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真実




「さて、色々説明してもらいましょうか?」

 (みこと)に案内された静利がやってきたのは、榊家――神無(かみな)の家だった

 人の耳目が気にならない場所ということで他に候補もなく、半ばなし崩し的に決まったこの場所に来るなり、静利は鋭い視線で神無(かみな)(みこと)を見比べる

「……うわぁ」

 静利の睨み付けるような鋭い視線を向けられた神無(かみな)は、思わず委縮して半身引いてしまう


 天伺官というのは、逮捕束縛権を持つ国家の守護者。その一級ともなれば、その権限はかなり大きなものになる

 つまり、静利がその気ならば、神無(かみな)を法的に拘束――逮捕することができるということになる

 そんな人物に睨みをきかされれば、平凡な一般人に過ぎない神無(かみな)が委縮してしまうのは当然のことだった


「それより、お茶をお出しいたしますので、お座りになられてはいかがですか?」

 しかし、そんな神無(かみな)とは裏腹に涼しい顔で静利の視線を受け流す(みこと)は、淑やかに微笑んで歓迎のお茶を出そうとする

「悪いけれど、現状それは聞けない相談ね。あなたから出されたものを口にすることはできないわ――邪神の天巫(あめなぎ)

 しかし、そんな(みこと)の言葉を受けた静利は立ったままの姿勢と神無(かみな)達との距離を崩すことなく、淡白な声音で応じる

 不測の事態に対処するべく、常に立った姿勢と距離を維持し、不用意に出された物を口にしないと静利の姿勢は、ある意味天伺官として正しく、そして神無(かみな)(みこと)に対して警戒心を露にしていることの証左でもあった

