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今日が終る前に

作者: 浅葱

 今日だけは一緒にいてほしかった。

 だって今日は私の誕生日。

 私が生まれてきて、一番祝福された日だから。


 付き合い始めて約四か月の彼に二週間前からこの日に会う約束をしていた。

 折しもその日は金曜日で、一週間ほど前から雲行きが怪しくなり、そして当日の昼にキャンセルの連絡があった。

 仕事が忙しいことは知っていたから、「残念だけどお仕事たいへんだね。がんばってね」とラインを返し、軽くため息をついた。「埋め合わせはいずれ必ずするから」と返事があったけど、私にとって他の日では意味がない。

 せっかく親には今夜遅くなるからと言っておいたのに。家族や友人以外で初めて誕生日を祝ってもらえる特別な日になるはずだったのに。


「誕生日、って言わなかったのが悪かったのかなぁ」


 社食に向かう途中小さな声でポツリと呟いたら、「あれ? 今日誕生日?」と同僚の男性に声をかけられてしまったと思った。


「あー、うん。まぁね」


 言葉を濁して社食へ急いだ。同期の子たちにも誕生日なんて伝えてない。どうせ同僚も忘れてしまうだろう。いや、むしろ忘れてほしい。

 こんな日に限って残業もなく定時で上がる。本当はサービス残業でもいいから残っていたかったが「帰れ帰れ!」と上司に追い出されてしまった。そういえば今日はノー残業デーだった。


「ついてないなー……」


 せっかくの誕生日なのに。

 とはいえ。


「ま、言ってなかったんだからしかたないよね」


 誕生日だから絶対一緒に過ごして! と言ったところで叶えられたかどうかも不明だけど、言ってなかったからということにしておこう。その方が落胆も少なくて済むし。

 直近の課題は今夜如何にして時間を潰すかということ。まずは喫茶店に入って、六時過ぎたら夕食をどこかへ食べに行って、それからどうしよう……。

 とりあえず喫茶店で紅茶を飲みながらスマホで何か調べることにした。

 とはいえスマホだけで一時間も潰せるほど調べることがあるわけもなく、私はすぐに困ってしまった。

 諦めて家の最寄りの駅まで移動して適当に夕飯を食べて帰宅するべきだろうか。

 しかし遅くなると言って出てきてしまった手前親兄弟が起きている時間に戻りたくないのが本音だ。

 情けないと思いながら、ポットに残った紅茶を注いだ。それほどの量が入っているわけではないがポットで出てくるとお得な感じがする。そろそろ食事にでも行こうかと席を立とうとした時スマホが震えた。

 彼からのラインだった。

「今日は本当にごめん。今何してる?」「お仕事お疲れさま。電車に乗って帰宅中、またね」と返して今度こそ席を立った。

 夕飯はどこで食べよう。会社の近くだと同じ会社の人に見られる可能性があるから電車で移動した方がよさそうだった。

 でも会社の周りと地元の駅前以外は土地勘が全くないから店も知らないし、一人で入るために調べようとも思えない。

 どうしようかな。

 確かどこかの駅の近くでファーストフード店が見えた気がする。あそこはどこの駅だったっけ。

 さすがに歩きスマホは危ないので駅に移動することにした。駅で調べればいいだろう。

 とにかく時間を潰したかったから今夜は何をするにものんびりだ。

 比較的大きな駅で降りて買物とか食事をしてもいいかもしれない。一人はさびしいけどせっかくの誕生日だし。


「うん、自分にご褒美……」


 誰にも聞こえないようとても小さい声で呟いて、会社と地元の中間ぐらいの駅で降りて買物と食事をした。

 再び電車に乗るまでは楽しかったけれど、地元に向かう電車に乗ったら急にむなしくなった。買物は一人でもできるけど、夕食ぐらい彼と一緒に食べたかった。一人でイタリアンに入ったのは失敗だった。周りは家族連れやカップルばかりで、それでもおなかがすいていたからその時はあまり気にならなかった。

 地元の駅で降りる。

 住宅街がメインで、駅前はそれほど栄えていない。せいぜいファーストフード店とかコンビニ、スーパーがあるぐらい。

 人通りも少ないことで私はまた呟いた。


「誕生日なんだけどな……」


 誕生日ってなんだろう。こんなに切ない思いをするためにあるのかな。

 帰宅したら買ってきた服で一人ファッションショーをしよう。自撮りとかして……。

 そんなむなしいことを考えていたらすぐ近くに誰かが近づいてきたのを感じて私は避けようとした。


「恵美!」


 え。

 聞いたことのある声に私は顔を上げた。


「……なんで……」

「よかった。ライン見てなかっただろ」

「あ」


 そういえば誰とも連絡を取りたくなくて電源を切っていたのだった。


「木上さんから聞いた。今日誕生日だったんだってな」


 木上といえば昼間呟きを聞かれた同僚だと気づき、いたたまれなくなった。会社が違うのになんで連絡先なんか知っているのだろう。


「なんで言ってくれなかったんだ?」

「だってまだ付き合って日が浅いし……」


 腕をやんわりと掴まれて抱き寄せられた。


「同僚には愚痴れるのに?」

「え、いや、あれは……たまたま呟いたのを聞かれただけで……」


 なじるように言われてどぎまぎする。

 彼ってこんな人だったっけ?


「ラインに返事がなかったから心配したんだ。帰りの電車に乗ったっていうから家まで行ったんだが……」

「ええ?」


 家の住所とか伝えてたっけ?


「まだ帰ってきてないって言われたからここで待ってた」

「ご、ごめんなさい……」


 どうやら思ったより早く仕事が終ったから改めて誘おうと思ったが、私がラインに応答しないので家まで来てくれたらしい。

 私は胸が熱くなるのを感じた。

 そんなことをするのは反則じゃないか。


「さ、行こう」

「え? どこへ?」

「俺の家」

「えええ?」


 でもこれから行ったら終電に間に合わないのでは? と思ったら「せっかくだからお母さんに挨拶してきた」と言う。


「えええええ」


 なんというサプライズ。彼のすることにいちいち驚かされる日だ。


「あ、日曜日に返せばいいことになってるから」

「えええええええ」


 まだ付き合って四ヶ月なのにもう親公認とかどうなってるの。着替えとか、クレンジングとかどうすればいいの。


「マンションの近くにコンビニあるからそこで買おう。日が変わる前に会えてよかった。……ハッピーバースデイ」

「……ありがと」


 照れたように言われて私も照れた。

 繋いだ手が熱い。


 私にとって大事な今日が終る前に、大好きな貴方が迎えにきてくれてよかった。



Love Love End.

なんとなく書いて途中になってた話を完成させました。読んでいただきかんしゃー。

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