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2-12.忘れ人の宴Ⅰ

 木都ウィールの冒険者組合(シャフト)にて、魔族討伐の為に名のある冒険者が集められている一方。

 都市ベルグでは、普段と何一つ変わらない日常が始まろうとしていた。

 山吹色の朝焼けが、整った街並みを照らし出す。

 過ごしやすい気候の森林地域にしても、少し肌寒い時間帯。

 二人の子供が、都市の円形の外壁に沿って、石で舗装された道を息を切らしながら走っていた。


「はっ、はっ……ケルン、あと1KM(キロメルト)で一周だよっ、頑張って!!」


「ぜぇ、はあっ……!! 義姉(ねぇ)さんっ、待って、速いってっ……!!」


 赤髪の少女エイシャが最後のスパートをかけ、盲目の少年ケルンがそれを必死に追いかける。競うようにして二人は駆けてゆき、巨大な木製の門の前で立ち止まった。

 それは、訓練の一環。走り始めたベルグ東門前から、外壁周りを一周ぐるりと。計10KM(キロメルト)程の体力づくり(ランニング)を終え、二人は息を整えてから魔法具店への道のりを戻っていく。


 目覚め始めたベルグ東の大通りは、喧騒というには静か過ぎ、静寂というには喧しい。

 ぽつぽつとヒト種が通りに姿を現し、出店の準備をし始めていた。


「おっ。お前ら、今日も走ってたのか? 精が出るな!!」


 並んで通りの真ん中を歩く二人の子供に、気軽く声が掛けられる。

 ケルンは、声の聴こえてきた方向と俯瞰状態の『視界(モノクローム)』から、誰が話しかけたのかの判別を付けた。


「あ、おはようございます」


 ケルンは、彼の方を向いて挨拶をする。

 歳は30代半ば、といったところだろうか。気のいい八百屋の店主だ。

 ケルンの母ミゥはこの出店の店主と懇意であり、ツィリンダー家の食卓に並ぶ食べ物も大体ここで買ったものである。

 ケルンが空間魔法を習得して家の外に出れるようになってからは、度々声を掛けてもらっていた。無論、彼はケルンが盲者だということを知らない。


「開店の準備ですか?」


「おうともよ、今日は良い野菜がたくさん入ってな!!」


 ケルンの隣を歩くエイシャが、まだ半開き状態の出店の中をひょいと覗く。

 彼女の両手には、二の腕までを覆う、吸水・速乾性に優れた黒の手袋がはめられていて――それは、夥しい数の傷を人目から避けるための物だ。


「っと……坊主、ちょいとそこの木箱持ってくれねえか?」


「いいですよ――うわ、重っ……!!」


 早朝の仕入れが終わり、野菜や果物でぱんぱんに詰まった木箱はケルンの両手にズシリと重さを伝えてくる。

 リセリルカから貸与された宝剣を毎日振っていなければ、ケルンは木箱を持ち上げることもできなかっただろう。


「おいおい、10KG(キロラグム)程度だぞー。ミゥさんから聞いてるが、家に引き篭もりっぱなしだったって?」


「うっ……。俺も最近頑張り始めたんですから……!!」


 八百屋の店主は太い二の腕を掲げ、笑いながらケルンをからかう。

 少しうめき声を上げた後、ケルンは苦笑して頭を掻いた。


「これでも、ケルンは剣を持てば強いですよ。最近ではミゥさ……お母さんに徒手格闘技も習ってて」


 ぽんとケルンの肩に手を置いて、エイシャは軽くフォローを入れる。


「ははは、知ってる知ってる!! おめえら、あのヒト達の子供だからな……こないだ見たぞ、親父さんが怪しい奴らを引きずっていくの」


「あー……来ますね、魔法具狙いの悪いヒト達。結構多いから、店内には品を置いてないんです」


 八百屋の店主の引き攣った笑みを見て、ケルンも苦笑を返す。

 『視界(モノクローム)』が発現してから、ケルンは無理なく剣を振れるようになっていた。

 手だけでなく、全身の力を用いて剣を振れば疲れず、尚且つ剣速が上がる。すなわち、一日二千振り(ノルマ)の達成も劇的に早くなるということだ。


 ケルンは生まれた空き時間を、訓練だけでなく店番などの家の手伝いにも回していて。件の盗賊襲撃があってからというもの、ツィリンダー魔法具店はいい意味でも悪い意味でも有名になった。

