10 やってきた死亡フラグ
あれから忙しくも充実した日々を過ごし、二人は8歳になっていた。
つまみ細工の人気はうなぎ上り。ただ、量産ができないという難点があった。
それを蘭が孤児院の「子供たちに仕事を与える」という形で解決した。つまみ細工のアクセサリーを購入することは、孤児への施しに繋がる。つまり、上流階級のステータスになる、という風潮を作りあげたのだ。
「私も担当する孤児院みたいなのがあるから一石二鳥かなーとか考えてたんだけど、思った以上に社会的にウケたのよね。ってことで講師よろしくー」
というのはラナお嬢様こと蘭のお言葉である。
ただ、それも平坦な道のりでなかったことは確かだ。まずその日その日をカツカツ状態で過ごしている孤児院の子供たちは、ぶっちゃけ衛生状態が悪い。孤児院も頑張って掃除しているが、やはり汚い。垢がつきまくったアクセサリーが売れるはずもなく、まずは衛生状態をなんとかしなければならなかった。ただ、幸いにも杏には浄化魔法がある。それをフル活用してどうにか乗り切った。
定期的に浄化をして、つまみ細工の作り方を教え、時には暇を見て文字と計算も教えた。そうしないと子供たちが悪い大人に騙される可能性があったからだ。
その結果、孤児院にくる子供が激増した。孤児院では特殊な技術を教えてくれる、という噂が流れて、王都中の浮浪児が殺到したのだ。
ここまでの事態になると、平民の杏にできることは何もない。蘭の出番になる。
蘭は孤児院を増設したり、そもそも読み書きを学べる環境を整えたりと大忙しだったようだ。蘭のお仕事はそれだけではなく、他の事業への出資もある。例えば、病気に対する研究への出資だ。この世界は薬がほとんどない。あってもとても高価なのだ。そのため平民ができる病気への対処は栄養あるものを食べて祈るだけ。これはヤバイと感じた蘭は研究者たちを支援した。そのお陰もあって「不潔にしていると病気になりやすい」という研究結果が発表され、王都をはじめ国中で清潔化を推進しているところだ。もう少し年月が立てば薬の開発などもできるのではないか、と蘭は言っていた。
そうやって二人は着々と財力と権力を手にしつつ、その他のパラメータ上げも余念がなく過ごしていたある日。
月一のお茶会で蘭は沈んだ声を出した。
「王子の婚約者に決まっちゃった…」
表向き「おともだち」となって以来、二人はアクセサリーのデザイン情報が流出しないように、とプライバシーが守られる場所でお茶会をしている。場所の提供は勿論公爵家だ。平民のアンナだが、3年かけてラナお嬢様の無二の親友という立場を獲得したのである。これは貴族としては非常に珍しいことだ。しかしながら、杏はラナお嬢様、ひいては公爵家にとってはかなりの利益になる平民ということは確かである。何せ流行の最先端のつまみ細工を作れるのも、平民の生活向上のためのヒントを与えたのも杏ということになっている。
プライバシーが守られているお陰で、蘭の悲痛な声は誰に聞かれるはずもないのだが、コトがコトだけに声をひそめてしまう。
「それって…断れない、よね」
「うん…。頑張って財力権力を手に入れたから「断れるかも!」って思ったんだけど…王家の意向には叶わなかったわ。っていうか、半端に財力権力を手にした上に、パラメータも同世代の中ではぶっちぎりトップ。狙われないはずがなかった…」
「そりゃ格好のエサってか、鴨がネギどころか鴨鍋セット背負ってるってか…」
ずぅん、と沈みこむ蘭。
自分の破滅の原因が飛び込んできたのだから無理もない。
「え、えーと。でも顔はいいんでしょ? 目の保養にいいんじゃないかな!?」
「だから困るんじゃない!
いつかフラれるくらいなら最初からビジネスライク程度にとどめておきたいのに!
