13 ゲームルートに入るまでにやるべきこと
双子が悪役令嬢とヒロインに転生して7年。二人は12歳になっていた。
ゲームルート突入まであと3年だ。
10歳の誕生日に王子に遭遇するフラグは立ってしまったものの、見事粉砕したと言えるだろう。実際あれ以来一度として遭遇することはなかった。蘭からは謝罪の言葉を伝えられた程度だろうか。
双子は相変わらずパラメータ上げや権力財力ゲットに余念がない。
すべてのパラメータは最低限の目標である120を突破した。これは条件さえ揃えば簡単に魔王を倒すことができる数値である。だが、二人は慢心しない。いつどこでフラグが牙を向いてくるかわからないのだ。
そのため、杏はとある行動にでることにした。
「思うんだけど、別に学校に行くのを待たずに冒険者登録してもいいよね。
とういうことで、一足先に冒険者になります」
月一恒例蘭とのお茶会の場で宣言する。貴族御用達の商談に使われるような高級なお店での一幕だ。蘭にとっては市場視察も兼ねているのだとか。お嬢様も大変だ。
「うーん。杏はいけるけど私はスケジュール的に無理かな…。
王妃教育めっちゃきついんだもの」
「チート化した蘭でもそうなんだ…。化け物レベルを求められるのね」
「そりゃ一国の主の妻だもん…人間離れした存在であってほしいと願われちゃうのはあるわね」
「んーじゃあ蘭と一緒にいくのは諦めて、私一人で頑張ってみるよ」
冒険者ギルドには年齢制限があるのだが、12歳になったのでこの度晴れて解禁した。これでギルドに登録すれば、冒険者として活動できるのである。
「しかしなんでまた冒険者に?
お店の経営も順調だし、つまみ細工のオーナーとして商業ギルドに登録もしてるでしょ?」
杏は現在、家の仕事はほぼ手伝っていない。そよ風亭のウリの一つである浄化魔法は弟妹に引き継いだ。つまみ細工の仕事は蘭からの注文がない限りはほぼ手を引いて、元孤児院に任せている。孤児院は今やつまみ細工職人の育成所となっていた。その他にも読み書き計算学べるということで、一種の学校として成り立っている。そのバックアップをしているのが蘭だ。
お陰で町から浮浪者、浮浪児が激減したとかなんとか。大人でも子供でも読み書き計算ができればなんとか仕事にありつける、というところまでは来たのだ。
元孤児院、現養成所出身の人をそよ風亭でも何人か雇っている。
ちなみに杏の両親はどんなに裕福になったとしても、美味しいものを人に振る舞うのが好きだ、ということで今もそよ風亭の厨房に立っている。料理に専念できることで質も向上したらしい。今は弟妹がその味を引き継ごうと修行中だとか。
「色々落ち着いてきたからこそ、私個人で動けるかなって。
将来的には冒険者ギルドで単位稼がなきゃいけないんだし、それなら先に雰囲気を知っていた方が有利でしょう?」
「それは確かにあるかもね。季節によって出てくる依頼も微妙に違うだろうし…」
「あと冒険者だと、ある程度の自由がある。私たちのパラメータなら万が一のことがあったとしても、食いっぱぐれることはないでしょ?」
将来、魔王が現れて、最悪の場合国が滅ぶことはわかっている。そんな未来が来ないように二人は努力してきた。そして、パラメータだけ見ればその未来は回避できる。でも、どこでゲームのフラグが襲いかかってくるかわからないのだ。
ゲームのシナリオ通りに物語が進めば、双子が二人とも幸せな未来を手にすることはないのである。
それを回避するために、やれる事はなんでもやっておきたい。
「それもそうね。杏だけに任せるのはちょっと心苦しいんだけど…」
「いいっていいって。蘭が王子様とラブラブで幸せな未来を作れば作るほど、死亡フラグはバッキバキに折れるじゃない?
