12 フラグは手強い
蘭の今世でのお宅である公爵家でひらかれた杏の誕生日パーティも、そろそろお開きといった頃。
予想もしない珍客が公爵家に訪れた。
そもそも公爵家は国内でも有数の貴族である。大概の相手は来るにしてもお伺いを立てて、迷惑にならないように日程を擦り合わせてからくるものだ。火急の用であれば別だが、その場合はもっと物々しいことになるだろう。
ではその珍客とは何者か。
答えは簡単。ゲームの強制力というか、折りきれなかったフラグ。
ラナお嬢様の婚約者でありこの国の王子様、アルフォンスその人である。
「先触れを出していただけましたら対応できましたのに…」
(ふっっっざけんな、こっちがどんだけフラグ折ろうと頑張ってると思ってんだごるぁあああああああああ)
ご令嬢らしく上品に、少し困った顔をしながら王子と向き合う蘭。
だが、口にする言葉とは裏腹に内心は怒りに満ち満ちていた。テレパシーの制御が聞かず、コチラに思っていることがダダ漏れである。
感情が乱れるとテレパシーの制御が上手くいかなくなるというのは新たな発見だった。
ただ、この発見は現状のなんの慰めにもならない。
「すまない。でも、先日君が求めていた『小さなモノを見るための眼鏡』の研究をしている人を見つけたものだからつい…」
(あー…顕微鏡か。確か蘭は今病気の原因を探る研究所の支援もしているんだっけ?
で、蘭が探してた顕微鏡を見つけて嬉しくなって急いできてしまった、と。
これは王子様のこと責められない)
確かに手続きを忘れてしまったのは頂けないが、アルフォンス王子はまだ子供。それに、婚約者が探していたモノを見つけて、嬉しくなってそのまま来てしまった、なんてとても可愛らしいではないか。
だが、巻き込まれた平民である杏の家族はちょっと困ってしまう。そもそも王族なんて雲の上の人。ごくごく普通の平民に礼儀作法などわかるはずもなく、オロオロしている。せめて失礼にならないように気配を消そうと、杏の両親は縮こまっていた。その空気を察して弟妹達も小さな体を更に小さくしている。
(こりゃ早々にお暇しよう。といっても、蘭に挨拶しないのもなぁ…)
どうしたものかと考えていると、突然話がおかしな方向へ転がってきた。
「それに、ラナが大事にしている「おともだち」も見てみたくてね。ただの「平民の子」なのだろう?」
やけに、平民の子という部分を強調して言う。
(…やけに敵愾心感じるんですけど。いや、これはこれでゲームの強制力なんぞぶっ壊せた証?
でもなんでこんなこと言われるかなぁ…あ、ラナをとられた嫉妬とか?)
「…アルフォンス殿下? いま、なんとおっしゃいました?」
杏がのんびりと現状把握に努めていたところ、蘭が静かにキレた。
周囲の温度が魔法も使っていないのに、少し下がったような気がする。
「ラナ…?」
「今、わざわざわたくしの親友を平民と強調してくださいましたね?
その意図を聞いているのです。
人の目がある場所で、王族が平民を侮辱する意図を教えてくださいます?」
「そ、そんなつもりは…」
蘭の勢いにタジタジになるアルフォンス王子。だが、その言い分は通用しない。貴族は言葉の裏をきちんと理解するものだ。そして蘭はそれに長けている。先程も親バカを爆発させた蘭のお母さんから貴族社会でも十分やっていける蘭エピソードを聞いたばかりだ。
親バカではあるが、その評価はしっかりしている。それに、蘭のお母さんも残念そうな瞳で王子を見ていた。彼が貴族の視点から見れば大きな失言をした証拠である。
「国の上に立つと目されるお方が、平民を侮辱するなど恥知らずな…。
彼らがいなければ貴族も王族も成り立たないのですよ? なんと嘆かわしい…。
今すぐ訂正なさってください」
(蘭、らーん?
それ確かに正論なんだけど追い詰めすぎたら可哀想だよー。
大方蘭が王子との約束より私との約束優先したりしたんじゃないのー?)
