14 いざ、冒険者ギルドへ①
蘭とのお茶会が終了次第、杏はその足で冒険者ギルドへ向かった。
善は急げ。杏たちに残された時間はあと3年だ。そこで準備期間が終わり、戦いの火蓋が切って落とされる。相手は勿論ゲームシナリオだ。
杏は攻略対象の誰とも異性としては親しくならず、蘭と二人で魔王を倒すのが目標だ。勿論魔王を倒さずともすむような方法があれば別だが。
その目標達成のための第一歩として、冒険者として経験を積む。そのために、冒険者ギルドまで足を運んだ。
「すみません、冒険者ギルドに登録したいんですけどー」
ギルドの中は結構雑然としていた。壁には依頼書のような紙があちこちに貼られている。冒険者との付き合いは結構長い。しかしそれは、あくまでも食堂の店員と客という形だ。冒険者の仕事ぶりを見るのは初めてである。
「あら、可愛いお嬢さん。冒険者になりたいの?」
受付嬢らしき人が対応してくれた。が、なんとなく侮られているような気がしないこともない。パラメータが見えないのならば侮られるのも仕方がない話だ。これでも一応アンナはラナお嬢様の隣に立っていてもあからさまな引き立て役にならない程度には可愛いのだから。12になったばかりの少女の冷やかしと思われても仕方がない部分はある。
「こちらで登録が出来ると聞いたのですが」
「そうよ。ただ、お嬢さんみたいな子はちょっと大変かもしれないけど…。
商業ギルドでお仕事を探した方が良くないかしら?」
舐められている。それはもう、思い切り。
確かに冒険者というのは命をかけることもあるので、見るからに不適だと判断した場合はそういった対応もアリかもしれない。ただ、それは人を見る目がきちんとある場合だ。この受付嬢はあまり目利きがよくないらしい。
「そうなんですか? どうすれば認めていただけるんでしょう?
このギルドの建物破壊したらいいですか?」
「は?」
ここまで舐められては後々仕事に影響があるかもしれない。
というより、この受付嬢の態度が純粋に気にくわないのだ。彼女がどういう感情をこちらに向けているかくらいはわかる。明らかにこれは何かの八つ当たりだ。例えば同僚に結婚を先を越されただとか。機嫌の悪いときにたまたまやってきた、あまり冒険者向きではなさそうに見える子に対して心配している風を装ってその道を妨害する。困った顔を見られればしめたもの、というところか。
大変めんどくさいが、降りかかる火の粉を払うくらいは構わないだろう。
「そもそも冒険者ギルドへ登録するために受付嬢が審査するなんていう項目はないように記憶していますけれど…。
そんな権限あなたにあるんですか?」
「な、私はあなたのためを思って…」
「八つ当たりの道具にしないでいただけます?
そもそも見た目で冒険者を判断できるほどあなたの目は肥えて居ないように思いますけど。
さっさと登録させてもらえません? 時間の無駄です」
「はっはっは、何やりあってるのかと思ったらクラナとそよ風亭の嬢ちゃんじゃねぇか。
クラナ。これは分がわりぃぜ? なんてったってどんな荒くれ者も嬢ちゃんには敵わねぇからな」
いい加減苛立ってきたところで、救いの手を差し伸べてくれる人物が後ろから声をかけてきた。振り返れば店の常連のおじさんがいた。
「あら、ダンさん。お久しぶりです」
「よぉ嬢ちゃん。最近店で見かけねぇと思ったらこんなとこに居たか」
「ダンさん、彼女を知ってるんですか?」
「そりゃあ王都の冒険者で嬢ちゃんを知らねぇヤツはモグリだぜ?
あのそよ風亭の看板娘だからな。アンタがこの前買って喜んでたつまみ細工だって元はといえば嬢ちゃんの作品だ。
しかも、冒険者が病に倒れにくくなったのも嬢ちゃんの手柄ってんだからよ。浄化魔法の店っつったらわかるか?」
ダンが自分の孫のことのように杏の自慢話を始める。実際杏のことを5歳のときから知っている人なので似たようなものなのかもしれない。
「…そこまでおおげさな話になってるんですか」
自分の利益のために始めたつまみ細工や浄化魔法が、そういった評価を受けているのは初耳だった。
「大げさなもんか。お前さんとお友達の公爵令嬢がやってくれたことで王都全体が救われてんだぜ?
