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魂の名



「瘴気によって歪んで、〝悪神〟へと堕ちたのね……!」



 目の前にいるあの異形が、この花枕の街を含めた一帯を守護する土地神「宿儺曼荼羅」だったことは間違いない

 だが、その存在は過剰な瘴気に穢されたことで悪神へと転じ、全く異なる性質の神になっている


「神がこの世界に顕現するためには、天巫(あめなぎ)の力が必要になる。けれど、悪神は天巫(あめなぎ)を食らって自らをこの世に永続的につなぎとめるの」

「それって……」

 槍を以って佇む六本腕の蛇体神を見据える静利の言葉が意味することを理解し、神無(かみな)は改めてその姿を瞳に映す


 神の顕現は、現神顕臨と同じもの。存在の繋がりを持つ天巫(あめなぎ)の御霊を介してこの世に顕在化するのが常

 だが、悪神は自身を顕現させるだけの神性を得た天巫(あめなぎ)の魂を喰らうことで、自らをこの世界に半永久的につなぎとめることが出来る

 そしてそれは、すでにこの神「宿儺曼荼羅」をこの世に繋ぎ止めるべく、天巫(あめなぎ)だった者はすでにその存在を取り込まれてしまっているということを意味していた


「悪神に堕ちた神を戻すことはできない。――討滅するしかないわ」

 太刀に神の火を纏わせた静利は、一抹の希望を断ち切るように言うと、真紅の翼を広げて土地神だった悪神へと飛進する

「はああッ!」

 炎の翼での加速も加え、常時の目には止まらない真紅と閃光と化した静利は、裂帛の気合と共に、その刃を宿儺へ向けて振り下ろす

 瘴気を焼き尽くし、あらゆるものを切断する神性の火を帯びた静利の斬撃は、しかし宿儺曼荼羅の槍の一撃で防がれてしまう

「く……っ」

(なんて力。さすがは元土地神の悪神……!)

 宿儺の持つ大槍の刃が火花を散らし、瘴気へと堕ちた霊力の圧と文字通りの人外の膂力に静利はその端正な顔を歪めて、かろうじて空へ踏み留まる

 現神顕臨によって半神となっていても、相手は本物の“神”。その存在としての格はこの世のどんなものよりも高く、静利さえをも圧倒していた


 しかし、その一瞬の隙を逃すことなく天巫(あめなぎ)の力を発現した(みこと)は、玉盃の杖に黒と白の霊力を纏わせて術として解放する

 (みこと)が紡ぎあげた術は、神の力を内包する破壊の閃光となって、それ自体が生きているかのように自在に軌道を変えながら宿儺へと向かっていく


 しかし、その閃光の術式は、背後の手をかざした宿儺が発生させた力場によって進行方向が捻じ曲げられ、その中で押しつぶされて消滅させられてしまう

「あれは、重力!?」

「……〝土属性〟ですか」

 (みこと)の攻撃を阻んだ宿儺の力に神無(かみな)が思い当たる可能性を告げると、(みこと)は淑然とした美貌を歪める

 さらにその先では、宿儺が背後の手の中に自身の瘴気を収束し、刃を合わせた静利に向けて解放する

「――っ!?」

 宿儺の腕から解放された力場は、直接触れていないにも関わらず朱色の翼を広げる静利を、まるで見えない壁に押し戻されているかのようにして退ける

(これは、斥力!?)

 更に追い打ちをかけるように、自然に干渉する瘴気が地面に浸透し、宿儺曼荼羅の身体の一部となって、静利はもちろん神無(かみな)(みこと)に襲い掛かる

神無(かみな)様!」

 自分達が踏みしめる大地そのものが敵となって襲い掛かってくると、(みこと)は瞬間的に邪神の力を以て球状の結界を展開し、自分と神無(かみな)を包み込む

 大地の津波のように蠢くそれは、しかし水とは決定的に異なる質量と個体的な硬度を兼ね備え、さらに土くれの一片まで浸透した瘴気までが合わさっている

「く……っ」

 神を殺すそれである邪神の力の一端を行使していながら、それを上回る神性の力は(みこと)の結界を凌駕し、穢土の中へと葬り去らんとする

(みこと)!」

「大丈夫です。これしきの事……」

 自身を案じる神無(かみな)の声に努めて気丈に振る舞った(みこと)だが、今窮地へと追い込まれているのは揺るぎない事実だった

「くッ!」

(これが神の力。……反撃する隙もないなんて)