マジ無理顔がいい! 二次元を三次元でリアル再現にするにも程がある!」
「あー…つまり、顔が良すぎて冷たくあしらうのも良心が咎める、と」
もともと王子は蘭の最推しだ。目の前に推しがいるのに、その推しに塩対応しなきゃいけないのはどんな罰ゲームだろう。
「…もういっそ落としちゃったら?」
「は?」
目の前には目が据わった美少女。公爵令嬢ラナは非の打ち所のない美少女に成長していた。
貴族としての知識教養マナーは当然のように備えており、杏が開発した上級浄化魔法「エステ」も習得しているので肌や髪のツヤが半端ない。ちなみに杏はやりすぎると後々攻略対象達に惚れられて面倒なことになるかも、ということで「エステ」の魔法は封印中である。自意識過剰と笑いたくば、笑え。こちらは自分だけでなく、たった一人しかいない双子の命がかかっているのである。絶対に惚れられてはいけないのだ。
そんな事情の杏とは違い、蘭は誰と恋愛関係になったって支障はない。
「むしろラナお嬢様が悪役令嬢にならない理由の一つになるよね。相思相愛ラブラブな婚約者がいるんだもの。平民のアンナのどこに嫉妬する要素があるんだって話になるじゃん。
むしろ全世界が蘭に、というかラナお嬢様に嫉妬するよ。完璧過ぎて」
才色兼備で、出資して成功するだけの先見の明があり、孤児院や研究所への慈善事業の成果も相まって世間の評判は上々という言葉では表しきれない。この世に生まれ落ちた天使か? とか言われることもある。そんなラナお嬢様がこの国の王子という最高ステータスの男と相思相愛なんて、いっそ嫉妬する気も起こらないほどに完璧じゃないか。
「…で、でも…」
「まさか、年下に食指がうごかなーい、なんて言わないわよね?」
「いやでも抵抗感あるでしょ!?
だって私、前世足したら20越えてるのよ!?」
「それは私もおーなーじー!
ってか、愛があれば年齢差なんてって言うし?
それに自分が成人したーって感覚ある? そりゃ蘭はお貴族様生活してるから貴族としての責任感みたいなのはあるかもしんないけど、成人したぜーって感覚なくない?」
「…ない」
小声でポツリと呟かれる。それみたことか、という表情を浮かべて杏は蘭を諭した。王子とくっついた方が面白いじゃんとかそういう気持ちはない、はずだ。これは双子の姉の恋を純粋に応援したいだけなのだ。たぶん。
「そりゃ私たちが8歳児でーすって言ったらちょっとばかり難があるけど、結婚するころには大体精神年齢も見た目と変わらないくらいになってるでしょ。
何よりバッドエンドの要素も減るんだし…やらない手はないんじゃない?
まぁ蘭がこんな子供に恋愛感情もてないーっていうなら話は別だけど」
「…いや、うん。だって相手も8歳だから恋愛は…ね。
でも、可愛いなぁ顔がいいなぁって思っちゃう…」
「なら恋愛は保留しておいて、とりあえず仲良くなっちゃえば?
実際蘭のお貴族様って身分だと、どうしても政略結婚になっちゃうでしょ」
「そうね。最悪出奔する未来には備えてはいるけれど…。家族を見捨てるには、今の家族のこと好きになりすぎちゃってるし」
双子には、前世の記憶も、5歳までのラナ・アンナだけだった記憶も両方ともある。二人ともたくさんの愛情を注がれて生きてきたのは確かだ。前世の両親にはもう二度と会えないのだとしたら、今の両親には目一杯親孝行したい、と二人とも考えている。
「貴族の幸せって前も今も平民の私には考えにくいけどさ。少なくとも蘭が幸せな結婚したらそれだけでご両親嬉しいんじゃないかな?」
「それは…そうよね。
…とりあえず、避けることはやめておくわ」
「避けてたんかい!」
「だって擬人化した死亡フラグみたいなもんじゃない、攻略対象なんて!」
「でも推しでもあるじゃん?
まぁ上手くいくことを祈ってるよ。そうだ、男性でもつけてて違和感なさそうなコサージュとか作ろうか?
蘭の目の色に合わせたやつ」
「えっ!? そ、それはちょっと気が早くない?
嫌われてはいないと思うけど…流石にちょっと…」
恋バナと萌え話の中間のような話題で盛り上がりながら、その日の定期報告会は終了した。終了後、杏の手には蘭の目の色に近い鮮やかなエメラルドグリーンの布が握りしめられていた。
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