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現神顕臨




「妖魔!」


「ほう、中々腕が立つようだな」

 その姿を見て警戒感を露にする静利の言葉に、骸骨のような風貌の妖魔は、冥府の奥から響いてくるような悍ましい声で嘲笑する

「!」

(喋った!? ものすごく高位の妖魔は自我があるって聞いたことがあるけど……初めて見た)

 全身の産毛が逆立つような妖魔の声を聞いた神無(かみな)は、その悍ましさに身を竦ませながら三メートルはあろう巨躯を見上げる

 その存在が姿を見せた瞬間、空は暗紫に曇り、空気は鉛のような重さと息苦しさを伴って神無(かみな)と静利を呑み込む

「結界を張られた? ……それにしても、まさかこんなに強力な妖魔が、街の中にいるなんて」

 歪んだ霊力――瘴気によって外界から隔離する結界を展開した骸骨の妖魔を見据えた静利は、その強大な力に表情を引き締める


 一口に妖魔といっても、その強さには幅があり、高位のものとなれば、その存在は限りなく悪神に近づいていく

 自我を保有し、結界――術を発現することができるような妖魔ともなれば、その強さは破格の一言。昨晩討伐した獅子の妖魔などとは比べるべくもない強さを有していることは必至だ


 しかし、これほどの妖魔が街に当たり前のように侵入していることなど普通はあり得ない。

 にも関わらず、街は今この瞬間まで――否、この瞬間も尚、結界の外では普段と変わらない光景が守られているだろう。それは、明らかに異常事態だった


「あなたは一体――」

「貴様のような異分子は必要ない。わが手で屠ってくれよう」

 脳裏に吹き荒れる様々な疑問を抱きながら、柄を握る手に力を込めた静利が質問のために口を開くが、それを骸骨の妖魔の声が打ち消す

 その手には身の丈にも及ぶほどの巨大な太刀が握られており、その刃からは禍々しい瘴気が立ち昇っていた

「異分子?」

「問答無用!」

 その単語に違和感を覚え、眉をひそめた静利に、骸骨の妖魔はそれを一括して、その間合いを一瞬で詰める

「っ!」

(疾い!)

 その速度に目を瞠った静利に、嵐の様な強大な瘴気を纏った太刀が最上段から振り下ろされる

 速さ、強さが桁外れに優れた骸骨妖魔の斬撃を紙一重で回避した静利は、肌を焼く瘴気、そしてそれがもたらす力を感じ取ってその視線を険しいものに変える

「こんなのまともに受けたらひとたまりもないかも……!」

 瘴気の斬撃を横目に、自身より一回り以上強大な体躯を持つ骸骨妖魔へと肉薄した静利は、自身の火属性の霊力を凝縮して抜刀する

 裂帛の気合と共に放たれた斬撃は、邪悪なものを焼き尽くす真紅の炎を纏い、骸骨妖魔の胴を横薙ぎに焼き払う

「――ッ!」

 炎の斬撃が炸裂し、爆炎の花を轟音と共に咲かせるのを双眸に映した静利だったが、自身の霊力が生み出した真紅の炎花は、その内側から瘴気を纏った刃によって食い破られる

(ほとんど効いてない! ――ここまで強いなんて)

 自身の炎の直撃を受けたにも関わらず、ダメージらしいダメージを負っていない骸骨妖魔の斬撃をかいくぐった静利は、唇を引き結ぶ


 霊力は強ければ強いほど心身を強化する。静利もその能力を活かして身体能力や感覚神経を研ぎ澄ませており、強い霊力を持つ者ならば、凡人の斬撃を肌で受けても傷一つつくことはないだろう

 つまり、先程静利の炎の斬撃が効かなかったのはそれと酷似した事。瞬間的に防御力を上げたとしても、静利と骸骨妖魔の間にはそれほどの差があると証明されたようなものだった