 自身へと迫る瘴気に汚染された大地を神の火で焼き払い、宙を舞ってそれを回避する静利だったが、回避と防御以外をする余裕もなく、その眉間にしわを刻む

「ッ!」

 しかも、多面多腕の神である宿儺曼荼羅の力はそれで終わりではない。手の平に収束した瘴気を砲撃のように放ってきたかと思えば、手に携えた矛で空を飛ぶ静利に斬りかかってくる

 瘴気に染まったその矛の刃を交わしきれず、肩口に刻まれた斬傷の痛みに耐え、空を舞う鮮血を視界に捉えながら、静利は神火を纏った太刀で宿儺の斬撃を受け流し、それでも無力化しきれなかった力に吹かれて宙を弾かれる

(やっぱり、神――それも、土地神ともなると桁外れの強さね)

 半神となった自身の力を凌駕する元土地神。――悪神へと堕ちた神の力に、静利は心中で苦虫を噛み潰す


 無数に存在する手から放たれる瘴気を凝縮した破壊の砲撃を放つ、武器の矛から放たれる破壊の渦。

 さらには鬼面の双眸と口腔からも触れるものを焼き尽くす光線を放つそれは、まさに破壊の嵐そのものだった


(覚悟はしていたけれど、邪神の天巫(あめなぎ)の力があっても、二人で悪神になった土地神を相手にするのは厳しいわ……!)


 神と一口に言っても、その中には階級があり、実力もまちまち。だが、土地を守る土地神は往々にして位が高く、強力なものが大半を占めている

 まして、花枕のように伝統のある大きな街ならば、それを守る土地神が強力な存在であるのもまた必然だった

 加えて、本来悪神は現神顕臨へ至った天伺官が十人以上の隊を作って討滅するもの。

 外界と連絡が取れないためにやむを得ず、神を殺す神である邪神の天巫(あめなぎ)(みこと)の力を当てにしたとはいえ、それでもたった二人で相手どるには厳しいことを静利は痛感していた


「――!」

 悪神へと変じた土地神の圧倒的な力に徐々に静利と(みこと)が押され始めていたその時、六本あるその手の中に不気味な色の炎が生じる

 それは黒みがかった灰色のようで、おぞましい印象を受ける色。炎でありながら、熱などは一切放っておらず、むしろ冷たい印象さえ受ける

神無(かみな)様!」

 その黒灰色の炎に言い知れぬ危機感を覚えた静利と(みこと)神無(かみな)を霊力で包んで離脱させた瞬間宿儺曼荼羅がその黒灰色の炎を解放する

「く――ッ!」

 神の力相殺する邪神の力を最大限に解放し、身を守る結界を展開した(みこと)を呑み込んだ黒灰色の炎は、次の瞬間一瞬で石のように固形化する

「なっ!?」

 宿儺曼荼羅の石化炎の力に瞠目する神無(かみな)の視線の先では、まるで墓標のように顕在化した石碑に結界ごと呑み込まれた(みこと)が、懸(みこと)にそこから脱出を図っていた

「こんな力を持っているなんて……!」

 それを見て、真紅の翼を羽ばたかせた静利は、(みこと)を炎の石碑の中から救出するべく、神の火を灯した太刀を携えて救出に向かう

「っ!」

 しかし、まるでそれを見越していたかのようにその手に、黄砂の旋風を生み出した宿儺曼荼羅は、静利へ向けてそれを解放する

 宿儺から離れた黄砂の旋風は、一瞬にしてその規模を増大し、嵐へと変じて静利を呑み込まんとする


 その黄砂嵐を紙一重で静利が回避した瞬間、先程まで静利がいた一帯が、黄砂嵐の力によって一瞬にして砂塵へと変えられる

 樹、大地、(みこと)、黄砂嵐が触れたものが例外なく砂となって崩れ落ち、生(みこと)の枯れ果てた世界を作り出す


(こんなもの、まともに受けたら今の私でも――)

