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2-29.ベルグ攻防戦 南門Ⅴ

『――不愉快だな。特異な魔法を使えるからといって、調子に乗らないことだ』


 怒りを滲ませた声が、声帯を持たないはずの動く骸骨から発される。

 ミゥの挑発に、魔族デヴォルは骨だけの手をおもむろにヅィーオに向けた。

 老兵の体表から紫色の靄がより一層滲みだし、彼の意思とは反して鉄剣を中段に構える。

 死霊術『黒朱の波(フォールン・ウェイブ)』によって、陶磁(とうじ)級冒険者ラファーレと同様に半屍人(リビングデット)化させられたヅィーオは、骸骨の魔族デヴォルの意のままに操れる手駒と化していた。


「……ぐッ!! ミゥ殿……済まぬ、どうか(かわ)してくれッ!!」


 ミゥに向かい、ヅィーオが構えを崩さぬまま駆け出す。

 地を割砕かんばかりの強烈な踏み込みで肉薄し、鉄剣が逆手に上段めがけて振り上げられた。

 確かな威力を孕んだ、高く鋭い鉄の風切り音。

 音に先行する剣先が、彼女の真白の長髪から見える首筋を立捉える寸前――


「ええと……?」


 ――ギャリィィィィン!! と、凄まじい衝突音が南門付近に轟く。

 クルクルと宙を舞う、半ばから折れた己が鉄剣の先。無造作に振り払われたのであろう、外套に覆われたミゥの片腕。

 袖からちらと見える彼女の手は、白い鱗に覆われ、鋭い爪が伸びていた。

 鉄剣を振り切った体勢で、ヅィーオがその両目を驚愕でこれでもかと見開く。


「なッ……!?」


「ヅィーオさん。躱すとは、その攻撃が自分を傷つけるという前提があって初めて成り立つ行為ですよ~」


 回転しながら落ちて来た鉄剣の一部を、ミゥはその華奢な人差し指と親指でパシッとつまみ取る。

 その時にはもう、白い鱗も、伸びた爪も見られない。

 ただただ、しなやかな女性の指が鈍色の鉄塊をつまんでいるだけだ。


「よし、大体分かったかな――『魔法壁・密閉アンチマジック・ルーム』」


 ミゥは魔法の指向性補助の為に、標的へと手を向けることも無い。

 ポツリと呟かれた魔法名と共に。半球体の密閉された魔法陣の内、ヅィーオと桃花色の髪を持つ冒険者ラファーレが閉じ込められる。

 二人は一瞬の内に幾何文様に囲まれ――その体に纏っていた紫色の靄が弾けるように掻き消えた。


「魔法を弾く壁の内に閉じ込めました、弾くのは死霊術も例外じゃない。また操られないように、戦闘が終わるまでは二人ともその中に居てくださいね」


 『魔法壁』は、魔法のみを弾く白魔法だ。ヅィーオとラファーレから滲みだす紫色の靄とデヴォルの行動から、死霊術――魔法によって二人が操られていると予想したミゥは、老兵と冒険者を『魔法壁』で隙間なく囲んだ。