「ほう。中々に腕が立つようだ。――なら、こちらも用心をせねばならんな」

 力の差を感じ、危機感を高める静利と同様にその力を見抜いた骸骨妖魔は、余裕を感じさながらも油断のない声で言う

 言い終わるが早いか、骸骨妖魔が瘴気を纏わせた刃を地面へと突き刺すと、地面から人間大の骸骨が次々に姿を現す

「な……っ!?」

 まるで冥府から呼び起されたかのように現れた骸骨の群れに絶句する静利の背後で神無(かみな)もまた思わず声を発してしまう

「行け。我が眷属達よ」

 骸骨妖魔がそう言い放つと同時、(みこと)令に従って動き出した骸骨達が一斉に静利へと向かって襲い掛かる

 屍だというのに、獣のように敵意を剥き出しにして襲い掛かってくる骸骨を見据えた静利は、深く呼吸を整えると地を蹴る

「ごめんなさい。少し相手が強すぎるわ。悪いのだけれど、自分の身は自分で守って!」

「え!? ちょっ、待……」

 一瞥も向けることなくそう言い残し、骸骨妖魔と呼び起された骸骨の群れへ向かっていった静利は、炎を纏わせた刃を振るう

「はああっ!」

 霊力の炎を纏った刃でそれを斬り裂き、焼き尽くす静利は、巨大な骸骨妖魔の太刀を紙一重で回避する

「ハハハハッ! いつまでもつかな!?」

 懸命に抗うも、自分の力に圧倒され、骸骨の数に苦戦する静利を見ながら嗤う骸骨妖魔は、その視線で一人佇んでいる神無(かみな)を捉える

「ひ……ッ」

 篝火のような瞳が自分を射抜いたのを感じ取った神無(かみな)は、思わず身を竦める

 そんな神無(かみな)に対し、地の底から這い出してきた骸骨達は、敵意を剥き出しにして襲い掛かっていく

「ちょっ、こっち来ないで!」

 それを見るなり、即座に踵を返して逃げ出した神無(かみな)に、骸骨妖魔と眷属の骸骨達に囲まれる静利が叱咤する

「何をしてるの! 術で牽制して!」


 本体である妖魔の方は桁外れに強いが、その眷属は数こそいても、その能力自体は高くない。

 天伺官ではない一般人でも、霊力を駆使すれば数体程度なら抑えておけないほどではないはずだ

 こういった妖魔や悪霊に見え、襲われる機会は一般人にもある。だからこそ、天伺官になれるほどの霊力を持たずとも、最低限の霊力による戦闘技能が必修科目になっているのだ


「無理です! 無理! 僕、霊力が全然使えないんです!」

「はぁ!?」

 全力疾走しながら声を上げた神無(かみな)の言葉を聞いた静利は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう


