16 冒険者デビュー
冒険者デビューをして数日。
杏は冒険者ギルドで依頼を物色していた。ここのところ気の良い先輩冒険者たちが「これも経験」と色々な依頼に同行を持ち掛けてくれていたのだが、そろそろ一人でやってみたいと思っているのだ。保護者同伴で色々な依頼を経験できることはもちろん嬉しいが、一人だとどのくらいの実力なのかというのも知りたいのだ。
手ごろなものはない者かと探していたところ、ギルド長であるベレトに声をかけられた。
「おお、アンナちゃんじゃないか。依頼は順調かい?」
「ベレトおじさま、こんにちは。
まず簡単な依頼から一通り受けているところです」
この世界の冒険者には、ランク付けというものはない。それぞれの冒険者によって得手不得手がハッキリしているからだ。例えば薬草採取に長けたベテラン冒険者だが、戦闘は不向きというように。冒険者のうちでも最初の頃は自分の得手を探すために一通り簡単な依頼をこなしていくのが通例とのこと。なので、杏もそれに倣って種類を厭わず依頼をこなしいてる。
ただ、ランク付けはないものの、それぞれの分野の依頼達成回数はギルドに記録される仕組みになっている。そのため、ギルドが依頼に適した冒険者を紹介することもある。そういう紹介依頼をされてからやっとその道の一人前、という扱いになるようだ。
ちなみに、学園の生徒たちは派手なものしか興味ないのか「町の清掃」や「武器の手入れ」などのこなしやすい依頼は全く見向きもしないのだとか。そういう意味で、毎年恒例行事のようにやってくる学園生はあまりギルド内では歓迎されていないらしい。
「適性は見つかったかい?」
「んー…清掃、武器の手入れ、薬草や鉱物の採取、魔物退治…色々やってみたんですが、不得意…というほどのものはなかったですね。しいて言えば浄化魔法禁止の清掃はちょっと手こずりそうだな、くらいです」
「浄化魔法禁止なんてとこがあったのかい?」
「病気の研究をしているところの依頼でした。病気のタネが汚れとしてカウントされて浄化されてしまうと研究が出来なくなってしまうから、とのことで。
でも、今度そこに別口で依頼が来たんですよ。
浄化魔法が浄化するのは何か、という研究をしたいそうで」
「うむ、自分の強みはどんどん他にアピールしていくといい。そうやって社会は回っているんだからね。
それにしても…もう魔物退治も経験したのかい?」
「皆さん気前よく誘ってくださるものですから、ちょっと近場で。
両親が心配しますので、お泊り前提が基本になる護衛の依頼はまだ受けたことがありませんけど」
この国の成人は学園を卒業する18歳。
12歳はまだまだ未成年である。とはいえ、このくらいの歳で独り立ちしている人間も少なくないので、この国の成人の基準は割とあいまいだ。特に平民は15にもなれば大人顔負けに働いている者も多い。
杏の場合は単純に、両親が心配性なだけだ。そのうち、たくさんの依頼達成成果を見せて説得するつもりではあるけれど。
「あぁ、なるほどなぁ。大切な娘だもの、外泊はちと厳しいだろうね」
「それでも日帰りで出来る依頼は大分手を出させて貰ったと思います。皆さん親切に色々誘ってくださるものですから」
「そりゃあ…パーティを組んでいる間は魔法の出し惜しみをしてないんだろう?」
「世の中持ちつ持たれつですから」
現時点ではお荷物と言わざるをえない杏を一時的にパーティメンバーに入れて貰うのだから、出来ることはやっている。例えば、浄化魔法や疲労軽減の魔法。その他にもパーティ内の雑用は率先してやっている。特に普段お金をとってやっている浄化魔法は、女性パーティに大人気だ。
ただ、出し惜しみをしていない、といわれるとちょっと首を傾げてしまう。
例えば先日の王都周辺の巡回任務。魔物や増えすぎた野生動物がいれば狩るという依頼だった。杏は本気を出せば探知で周辺の生物は大体把握できる。なので、妙に数が多い場所がわかればそれを教えるだけですむ。のだが、敢えてそれをしなかった。他の冒険者はどのように普通に任務をこなしているのかを知りたかったからだ。
ようするに、実力を隠して一般的なやり方を学んでいる最中。なので、出し惜しみをしていないとは口が裂けても言えない。
「ははは。出来ることをきちんとやってパーティの役に立っていれば、自ずと皆認めてくれるとも。というより、もう認められているだろう?