浮浪者がいない都会なんてこの国だけなんじゃねぇか?」
「…ダンさん、恥ずかしいからその辺にして」
「ははは、謙虚なのはいいこった。
ま、そういうことだ。クラナ、嬢ちゃんを敵に回すってんなら王都中を敵に回す覚悟しとけよ」
「は、はい。申し訳ありませんでした。
では、こちらに記入を…文字が書けなければ代筆もしますが」
まだ不服そうだが、やっと仕事はしてくれるらしい。接客業に愛想は必要だと思うが。
受付をやっているのがこの人以外にもいるのであれば、この人が居ない時間帯を狙えばいいだけだ。ダンさんが言うことを真に受けるとすれば、ここに通う冒険者の大半は顔見知りらしい。そういった人たちに聞けば、この人がいない時間帯は聞けばすぐにわかるだろう。
「代筆は必要ないわ。
書けばいいのね? その次は?」
「必要事項記入して簡単に測定して終わりだぜ」
ダンさんがそう教えてくれる。このクラナとかいう人が変なことをしないように見張ってくれているのだろうか。だとすれば有り難いことだ。あとでお礼をしなければ。
などと考えていると、何故かわらわらと人があつまってきた。
そういえばダンさんそよ風亭でも人気者だったな。
「よぉ、ダン。受付に張り付いて何やってんだ…って、そよ風亭の嬢ちゃんじゃねぇか。久しいな」
「あら、そよ風亭のってアンナちゃん?」
「え? アンナちゃんがいるって?」
わらわらと人が集まってくる。ちょっとやりにくい。
「いやなに。クラナちゃんがそよ風亭のアイドルにちょっとばかりインネンつけちまってなぁ。
心配だから見守ってるってワケよ」
おや? 風向きが何やら怪しいか?
まぁこちらに不都合はなさそうだけど。
「インネンなんてそんな…」
「こんな小さな嬢ちゃんに意地悪してるように見えてなぁ。ま、そんなんでヘコたれる嬢ちゃんじゃないのはここにいる全員が知ってるが…。それでも受付が仕事してくれないんじゃなぁ? あとあと嬢ちゃんが困っちまうだろ?」
「ふふ、まさか。
職務放棄するような方が受付なんてあり得ないでしょう? それとも冒険者ギルドってそんな無能も置いておくんですか?
はい、書き終わりました。次は測定でしたっけ?」
受付嬢の目をジーっと見ながらニッコリ微笑む。まさかそんな無能じゃあないですよね? これ以上なんか言うなら出るとこ出るぞ、という無言の圧力だ。
「しょ、書類を確認します。少々お待ち下さい」
杏の圧力もそうだが、後ろの皆様もよっぽど怖い。背後からビシバシと圧のこもった視線を感じる。勿論杏ではなくクラナに向けた圧だ。先ほどから振り返ってはいないので、何人居るかはわからない。気配から察するにいつのまにか10人は越えているようだが。
「問題ありません、でした。では測定を行いますので…」
「これで何をはかるの?」
「冒険者の適性チェックだな。冒険者って一口に言ってもやる仕事が色々あるのはわかるか?」
「狩りが向いている人、採取が向いている人…ダンジョンとかに潜るならマッピングが得意な人、とかかしら?」
このあたりはゲームで予習済みだ。
このゲームには攻略対象以外にもNPCがいる。彼らにはそれぞれ冒険者としての適性が合って、ぼっちエンドを目指す際は彼らと組むことが多くなるのだ。もちろん完全ソロという変態縛りプレイも存在した。主にパラメータによって適性が分けられるらしい。
「そうそう、そういうヤツだ。向いてない仕事やっても稼げねぇからなぁ。
で、今からクラナが水晶を持ってくる。それに触れると大まかに適性がわかるわけだ。ま、アドバイスってやつだな。
クラナに悪さできるような魔法道具じゃないから安心していいぜ」
「むしろクラナが悪さするとしたら、わざと水晶の存在を教えず適性不明のまま放り出す、とかじゃないかしら? ま、やらせないけどね」
浄化魔法常連のお姉さんの声だ。
どうやらその指摘は図星だったらしい。この期に及んでまだ職務放棄するか。この人を避ける算段をできるだけ早く着けた方がいいかもしれないと感じる。受付に来るたび嫌がらせされたらたまらない。
「そんなことするわけないじゃないですか。
では、コチラが適性を調べるための水晶です」
コトリと机に水晶が置かれる。
「これに手を触れればそれだけでオーケーだ。
色んな色の光が見えるぜ。光が強いほど適性があるってやつだ。ま、大雑把にわかる程度だから気負わず触ればいいさ」
「はい、では触りますね」
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