 この世界に生きる者にとって、霊力は誰にでも、何にでも宿っており、息をするように自然に扱うことができるもの。

 強弱はあっても使えないことなどないと知っている静利にとって、神無(かみな)の告げた言葉は到底信じられるものではなかった


「ちょっ、今はふざけている場合じゃないのよ!?」

「分かってますよ! できないものはできないんです!」

 苛立ちを帯びた静利の声に、半ば自棄になって叫ぶ神無(かみな)は、背後から襲いかかってくる骸骨達から懸(みこと)に逃げる

 しかし、霊力を全く使うことのできない神無(かみな)にとっては、弱いその骸骨達も十分すぎるほどの脅威になる

「――ッ!」

 瞬く間に距離を詰められていく神無(かみな)の姿に救援に向かおうとする静利だが、それを指せてくれるほど骸骨妖魔は易くない

 掠めた刃の残滓に柔肌を切り裂かれ、鮮血が零れる苦痛に顔を歪める静利の視線の先では、今まさにその骨手が神無(かみな)に届こうとしていた


 しかしその瞬間、濃紫色に染まっていた結界の空が軋み、そこから絡み合った樹の枝が槍のように天を貫いて大地へと突き刺さる


「!?」

 突然のことに神無(かみな)や静利だけではなく、骸骨妖魔とその眷属達までもが空を貫いて侵入してきた樹へと視線を向ける

「我が結界を貫いてきただと?」

「やはり、こういうことになっていましたか」

 警戒心を滲ませる剣呑な声で言う骸骨妖魔の声に答えるように、渦を巻くように絡み合った樹の枝から、透明感のある女性の澄んだ声が聞こえてくる

「――ぁ」

 それを聞いた神無(かみな)が、その声の主に思い至った瞬間、絡みついていた樹の枝が解け、その中から振袖の着物を纏った黒髪の美女が姿を見せる

「あれは……」

 その人物を見て、目を瞠る静利の視線の先では黒髪の大和撫子――「(みこと)」が、自身の霊力を武器として顕現させる

「霊器解放――〝玉盃(たまずき)〟」

 厳かな響きを帯びた淑やかな声と共に、その手に顕現した身の丈にも及ぶ錫杖を手にした(みこと)は、自身の霊力の顕現たる武器に、己の霊力を注ぎ込む

「はっ!」

 研ぎ澄まされた凛々しい声と共に、(みこと)の周囲に発生した五芒星の魔法陣から、収束された霊力の閃光が迸り、群がっていた骸骨達を次々に薙ぎ払っていく

 霊力の閃光嵐が止むと、粉々に粉砕された骸骨の破片が上空から舞い落ち、地面に触れる前に形を失って消滅していく

「すご……」

 邪魔な骸骨を一掃し、杖を構えた黒髪の天巫(あめなぎ)の力に感嘆し、息を呑む神無(かみな)に、(みこと)は淑やかに微笑みかける

「お怪我はありませんか? 神無(かみな)様」

「うん。ありがとう」

 その穏やかな笑みに、先程までの危機と脅威から解放された安堵感と共に、不思議な安らぎを覚えた神無(かみな)は、命の恩人である(みこと)に感謝の言葉を告げる

「あなたは――」

 その一瞬の隙を衝き、骸骨妖魔から距離を取った静利は、(みこと)へと鋭い視線を向ける

 手にしている霊器の形状、そしてその霊力の波長から、自分の正体を見抜いていることを知っている(みこと)は、静利に神妙な声音で語りかける

「今は目の前の敵に集中なさるべきではありませんか?」

「――あなたも、そんなに変わらないような気がするけれど?」

 骸骨妖魔も自分も、敵という一点では変わらないのではないかという皮肉と警戒を込めて言う静利の言に、(みこと)は錫杖を構えてたおやかな声音で言う

「今回に限っては、わたくしはあなたの味方です。わたくしの大切なお方を助けてくださったのですから」

 そう言って軽く神無(かみな)を一瞥した(みこと)を見た静利は、軽く息を吐いて笑みを浮かべると、太刀の柄に手をかけて骸骨妖魔に向き合う

「いいわ。とりあえず信じましょう」

「おのれ忌々しい! だが、一人増えたところでなにも変わらぬわ!」

 共闘の意思を見せた静利と(みこと)に、苛立ちを露にした骸骨妖魔が声を上げ、瘴気を噴き出して襲い掛かる

神無(かみな)様。わたくしの後ろへ」

 その言葉に言われるまま、(みこと)の背後へ回った神無(かみな)の視界に、大地から伸びた霊力の樹と紅蓮の炎を従える静利の後ろ姿が映る

「少し時間を稼いで」

「かしこまりました」

 その巨躯で砲弾のように向かってきた骸骨妖魔を、地面から召還した霊力の樹で阻んだ(みこと)は、錫杖を鳴らして応じる

 瞬間、それに呼応するように地面から無数の霊力枝が伸び、骸骨妖魔へと次々に襲いかかっていく

「小癪な!」

 瘴気を纏わせた刃でそれを斬り払い、その巨躯に見合わない軽やかな動きで回避していく骸骨妖魔は声を上げて、(みこと)へと襲い掛からんとする

 しかし、次の瞬間、まるでそれを待っていたかのように、(みこと)が手にする錫杖の先端に眩い光が収束する

「――!?」

 (みこと)の錫杖に収束された霊力光に目を瞠った骸骨妖魔が反応するよりも早く、その光球が極大の霊力砲として解き放たれる


 その絶大な威力は、(みこと)の背後にいた神無(かみな)にも、気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうなほどの衝撃を叩き付けるほど。

 天を射貫き、触れるもの全てを浄滅させる霊力の閃光が、存分にその威を振るう


「すご……」

(けど、これなら……)