テレパシーでひっそり話しかければ、ちょっとバツの悪そうな声が聞こえてきた。
(そんなことはない、と言えないのがつらいところね。
でも、これは王族としてあるまじきことなのは確かなの。婚約者として指摘しないわけにはいかないわ。
…でも、嫌われたらどうしよう~!?)
(怒ってくれたのは私は嬉しいけど、ちょっと怒りすぎたかねぇ?
ちょっと割って入っても大丈夫かな?
なんかもうね、家族が泣きそうなの)
雲の上の王族の出現に、公爵令嬢の本気の怒り。それのやり玉に上げられてるのが娘のアンナ。両親はどうするべきかわからずオロオロとしている。先程まで優しいお姉さんの雰囲気だった蘭の豹変ぶりに弟妹は今にも泣きそうだ。杏の影に隠れてしまっている。
(ご、ごめん。入っても私がなんとかするから場をおさめてくれると嬉しい…)
(オッケー)
「ラナ、その辺で。私はあなたと親友でいられるだけで十分よ。それに…そんなことになったら私国にいられなくなっちゃうわ」
「…ふぅ。全くあなたときたら…」
「私たち家族はあなたにお招きしてもらって、もう帰ったことにしましょう? ね?」
王族が平民に頭を下げたという噂でも立てば、それはもうドエラいことになる。噂がこじれにこじれて不敬罪一家とでも言われたら災難にも程がある。そういったことがあり得るほどに、この国は平民の地位が低いのだ。
だから、杏と王子は会わなかった。
会わなかったから、王子が平民を低く見る発言もしなかった。
そういうことにしよう、という提案だ。
「それもそうね。誰か、早急に馬車を回してちょうだい。私の親友と、その家族の方がお帰りになるわ。
それから、じいはアルフォンス殿下のためにお部屋を用意して」
普段はもう少し親しい呼び方をしているだろうに、わざわざ殿下と呼ぶ蘭。それに気付いて王子が目に見えてしゅんとする。
「ラナ…その、すまない」
「謝るべき方が違うような気もしますが…。本人がそんな出来事起こっていないと言い張るから仕方がありませんね。
殿下は私の親友のアンナの提案を今一度考えてみてくださいまし」
「アンナちゃんは技術といいマナーといい、わたくしも驚きですわ。今回のことも含めてね。
良かったらまた遊びにきてちょうだい。歓迎するわ」
「恐縮です」
なんと、蘭のお母さん、公爵夫人にまでなりゆきで認めてもらえた。
この太鼓判は結構嬉しい。マナーの数値はかなり上がっているものの、攻撃力や魔力と違って実感しづらかったからだ。
(わーい、本物の貴族の太鼓判だー。嬉しいー)
(まぁ…私は貴族の擬態だからねぇ。ともかくも、これで一件落着かな?
王子にもう少し釘はさすけど)
(ほどほどにねー)
「それじゃあ、気を付けて帰ってね。お母様の許しも頂けたから、また誘うわ」
「ふふ、本気にしちゃうよ?
本日はお招きくださりありがとうございました。とても楽しい時間を過ごせました。
じゃあ、またね」
深々とマナーにのっとって一礼する。といっても、貴族のようにドレスを着ているわけでもないのでちょっと中途半端だが。
でもこういうのは気持ちの問題だ。最後にちょっと邪魔が入ったものの、楽しい時間を過ごせたというのは本当だからだ。
礼をする杏に倣い、家族もそれぞれ気持ちを込めて頭を下げる。多少不格好でも、気持ちのこもったそれに蘭のお母さんや、使用人の皆さんは頬を緩めた。見た目のマナーだけでなく、きちんと気持ちを受け取ってくれる素敵な人たちのようだ。流石公爵家。
「ええ、勿論本気にしてちょうだい。それじゃあ、お気を付けて」
こうしてなんとかゲーム本来の「運命的な王子との出会い」は消滅し「どちらかと言えば思い出したくない王子の汚点」が生まれたのだった。
(これはこれで死亡フラグとか言わないわよ…ね?)
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