 全てを砂塵へと変える宿儺曼荼羅の力を目の当たりにした静利の背に冷たいものが流れる

 神の能力は半神となれば抵抗することはできる。だが、現神顕臨した今の静利を以ってしても、土地神である宿儺曼荼羅の力にどの程度抵抗できるかは未知数だった

「なら――!」

 下手に近づいて石化炎と砂化嵐の餌食になることを警戒した静利は、全霊の霊力を込めた炎を解放して、宿儺へ向けて放つ

 まるで(みこと)を得たかのように自在に天を舞う鮮やかな真紅の炎は、縦横無尽に天を翔け、四方八方から悪神と化した土地神へと襲い掛かる


 これまで、この社殿に巣食う妖魔をことごとく葬り、灰燼へと変えてきた静利の強力無比な神の火

 だが、その力も土地神からすれば、さほどの脅威ではない。手にした矛で薙ぎ払い、瘴気を放って悉く相殺し、静利の渾身の一撃を軽々と無効化してみせる


「……ッ」

 自身が生み出した炎を、まるで蝋燭を吹き消すように相殺して見せた宿儺曼荼羅の力に静利が端整な顔を歪める

「まだよ!」

 だが、それほどの力の差を見せつけられても静利の戦意は微塵も揺らがない。自らの身体に真紅の神火を纏い、天を飛翔しながら放たれる宿儺の瘴気の波動を軽やかに回避していく


神無(かみな)様」


「!」

 その様子を半ば呆然と立ち尽くしてみているしかなかった神無(かみな)の耳に、(みこと)の淑やかな声が届く

 それにつられるように振り向いた神無(かみな)は、石炎の櫃に結界ごと取り込まれ、動きを封じられている(みこと)と視線を交錯させる

「あの神を倒すにはわたくし達だけでは力不足です。神無(かみな)様のお力をお貸しください」

「で、でも僕の力じゃ……」

 半神と化した静利を圧倒する花枕の土地神「宿儺曼荼羅」を一瞥した神無(かみな)は、拳を握り締めて言う


 (みこと)の力によって霊力に目覚めた神無(かみな)は、同時に霊的な感知力にも目覚め、相手の力を感じ取ることが出来るようになっていた

 その知覚が伝えてくる宿儺曼荼羅の力はまさに神と呼ぶにふさわしいもの。到底人間が及びうる領域にないことは明白だった


「できます」

 しかし、そんな神無(かみな)の弱きをかき消すように、石炎の牢獄から逃れるべく力を振るいながら、(みこと)は強い声音で確信する

神無(かみな)様は、ここまでご自身の力を少しずつ理解してきておられるはず。ならば、もう手が届くところにまで来ているはずです――あなた様のお力を、戦う形として顕現させるまで」

「それって、霊器のこと?」

 その言葉に耳を傾けていた神無(かみな)が、それが示すことに思い至って呟くと、(みこと)は小さく頷いてそれを肯定する


 霊器は自身の霊力を武器として具現化させる戦闘の基本。ある程度成熟した者ならば、誰にでも使える力だが、つい昨日まで力を使えなかった神無(かみな)にとっては無縁ともいえるものだった


