物語は唐突に
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人は忘れてしまう彙き物だ。
みんな忘れてしまう。
子供の頃の夢、友達の顔、
家族の絆、犯した過ち…。
すべて水道から垂れ流しになる水のように
自分の意識の中から、人を形成する一部から
先の見えない暗闇へと流れていく。
なかったことにしてしまう。
ゲームオーバーした後のコンテニューみたいに。
やり直そうとしている、すべて忘れて。
大切なのは昔ではなく、今、そして未来。
繋がっている筈なのに、初めて会った赤の他人
と会話している。
それが悪いことなのか僕にはわからない。
でも僕はそれがとても羨ましかった。
僕は砂漠の中で水を渇望する彙き物だ。
決して叶う筈がない夢を見ている子供。
僕は忘れたかったのだ。
脳裏に焼きつくこの記憶を、
彼女と過ごしたこの1年を。
やり直したかったんだ、ごく普通の日常を。
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2010年 8月
そして物語は唐突に始まった。