蘭はそっちの方向で頑張ってよ」
蘭こと悪役令嬢ラナお嬢様の死亡フラグは大まかにわけて二つ。魔王の手先になるか、断罪されるか。そのうちの一つ、魔王の手先フラグはもうバッキバキにしたといっても過言ではないだろう。
ゲームの悪役令嬢ラナは、それなりの魔力があったものの、がっつり鍛えた主人公には及ばなかった。そもそも貴族は魔力の制御さえできれば、鍛える必要があまりないのだ。だが、魔王の存在がこの国の魔力持ち達を戦闘に向かわせる。その際に主人公が大活躍するのだが、それが悪役令嬢ラナには許せなかった。ただの平民が自分よりも目立ち、あまつさえ王子や他のいい男達と仲よくなっていく。許せない、けれど自分には実力がない。だから、魔王の手先になって魔王の力を借りるのだ。
現状、このパラメータの蘭が、魔王の手を借りる理由がない。そもそも、蘭が杏に嫉妬する理由もない。何故なら王子が蘭にベタ惚れだから。
だから、このフラグはほぼないといっていい。
残るはもう一つの断罪フラグだ。これは主人公が逆ハールートに入るか、逆に誰とも恋愛に陥らなかった時に起こるイベントだ。
「杏が逆ハーするとか想像つかないけど、誰とも恋愛しないノーバフルートではあるものね。それに、私も杏もゲーム設定ぶち壊しまくってるもの。何が起こっても不思議じゃないわ」
「そうそう。だからもしかしたら蘭の政敵とかになりうる輩が罪をでっちあげて蘭をハメにくるかも…っていうのが一番ありそう。
だから、蘭はしっかり地盤を固める方がいいと思う」
政敵の誰かが蘭の罪をでっちあげたとしても、それに対抗できるような権力を持っていればそんなもの粉砕できる。そもそもそのルートに入るとしたら、有りもしない罪での断罪なのだから。
「うん、わかった。完璧パーフェクトな貴婦人になってやろうじゃない。
それはそれとして…将来王妃とかプレッシャーで死ぬかもしれんけど」
「…それは…ガンバ…」
死亡フラグ回避のためとはいえ蘭の未来は結構狭まってしまっている。そう考えると貴族というのはやはり中々大変なもののようだ。
「なんか私ばっかりお気楽で申し訳ないなぁ」
「大丈夫。私が王妃になった暁には、平民の地位向上の旗頭になってもらうから」
「なにそれこわい」
蘭の頭の中でどんな権謀術数が繰り広げられているかはわからない。わかりたくもないこわい。
ともかく、蘭は間違っても断罪ルートにいかないように、人脈を広げつつ王妃教育を頑張る。
杏は、冒険者ギルドに登録し、少しでも実戦経験を積む。
二人はそれぞれの中期目標を定めた。
「魔王を倒すって事は…要するに立ちはだかる魔物の命を奪うってことよね。慣れることはできるんだろうか」
「そこが一番の不安要素よね。
私もいきなり実践よりは、少しでも練習しておいた方がいいのかしら」
「ていうか、そもそも魔王ってなんなんだろう?
手なずけられたりできないのかな?」
「…それ、考えたこともなかったわ」
今まで様々な経験をしてきたが、二人は生き物の命を奪ったことはない。平和な日本で生きてきた記憶が強いせいもあり『殺す』という行為にとても抵抗がある。
もしも、魔王を倒すなんて行為をしなくてすむのであればそちらの方が良い。
「最近は王宮の中もあちこち見学させて貰えるようになってるから、機会があれば調べてみるわ。
そもそも魔王ってなんなのか、考えたこともなかった」
「うん、魔物とか魔王とか、不思議なこと多いよね。なんで自然発生するんだーとかさ」
「ゲームだから気にしたこともなかった…」
「まぁ調べた結果とどめ刺しにくくなるのも困るんだけどねぇ…。下手に同情なんかしたらさ…。
はぁ、ちょっと憂鬱だけど頑張ってみる…武器も決めないとなぁ」
どちらに転んでも平気なように準備はして置くけれども、戦わなくて済むのであれば戦わずに済ましたい双子だった。
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