アンナちゃんを誘うパーティが途切れないみたいじゃないか」
「ふふ、よりどりみどりで困っちゃいますね。
依頼している方がより困っているものを優先で受けたいとは思っています」
「良い心がけだ。アンナちゃんに触発されたのか、清掃や採取なんていう依頼も結構さばけるみたいでね。この調子で頼むよ」
経験を積んだ中堅者あたりになると、街の清掃や採取は疎かにしがちらしい。逆に年齢を重ねるとそういった地味な仕事も、依頼者が困っているのだという認識が生まれて受けてくれるそうだ。
今回は杏というイレギュラーな存在が、ギルドの依頼全体を満遍なく受注する発憤剤になっている、といったところか。
「はい、頑張りますね」
「って感じで冒険者家業は結構順調かなー」
いつもの月一お茶会にて。蘭を前にほう、と気を抜く杏。
蘭も蘭で、このお茶会だけが唯一の息抜きのようで、公爵令嬢の仮面を外して素の少女の姿に戻っている。
「そりゃよかった。二年次のギルド依頼達成はかなり楽になりそうね」
「そうねー。ゲーム知識だけだと躓きそうなところが何個もあったかな?
それに、清掃と採取は穴場だと思う。人気ない割に日帰り掛け持ちできるし。何より魔法で代用できるものが多いの。
個数稼ぐならこれがベストかな?」
「清掃と採取かぁ…知識とかのパラメータが上がるわね。実際やってみてどう?」
「…正直あんまり。毎日パラメータ推移見てはいるけど、そもそももう上がり幅小さいでしょ」
二人のパラメータは最低限の目標である120をゆうに越えている。杏は魔力や攻撃力が、蘭は知力やマナーがカンスト近くなっていた。
カンストは200であることを考えればまだ多少の伸び幅はあるが、流石に上がりづらくなってきた。
「残りは実践って感じかしら?
そうなると逆に1年次の授業が煩わしく感じそうね…」
「でもさぁ、公爵家令嬢でしかも王子の婚約者が率先してサボるわけにイカンでしょ」
「ほんまそれな…どうしたもんか。学園内は基本的に魔法禁止だし」
「テレパシー使えるのかな? 魔法禁止っていっても結界でも張ってない限りおしゃべりは出来そうじゃん?」
「…そういえば家のどの書物を当たってもテレパシーだけは見つからなかったのよね。勿論画面共有も」
「双子パワーってやつなのかしらね…?
ともかく授業がヒマなのはしんどいなぁ」
「いや、杏の場合はまだまだ上がる余地があるから授業は真面目に聞いておきなさいな。私も大概だけど、杏もかなり人目を引くと思うわよ?
平民ながら商才があり、冒険者も兼業している鬼才だもの」
「えー…」
それは大変にめんどくさい。
「授業中は今後起こりうる恋愛フラグ粉砕の相談に充てるのがいいかもしれないわね」
「だねぇ…」
「ねぇ…ちょっと気になってたんだけど、杏の方にはコイバナないわけ?」
この月一恒例お茶会では、よく蘭の愚痴とノロケの混じり合った何かを聞いている。
王子がどうだったこうだった、でも杏に出会ったら私は捨てられちゃうんじゃないか、などなど。
話を聞いている限りどう考えてもベタ惚れなのに何を言っているんだか、と思う。そもそも王子は奔放な平民のアンナに新鮮さを感じただけだ。では、公爵令嬢としては完璧ながらも中身は奔放で、しかも王子のツボを心得ている蘭が本気を出せば惚れないワケがないじゃないか。
ちょっとずるい気もするが、蘭もきちんと王子に惚れこんでいるのでそこは問題ない。
「蘭みたいに同い年に興味持てないんだって…今私ら12だよ? やっと12歳。
…無理」
「やめて人をショタコンみたいに」
「美少年も可愛いショタも大好きでしょうが」
「否定はしないけど、私はアルがおじさんになっても好きでいられますぅー」
「でた! ノロケ!」
「だからー! 杏もそういう何かないの!?」
蘭の叫びがむなしく響いた。
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