「感じ取ってください。あなた自身の魂を。そして、それをこの世界に形として呼び出すのです」

 いくら霊力を使えるようになったとはいえ、自分に霊器など無理だという考えを拭えない神無(かみな)に、(みこと)は訴えるように語りかける

「霊力とは、世界に自ら望む事象を顕現させる力。その力によって、霊力を使う者はこの世界とは異なる〝自分だけの世界〟をこの世に実現させるのです

 霊力も、術も、武器もそうやってその力を示します。そしてその源となるのが、使用者の意志の強さなのです」


 霊力とは、究極的に言えば、この世の理を否定し、自らが望む事象を顕現させる力。

 その力が許す限り世界の情報を改変し、自らが望んだ結果のみを形として世界に呼び出すもの。無から有を作り出す、神の御業の模倣

 霊器も、術も、現神顕臨も同じ。自らの霊力をこの世界に現実の事象として発現させたものなのだ


「心を澄まし、自身の魂の声に耳を傾けてください。そして、掴むのです。己の魂の――力の〝名〟を」

「名前……?」

 そして、そのきっかけとなるものを告げる(みこと)の言葉を、神無(かみな)は噛みしめるように反芻する


 (みこと)の「玉盃」、静利の「鴇茜」――霊器の名は持ち主が決めるものではない。その霊力が世界に確固たるものとして生まれることで、自らの名前を得るのだ

 本来、霊力と心身の成長と共に自然と聞こえるようになるのだが、今日まで霊力の片鱗さえなかった神無(かみな)は、自らの霊力を聞くという当たり前の力が欠落している

 だが、そのきっかけさえつかめれば、今の神無(かみな)にはすでに霊器を顕現させるだけの身体的、精神的基盤ができている


「名とは、その在り方を定める境界。名を得ることで、それは明確な形を以って認識され、定義されるようになります」

 言葉に力が宿るように、名には人格が宿る。自らを認識し、他者から認められることで確立した確固たる概念を持つ存在となる

 霊器が得る「名」とは、人間で言えば、渾名のようなもの。その人間が持つその人自身を指し示す別の名前――即ち、〝(いみな)〟だ


「魂に刻まれたそれを知り、世界に知らしめてください。――あなた自身の霊器の名を」


(みこと)……」

 必ずできるという信頼と確信が籠った(みこと)の眼差しを受け、そして宿儺曼荼羅と矛を合わせ、その力に耐えきれず弾き飛ばされる静利を視界の端で見た神無(かみな)は意を決して心を静めていく

(僕の力の声――)

 力は得たばかり。だが、霊力がないと知った時から、ずっと自らの力を求めてきた

 それを思い出すように、拙い技術で自身の内側に意識を沈めていくと、やがて神無(かみな)の声に答えるように、その魂が声を返す


「……!」

 神無(かみな)の霊力が胎動し、その内側に眠っていた力が世界に現れようとしている兆候を見て取った(みこと)は、花の顔を綻ばせる

(あなたは、人の形をしていてもわたくしがお仕えする神。神とは、肉体に霊力の源たる魂を宿す人間とは違い、その存在が霊力そのものなのです

 ならば、その力を使いこなすのは容易。人が呼吸をするように、人が歩くように、心の臓が鼓動を刻むように――あなたの力は、あなたの意思に応えます)

「さぁ、神無(かみな)様。呼んでください。あなた自身の力の名を」

 まるで二つ目の心臓が生まれたかのような脈動を体内――自身のもっと深いところで感じている神無(かみな)の背を押すように、(みこと)が声を発する

「――!」

「いけない」

 それと時を同じくして、その力の脈動を感じ取った宿儺曼荼羅が爛々と光る三顔六眼を向けると、それを押しとどめていた静利が危機感から声を発する

 蛇のような長い下半身を持つ宿儺曼荼羅の機動力は極めて高い。神格の高さもあって、単純な速さですら、飛翔できる静利のそれを上回っている

「く……ッ」

 素早く奔る宿儺曼荼羅を、真紅の翼を羽ばたかせて追う静利だが、悪神の巨躯はみるみる離れていく

「だめ! 逃げなさい」

 静利が警告を発すると同時、離れていた神無(かみな)を射程に捉えた宿儺曼荼羅は、手にしていた矛を掲げ、その切っ先を振り下ろす


「霊器解放――」


 今まさに、宿儺曼荼羅の矛の刃が届かんとしたその時、神無(かみな)の厳かな声と共に、その内側から凄烈な力が解き放たれる


「『無名むみょう』」


 吹き荒れる純白と純黒。相反しながらも混じり合うことのない二色を一つに収めた力が荒れ狂い、その手に携えた矛の切っ先を破壊して宿儺曼荼羅を吹き飛ばす

「っ」

 地響きを立て、初めて背中から地面に倒れ込んだ宿儺曼荼羅の姿に息を呑み、翼を止めた静利の目に、黒白の力と粉塵の幕を吹き消して、その手に武器を携えた神無(かみな)の姿が映る


 神無(かみな)の手に携えられているのは、身の丈にも及ぶ矛。柄と刃だけの簡素なつくりをしており、刃は漆黒。柄と装飾は白。

 黒と白のみで構成されたシンプルな形をしているが故に、荘厳ささえ感じさせるその武器を手にした神無(かみな)は、その双眸で起き上がる宿儺曼荼羅を見据える


「あれが……霊器!?」


 神無(かみな)の手に握られているそれを見た静利の凛声は、慄きに強張っていた



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