墓守のグリフォン
夏は過ぎてしまいましたが。
強い日差しで銀の羽が焼け付くようだった。
夏の盛り。あなたが好んでいた黄色い背の高い花も、萎れていつの間にか朽ちてしまった。高台から見える海と空の境目。魔獣たちが海から顔を覗かせるのが見える。青い海は金剛石の粉でもまぶしたように煌めいて、空はどこまでも透き通った天青石だった。
美しい世界が見えるこの高台にあなたは眠る。冷たい棺の中で。
私はくちばしで翼の羽を整え、高台に立てられたあなたのための神殿に入る。
生前あなたは英雄だった。高度な魔法を使い、剣でも槍でもなんでも使い熟した。魔王と呼ばれる人の姿に似た醜悪な魔族の王をその手で殺したとき、誰よりもその姿を間近で見ていたのは私だった。
幾重にも結界が張られた神聖な神殿の中を進む。魔族や魔獣どころか人間も入れない聖域だ。
真っ白な棺の蓋を鉤爪で開く。あなたの髪の色はあなたが好んだ花の花弁とよく似ている。閉じられたそのまぶたの先に、海よりも輝く瞳があるのを私は知っている。その目が開かれることがもう二度とないことも、私はよく知っている。
それでも、私はただ寄り添いたかった。
期待と羨望と嫉妬と恋慕と。あなたは人一倍の力を持っていたけれど、同時に人一倍の感情を向けられ背負っていた。
国王は魔王を斃した暁に姫との婚約を約束したけれど、それはあなたが望んだことではなく姫が心から願った願望だった。
あなたはそれを拒絶しなかった。光栄だと笑って受け入れた。あなたの笑顔の眩しさは、時に嘘をも隠してしまうのだとその時私は知らなかったのだ。
あなたはよく笑った。すべてがすべて本心からのものではなかったのだろう。あなたを失って初めてわかったことだった。
生きているあなたの隣で、まだ人間だった私は素直に騙されていたのだ。
棺の中であなたを縁取る花を摘む。枯れないように魔法をかけた色とりどりの花たちを、季節に沿って入れ替える。鉤爪があなたの皮膚を傷つけてしまわぬよう、慎重に、ゆっくりと。
あなたをそばで感じられる、この作業が好きだ。あなたが生きている間に、あなたが私のものになることはなかった。戦いの最中で背中を預けあったことはあれど、それだけだ。いつだってあなたは人々に囲まれていた。
自分のものにしたいと、愚かにも思ったことはある。でもそれはあなたの幸福には繋がらないと、そう思って心のうちに留めたのだ。今になって、あなたの幸福とはなんだったのかと考える。
花を入れ替え終わって、あなたの死に顔を見つめる。遠くから雷鳴が聞こえた。
教えて欲しい。あなたの幸福とはなんだったのか。
何も言葉にせず自ら死を選んだあなたの唇は、今も固く閉じられたまま。
魔王の胸に剣を突き立てたあなたは、見たことのない顔をしていた。
泣きそうな、苦しそうな、美しいものを見るような、愛しいものを見つめるような。……絶望、しているような。
事切れた魔王から剣を引き抜き、すぐさま笑みを浮かべたあなたはどんな感情を胸に押し込めたのだろう。愚かな私はその瞬間の表情を見間違いだと決めつけた。自分の都合のいいように。
今ならわかる。あなたは魔王を愛していたのでしょう。だから、とどめを自分以外のものに果たさせなかった。
だから、その後自ら命を断った。愛するものを殺めたその剣で。
ねえ、どうして言ってくれなかったの。わたしなら、あなたのために国を裏切ることも厭わなかったのに。
あなたのために、醜悪な魔王に話を付けることだってしたのに。誰も知らないだろうけど、わたしはあの魔王と血を分けた兄弟なのだから。
あなたと並んで立つわたしを見たときの、魔王の顔は見れたものじゃなかった。きっと、あいつもあなたを好きだったのだ。
雨が神殿の屋根を打つ。嵐の激しさに海上が煙った。
わたしはあなたの死を認めて、使い魔のグリフォンを呼んだ。正確には魔ではなく神々に仕える生き物だ。わたしはその神聖な体が欲しかった。あなたをこうして独り占めにするために、人間と魔族の混ざった肉体を脱ぎ捨てグリフォンの体を得た。グリフォンにはわたし自身の体を与えた。どうやら彼はわたしの銀の髪と空色の目を好んでいたようだけど、交換してみればわたしの肉体は金の髪と朱の目に染まった。逆にわたしが得たグリフォンの体は銀に変わり目も空色に変わった。
わたしは使い魔のグリフォンにあなたの体を守らせ、わたし自身は未だ国を守っている……ということになっている。
実際のわたしはグリフォンの体を得てあなたの棺に寄り添っている。そして、雨があなたの悲しみと苦しみと、痛みを洗い流してくれるのを待っている。そうは言っても、既にあなたの体に心はないから、ただわたしが祈っているだけ。
あなたの安らかな眠り。もし生まれ変わりがあるというなら、その生の幸福を。
きっと、あなたとわたしは交わることがない。あの海と空のように。でも寄り添ってはいられるから、わたしはそれで満足とする。
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