「毒なんて仕込みませんよ? それとわたくしの事は、〝(みこと)〟とお呼びください」

 そんな敵愾心と警戒心を隠そうともしない静利の言葉にも気分を害した様子もみせずにたおやかに微笑んだ(みこと)は、口元を手で隠す上品な所作で応じる

「それを〝はいそうですか〟と信じることはできないわ」

「あの――っていうか、邪神って何?」

 (みこと)と静利が視線を戦わせている中、その話から出た思わぬ言葉に、神無(かみな)は恐る恐る問いかける

「そういえば、まだそれについてはご説明をしておりませんでしたね」

 その神無(かみな)の言葉に納得したように微笑んだ(みこと)は、その姿勢を正すとその胸に手を当て、恭しい所作で口を開く

「わたくしは――」

「その女は邪神の天巫(あめなぎ)よ」

 丁寧に言葉を紡がれようとしていた(みこと)の言葉を、横から放たれた静利の声が一刀の下に切り捨てる

「!」

「あの、そういう風に仰られると困ってしまうのですけれど……」

 その事実に、驚愕のあまり目を見開く神無(かみな)の正面で、不本意な紹介をされた(みこと)は静利に対して不満を露にする

「事実でしょう?」

「確かに、わたくしがお仕えするのは、人々が邪神と呼ぶ神ではありますが」

 敵愾心を露に、切って捨てるように発せられた静利の言葉に、(みこと)は息を一つついて言う

「邪神!? それって、ことごとく神を殺すっていう、あの邪神!?」

 静利の言葉を肯定する(みこと)の言葉に、神無(かみな)はさらに驚愕を深めて、半身を退く

「そうよ。神を滅ぼす神。それが邪神。悪神と並ぶ人類の敵に仕える天巫(あめなぎ)がこの女なの」

 そんな神無(かみな)の言葉に、静利は畳みかけるようにして言葉を並べ、敵意に満ちた鋭い視線で(みこと)を射抜く

「それ、本当なの?」

 その静利の視線につられるように(みこと)を見た神無(かみな)は、信じ難いものを見るような目で(みこと)を見つめる

「はい。その通りです」

 そんな神無(かみな)の視線に、(みこと)は全く動じたような様子もなく、むしろ胸を張って誇らしげに言う

「分かったでしょ? この女はたった一柱で世界の神の三大勢力を担う、かの邪神の手のものなの。――私達人類の敵なのよ!」

 絶世の美貌を花のように綻ばせ、清楚で淑やかな笑みを浮かべる(みこと)の言葉に憤りを露にした静利は、わずかにその語気を強めて言い放つ

「それは誤解です。人々が邪神と呼ぶ我が御神は、確かにそれをなすだけの力を持つ神であらせられますが、そのような神ではございません」

 しかし、その静利の糾弾の言葉に対し、(みこと)はその美貌に、かすかだが確かな険を帯びさせて反論する


 淑やかで慈愛に満ちた居住まいを崩さない(みこと)だが、やはり自身が仕え、崇める神を貶められることは看過しがたいのだろう

 そしてその様子を見れば、(みこと)がいかに敬虔な思いを以って神に仕えているのかが伝わってくるというものだ


「どうだか? 彼に取り入って何を企んでいるの?」

 しかし、そんな(みこと)の言葉を、静利は警戒心を強く滲ませながら一刀の下に切って捨てる

 邪神はその名の通り、世界的に見ても決して好意的に受け入れられる神ではない。それを分かっている(みこと)は、それに対して楚々とした居住まいを崩さずに応じる

「企むも何も、天巫(あめなぎ)たるわたくしが神にお仕えするのは当然のことです」

「――は?」

 そして、(みこと)の口から告げられたその言葉に、静利は目を丸くして素っ頓狂な声を漏らしてしまう

 鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべ、自身の言葉の意味を正しく掴みあぐねているのを見て取った(みこと)は、淑やかに恭しく言葉を続ける

「ですから、こちらにいらっしゃる神無(かみな)様こそが、わたくしがお仕えする神なのです」

 (みこと)のその言葉に、静利はゆっくりと神無(かみな)へと視線を向ける

「彼が、邪神!?」

「ち、違います!」

 怪訝な言葉と共に静利にまじまじと見つめられた神無(かみな)は、慌ててそれを否定する

 確かに今朝会った時から(みこと)はその旨の言葉を告げていたが、神無(かみな)としてはまだそれを信じ切ることも認めることもできていなかった

「そうよ。馬鹿げたことを言わないで。神と人は違うものよ! 人が神になることはないし、神が人になることもありえない!」

「それは、あなた方の神とわたくしの神が似て非なるものだからです」

 からかわれている――あるいは、話を逸らそうとしていると感じたのか、語気を強める静利に対し、(みこと)はあくまでも真剣な眼差しで応じる

「神には、大別して三つの種族があり、三竦みの関係で表されます。あなた方の言葉を借りれば『陰陽神』、『悪神』、『邪神』と呼ばれるこれらの神々は、属に神の三大勢力と呼ばれています」

「そんなこと、子供でも知っているわ。陰陽神は森羅万象と生命を司る神々。悪神はそれに害をなす災いの神々。――そして邪神はたった一柱しかいないにも関わらず、単神でそれらの勢力を渡り合うことができる、神を殺す神」

 神々しささえ感じられる厳かな声音で、この世界に存在する神について口にする(みこと)に、静利はその声音を鋭くして答える


 この世界に存在する神々は、三つの勢力に大別することができる

 一つは「陰陽神」。森羅万象、武器や道具、闘争や繁栄といった人の営みと密接な関わりを持ち、崇め奉られる神々。

 一つは「悪神」。歪められた霊力――「瘴気」と呼ばれる力を持ち、その眷属たる妖魔を従えて世界に害をもたらす神々。

 自然的なものとは異なる疫病や災害、死や滅亡を振りまく、生きとし生けるものとこの世界そのものの害悪として恐れられる神々だ

 そして最後の一つが「邪神」。陰陽神、悪神はそれぞれ八百万と言われる数が存在するのに対し、邪神はたった一柱のみしか存在しない

 しかし、この邪神こそが神を殺す神。――たった一柱で陰陽神、悪神の二大勢力と互角以上に渡り合う最強にして最凶の神と言われている


「それは、我が神が持つ性質の一面でしかありません。――いえ、そもそも我が御神こそが唯一の神なのです」

 突き放すように言った静利の言葉に対し、どこまでも邪神に対する敬意を失わない(みこと)は、自身の胸に手を当てて言う

「やめましょう。こんな話は無駄だわ。そもそも邪神の天巫(あめなぎ)であるあなたが、邪神の肩を持つのは当然の事だろうしね」

 静かだが熱を秘めた声音で紡がれる(みこと)の言葉を受けた静利は、これ以上の話題はどこまでいっても平行線になると断じて話題を打ち切る


 どれほどの言葉を並べ、何を言おうと、邪神の天巫(あめなぎ)である(みこと)が、己が仕える神を貶めることはない。それが天巫(あめなぎ)というものだ

 論理や倫理ではなく、神に対する忠崇を尺度としている以上、この話は永遠に平行性を辿り、結局理解し合うことなどできないのが道理だ


「そのようなことはございません。わたくしは――」

「あなたは、この街の異常(・・・・・・)にも関わっているの?」

 自分の言葉を否定するべく言の葉を紡ごうとした(みこと)の言葉を遮った静利は、そのわずかな反応や心の揺らぎを見逃すまいと、邪神の天巫(あめなぎ)たる美女に視線を固定する