 そのあまりの威力に度肝を抜かれながら顔を上げた神無(かみな)は、これほどの術の力ならば、先程の骸骨妖魔にも決定的なダメージを与えているはずだと確信して顔を上げる

「――!」

 しかし、半ば勝利を確信していた神無(かみな)の表情は、(みこと)の霊力砲が巻き上げた粉塵の中から現れた骸骨妖魔の姿を見止めた瞬間に、完全に喪失される

「残念だったな。中々の術だったが、この程度では我を滅ぼすことなどできん!」

 そう言って高笑いする骸骨妖魔の身体には傷らしい傷はほとんどなく、これまで神無(かみな)が見てきたどんな咒術よりも強力な(みこと)の砲撃が、完全に無力だったことを如実に伝えてくる

「そんな……」

 その事実に打ちひしがれ、思わず声を漏らしてしまう神無(かみな)の前で、癖のない艶やかな黒髪を霊力の嵐に翻しながら、淑やかに佇む(みこと)は、しかしその絶世の美貌に一切の切迫感を宿していなかった

「このくらいでよろしいでしょうか?」

「!」

 口端を吊り上げ、女神の如き微笑を浮かべた(みこと)がそう言の葉を紡ぐのを聞いた骸骨妖魔は、それが何を意味するのかを瞬時に理解して、弾かれるように視線を向ける

「ええ、十分よ」

 そして、その声に答えた静利は、(みこと)が作り出した時間を使って収斂し、研ぎ澄ませた精神を以って、自身の霊力を解き放つ


「――行くわよ」


 厳かな声で骸骨妖魔に言い放った静利は、鞘に納めた太刀を垂直に構える

現神顕臨(げんしんけんりん)――」

 静利の口から祝詞を読むような声が紡がれると同時、構えられていた太刀から噴き上がった力が天を衝く

 その魂から作られた太刀が輪郭を失って霊力に溶け、そしてその力が静利を包み込んで一つになって昇華する


「『緋鶴姫(ひいづるひめ)』!」


 一つに溶け合った霊力の中から現れた静利は、炎のように赤い鮮やかな髪を持った姿へと変化していた

 純白の着物に朱色を基調とした武者甲冑のそれを思わせる鎧。そして、その背には真紅の翼が二枚生えている

 変身というよりは、生まれ変わったといった方が適切に感じられるほど、その身に纏う雰囲気を先程までとは異にした静利は、その澄んだ双眸に骸骨妖魔を映していた


「これって――」

 真紅の翼を持つ姿へと変化した静利に目を奪われ、その荘厳にして幻想的な美しさに息を呑む神無(かみな)に、(みこと)の声が答える

「あれは『現神顕臨』です」

「あれが……」

 (みこと)の言葉を耳で聞きながら、その目で変容を遂げた静利を見つめる神無(かみな)は、思わず声を漏らす

自分を神格化する(・・・・・・・・)霊力の奥義。……聞いたことはあるけど、実際見たのは初めてだ)