 これにより、デヴォルからの命令が二人の体を動かすことはもはやない。

 魔法の同時使用にも顔色一つ変えることなく、ミゥは体を魔族の方に向けた。


「ええと……これだけなの? どうも、あなたの魔法は同時に二人以上操ることも出来ないみたいだし」


『……実に、不愉快だッ!!』


 先のミゥに対する攻撃で動いたのはヅィーオのみであり、冒険者の方は棒立ちで見ていただけ。

 ラファーレの得物は槍だ。ヅィーオを前衛として後ろに配置しておけば、戦術の幅が広がったりと、二人を同時に動かさない理由が存在しない。

 動かさなかったのではなく、動かせなかったのだ。

 つまり、デヴォルの死霊術は一度に一人までしか操れないということになる。

 ただ一度に一人とはいっても、死霊術にかかった者は操られずとも自由な動きを封じられる。ラファーレが動けなかったのはそういった理由だ。

 デヴォルの死霊術は、相当の魔法処理能力が求められる高度な魔法なのだが、ミゥにとっては拍子抜けだったらしい。


「んん? 直接攻撃に来るんだ、魔法使いじゃないの?」


 怒りを声に滲ませた骸骨の魔族は、機敏な動きで地を蹴った。

 剣士の振るう鉄剣をへし折っておいて大概なミゥが、意外そうな声を上げる。

 ――骨だけで構成されたデヴォルの手が、白髪の魔法使いに迫り。

 首を傾げたミゥは、ぱしっと伸ばされた手を容易く払った。


『ふははッ!! 油断が過ぎるぞミゥ・ツィリンダー!! 屍ノ王(リッチー)たる私に接触を許すとは――』


 弾かれたのとは反対の手を伸ばし、デヴォルがミゥの手を掴む。

 ――瞬間、どす黒い影のようなものがミゥの手に群がり始めた。

 自らの腕を登ってくる、無数の蚯蚓(みみず)のような黒い魔力に、ミゥはしかし顔色一つ変えることは無い。


「……さっきも言ったんだけど、私が躱さないのは躱す必要がないからだよ。今度は種族固有の技っぽいね……効果は触れた対象を『即死』させるってところ?」


 這い上がってくる黒色。それに覆われていない、ミゥの素肌部分が瞬間的に白く変色した。

 ――バツン!! と異様な音。ミゥの白変した皮膚が、デヴォルの体から発されたどす黒いそれを弾き飛ばしたのだ。

 彼女は反射的に離れようとするデヴォルの腕を掴んで強引に引き寄せ、爪が伸びた爬虫類のような手で魔族の頭蓋を鷲掴(わしづ)む。


『――バ、バケモノか、貴様!?』


「むっ……あなたにだけは言われたくないよっ!!」


 デヴォルの言葉に、心外だとミゥはその頬をぷくぅと膨らます。

 彼は、頭蓋骨を掴む白魔法研究者の手を外そうと先の黒い魔力を走らせるが、全て抵抗(レジスト)されて叶わない。

 ミゥは怒りをぶつけるように、片手の膂力のみで骸骨の魔族を持ち上げ、そのまま力任せに腕を振るった。


『――――ッ!!!!』


 放たれた骸骨の弾丸は『黒朱の波(フォールン・ウェイブ)』によって枯れた土地を突っ切り、一度も地面に弾むことなく緑茂る一本の大樹へ激突。

 衝撃の大きさを物語るように、木の葉が大きく揺れ動く。

 バラバラになった骸骨が、辺り一面に散らばった。

 ――だがしかし、デヴォルの骨は砕けていない。足元から人体の模型が組みあがるように、叩きつけられた木の根元で元の形に再構成されてゆく。


「ふーん……? 単純な物理攻撃は効かないみたいだね。それにしてはあなた、欠けてる部位があるけどどうしたのかな?」


 魔族を観察しながら、ミゥは考察を始めた。

 組みあがりつつあるデヴォルの左肩、背骨、右腕の骨にそれぞれ欠損があるのを見て取った研究者は、不思議そうに自身の顎に手を置く。

 すでに彼女の白変は消えており、美しい白磁の肌と整えられた爪が見て取れた。


「ミ、ミゥ殿!! そこは儂が一度『練気(レンキ)』を用いて攻撃した部位だ、恐らく魔法攻撃でも同じ効果が得られるかと!!」


 ミゥとデヴォルの闘争とも呼べないような戦いを見ていたヅィーオは、自身の加勢に来てくれた研究者に持っている情報を伝えた。

 『練気(レンキ)』は、戦士だけが扱える技術故に魔法のように研究はされていないが、発現には魔力が必要とされている。

 ヅィーオの考察は、単純な物理攻撃ではなく、魔力を帯びた攻撃ならダメージを与えることができるのではないかというものだ。

 事実、本来魔法でしか倒せないとされている粘性体(スライム)等の魔物であっても、『練気(レンキ)』を纏った武器で殺せることをヅィーオは確認していた。


「あー、なるほど。ありがとうヅィーオさん」


 こくりと一つ頷いたミゥは、老兵に礼を返す。

 同時に、リセリルカに依頼されていたとある調査を思い出し、彼女は目の前の魔族と比較する。


(うーん。死霊術は、リセリルカ様とケルンが戦ったっていう盗賊の長のように、操られる者の限界以上を引き出す魔法じゃないみたい。ヅィーオさん『練気』を使えるみたいだし、さっき私への攻撃に使わなかったのが、被操者の十全の力を引き出せないっていうなによりの証左だよ)


「やっぱり不合格だよ、あなたは。私が倒すまでもないかな」


 次第に組みあがってゆく魔族の骨格を尻目に、ミゥは笑みを浮かべながらベルグ南の空を見上げる。

 彼女の白磁の双眸には、空を翔けてくる息子(ケルン)王女の使用人(エリー)の姿が映っていた。

 

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