直ないなーって自分でも思った。すまない。
なので蘭はとりあえず王子とのラブラブ街道突っ走ってほしい」
「そっちはもう頑張るわよ。…なんか私だけ幸せみたいで申し訳ないなぁ」
「双子の間に遠慮はいらぬ!
そもそも私は最近多量の萌え摂取で幸せなので!
妻帯者とは言えイケオジよりどりみどり…密かに浄化魔法だけじゃなくエステも使ってますますイケオジに磨きをかけて…」
「ちょっとまて、何してるのばかなの!?」
杏自身の恋愛には何一つ繋がらないが、イケオジを更にイケオジにするべく密かな努力を続けるブレない杏だった。
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