「この街の異常?」

 しかし、そんな静利の思惑とは裏腹に、真っ先にその言葉に反応したのは(みこと)と肩を並べている青年――神無(かみな)だった

 この街で暮らしてきた神無(かみな)にとって、故郷のこの街で何かが起きているのだとすれば、無関心でいられることではない

「わたくしは、今朝がたこの街に入ったばかりですよ」

 そんな神無(かみな)の言葉を引き継ぐように、(みこと)はたおやかな声で眦を吊り上げている静利に答える

「とぼけないで。この街の異変にあなたが関わっていないとでもいうの?」

 (みこと)が邪神の天巫(あめなぎ)であるということも一因だろうが、その言葉を信じていない様子で静利が冷淡な視線と声を向ける

「どういうことですか?」

 淑やかな語り口調と面差しを崩さない(みこと)の問いかけに、静利はその視線に宿った鋭光をさらに険なものに変えて口を開く

「そもそも私は、勅(みこと)を受けたからこの花枕の街へやって来たのよ」

 しらを切っていると思っている(みこと)を追い詰めるためなのか、別の理由があるのかは判然としないが、静利は天伺官として受けた任務を告げることを良しと判断して、その勅命の内容を告げる


「――亡びた街(・・・・)、花枕の異常を調査するためにね」


「え!?」

 静利の口から告げられたその言葉に、神無(かみな)は絶句する

 その言葉の意味は分かっているはずなのに、心と頭が理解を拒んでいるかのように思考を白く染め上げていく

「少なくとも、あなたは気づいていたはずよ。この街が、いかに異常な場所なのかを」

「――……」

 そして、呆然と立ちつくす神無(かみな)を横目に、静利は厳しい詰問の言葉を(みこと)に向ける

 静利のその言葉に(みこと)は沈黙を以って応じるが、それこそがその問いかけに対する肯定的な答えであるのは明白だった

「この花枕の街は、十年前から地図に載っていない」

「え?」

 静かな沈黙を保ったまま視線を向けてくる(みこと)に、静利はその心の内を見透かそうとしているかのように、淡々と言葉を並べていく

「今から、約十年前、花枕の街は無数の妖魔を従えた悪神の襲撃を受け、激しい戦禍に巻き込まれた。

 その時、国から派遣された者も含め、何十人もの一級天伺官が戦ったけれど、生還者は一人もなし――」

「え? ちょ……何言って……」

 向かい合って視線を交わす静利と(みこと)が交わす言葉の内容に理解が追いつかない神無(かみな)は、困惑と狼狽のまま、二人の美女を交互に見比べる

「けれど、悪神の侵攻も止まったから、相打ちになったと思われていたわ。そして、その戦い以来、花枕の街は瘴気に閉ざされ、人が近づくことさえ困難になってしまった

 皇都はもちろん、あらゆる都市との交流が途絶え、通信も連絡もできなくなったこの街は――事実上滅亡したのよ」

 静利が告げる言葉は、少なくとも静利にとっては確認の意味しかない言葉であり、ただ事実を並べ、知識を反芻しているに過ぎない

 そしてそれは、(みこと)も同様であり、二人は今その事実をすり合わせているに過ぎなかった――ただ一人、神無(かみな)を除いては。


 そもそも静利がこの話をしたのは、外では滅びたとされているはずだった花枕の街に住んでいる神無(かみな)に対してその事実を告げ、反応を確認するという意味も含まれていた

 だからこそ、不用意に口外するものではない天伺官の任務内容を、こうして聞こえるように告げているのだ


「とはいえ、国もこの一帯を放っておくつもりはないわ。瘴気を浄化し、花枕の街を取り戻すための復興事業が行われることになったの。

 そのための調査隊が、幾度も国から派遣されたわ。――けれど、彼らは一人たりとも帰ってこなかった」

「待ってよ!」

 淡々と紡がれる静利の言葉が伝えてくるあまりにも受け入れ難い内容に、神無(かみな)は思わず声を荒げてしまう

 まるでそれを待っていたかのように言葉を止めた静利の視線を注がれる神無(かみな)は、混乱を極めた様子で声を震わせる

「そんなはずない! だって僕はこの街でずっと暮らしてて……ずっと街も人も変わらずにここにあったよ!」

 静利の言葉を受け入れられない神無(かみな)は、強い口調で先程の言葉を否定する

 生まれてからずっと暮らしてきたこの街がすでに滅びているなど、神無(かみな)には信じられない。今日までの日常や記憶が鮮明に残っているのだからなおのことだ


「そうよ。だから、この街に来て驚いたわ――ここは、偽物の街よ」



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