 自身の魂を霊力によって武器として具現化したのが「霊器」ならば、霊力によって自分という存在を〝神へと昇華させる〟のが現神顕臨

 自らの霊力を神格化し、現神となるためには、霊力の研鑽と錬磨が必須。自らの力を磨き、そしてそこへ至る才を持つ一握りの者だけが手にすることができる力だ


「人間如きが神の真似事か!? その傲慢、貴様の死を以って償わせてくれる!」

 先程までと姿や雰囲気ばかりではなく、霊力の質、存在の域が高められている静利を前に、骸骨妖魔が怒りに満ちた声を上げる

 その声に込められた一部の隙も無い戦意と殺意は、相対する緋色の翼を持つ静利が、自身の存在を害することさえ可能な力を得たことに対する危機感に裏打ちされたものだった

「――……」

 先程までとは違う、一切の容赦のない瘴気を放出し、敵意と殲意を剥き出しにする骸骨妖魔を前に、静利はあくまでも冷静に軽くその右手を振るう

 瞬間、その手から炎が奔り、緋紅色の刀身を持つ太刀が静利の手の中で具現化する

「ここで滅びなさい、妖魔」

 現神となった自分に合わせて〝神化〟した緋色の太刀を手にした静利は、厳かな声で言うと、その刃に紅蓮の炎を纏わせる

「人間がァ!」

 咆哮を上げ、あらゆるものを穢す瘴気を纏って襲い来る骸骨妖魔をその双眸に映した静利は、小さく息を一つ吐き出すとその真紅の翼を羽ばたかせる

 瞬間、紅の翼が閃き、人から昇華し神の領域へと至ったその身体は、人間と世界の常識を越えて加速し、瞬く間に骸骨妖魔との間合いを縮める

「オオオオオッ!」

「はあああっ!」

 地の底から響くような骸骨妖魔の咆哮と、天上の福音の如き静利の裂帛の声が重なり、最上段の斬撃と緋色の抜刀の斬閃が閃く

 世界から音と景色が乖離する刹那さえ介在しえないほどの邂逅。――そして、切り離されていた世界が回帰した瞬間、骸骨妖魔の巨躯は、胴から真っ二つに両断されていた

「ば、かな……」

 振り抜いた緋色の鱗火を纏う紅の太刀を軽く振るって収める静利の後ろ姿を視界に映す骸骨妖魔は、次の瞬間その身体の全てを紅蓮の炎に包まれる

 現神となったことによって神格化された霊力が生み出す火は、骸骨妖魔の身体を構築する瘴気を浄化し、その存在を焼滅させていく

「申し訳、ありません……」

 熱も痛みも苦しみもない、神炎に焼かれて自らの存在が消失していくのを感じながら、骸骨妖魔は、ただ一言声にならない声で言葉を絞り出す

 骸骨妖魔が燃え尽き、完全に消滅すると同時に、一帯を覆っていた結界が崩壊し、青い空が戻ってくる

「凄い……」

 その様子を見ながら、感動にも似た胸の高鳴りに打ち震える神無(かみな)の視線の先では、真紅の翼をはばたかせた静利がゆっくりと地面に降り立つ

 それは、まるで天から遣わされた赤い翼の天使が、地に降り立つような幻想的な情景であり、否応なく見る者の目を奪う神秘的な光景でもあった

「――っ!」

 しかし、それに見惚れていた神無(かみな)の意識は、次の瞬間凍てついたように現実の光景に塗り潰される

 地面降り立った静利が、その真紅の太刀の切っ先を、迷うことなく(みこと)へと突きつけたのだ

「一体なぜこんなところにいるの?」

(みこと)……」

 刃を突きつけ、鋭い視線を(みこと)へと注いでいる静利から只ならぬものを感じ取った神無(かみな)は咄嗟に声を上げるが、黒髪の大和撫子はそれに動じることなく、肩越しに視線を向けて淑やかに微笑む

「ご心配には及びません、神無(かみな)様」

神無(かみな)……様?」

 (みこと)が様を付けて敬う神無(かみな)を一瞥し、その表情を険しくした静利が険を帯びた声で独白する

「刃を引かれた方がよろしいのではありませんか? このような場所でそのような力を振るわれれば、否応にも目立つでしょう?」

 刃と刃に劣らぬ敵意を込められた鋭い視線を注がれながらも、全く動じた様子のない(みこと)は、静利を真正面から見据えて穏やかな声で語りかける


 確かに、妖魔が展開していた結界が崩壊したことで、この場のやり取りは人の目につくようになってしまっている。

 今はかろうじて人の目はないが、このままでは誰かに見られてしまうことは避けられないだろうことは間違いない


「――いいでしょう。場所を変えるわよ。言っておくけれど、拒否は認めないわ」

 (みこと)の提案を受けた静利は、目を細めてしばしの逡巡すると、その変神を解いて冷ややかな声で言う

 その言葉を受けた神無(かみな)(みこと)は、互いに視線を交錯させると、戦闘をきって歩き出した静利の後に続く




「――……」

 その様子を遠巻きに見つめている影があった

 白い仮面で顔を隠し、黒いローブに身を包んだその人物は、三人が歩き去るのを見届けると、一陣の風と共にその姿を消して去っていた




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