 いい意味では、質のいい魔法具を売ってくれる店という売名に。

 付随して、多くの不逞の輩に狙われることにもなった。


「ケルンと私で交代で店番をして、そういう人達を追っ払うんです。ミゥ……お母さん曰く、実戦が積めて丁度いいんだとか」


「はぇーっ、お前らもお前らだけど、ミゥさんもミゥさんだなぁ!! 俺だったら、とても自分の子供にそんなあぶねえことさせられねぇよ……」


 実戦経験という面でエイシャは大丈夫だが、ケルンはそうはいかない。

 ケルンの実戦と言えば、目が見えない中でゲリュドの心臓を一刺ししたあの一回のみ。

 森に出て魔物を狩るというのが冒険者間でも実戦の第一歩となっているが、しかし往々にして敵は魔物だけではない。時には、ヒトと戦うことだってあるだろう。

 そして、対人の実戦経験はそうそう積めるものではない。


 ――「ミゥさんによろしく言っといてくれ」と短い別れの挨拶を聞いて、エイシャとケルンは彼に頭を下げる。

 空いた腹の疼痛をじくじくと感じて、ケルンは一刻も早く家に戻ろうと駆けだそうとした。


「――義姉さん、門の向こう。なんか変だ……!!」


 ケルンは走りかけた脚を強引に止め、逼迫した顔も向けずにエイシャに話しかける。

 その俯瞰状態の視界に写り込んだのは、ベルグ東門の向こう。

 木々が茂り始める境界付近、ベルグ周りの舗装された大地を蹴る、必死な表情の二人組。

 一人は女、修道女の法衣に祈祷用の長杖(ロッド)を持っている。もう一人は男、軽装に木目の入った長筒(ライフル)を抱えていて――十中八九、冒険者だろう。その首元には、階級章(ドックタグ)も揺れていた。

 二人の後に続きベルグ東門に向かってくるのは、ヒト、ヒト、ヒトの群れ。優に三十人はいようかという大人数。


「……ケルン?」


「ヒトが沢山、なのもそうだけど――先頭で走ってくる二人以外、ロクな服を着てないんだ。その二人は多分、装備と服から察するに修道女(シスター)銃士(ガンナー)


 訝し気にケルンを覗き込むエイシャに、ケルンは『視界(モノクローム)』で見た情報を整理して返す。

 ――「もうすぐ、東門に着きそうだ」と、動き続ける状況を見ながら黒髪の少年は義姉に判断を仰いだ。


「門の兵士は?」


「三人だけど――不味いかも、異常に気付いてないみたいだ。門を開こうとしてる」


 明け方に、物資を補給しに帰還する冒険者は少なくない。夜は魔物の動きが活発化し、その中を動き回るのは自殺行為に等しいからだ。

 通常夜の間は火を焚き、冒険者たちは交代で休憩を取る。等級が高い人外じみた手合いは別としても、門兵たちにとって朝の冒険者の帰還は日常茶飯事の事だった。

 それゆえ、彼らは気づかない。

 いつもの事というのは、それだけで危機管理能力を鈍らせる。


「――おじさん、剣か何かありますか!! 緊急時なんです、貸してもらいたいんですけど!!」


 エイシャはバッと後ろを振り返り、さっきまで話していた八百屋の店主に叫ぶ。

 別れた後、急に止まり何か慌てて話し出した二人を、店主は訝しげに見ていた。

 それが振り返り、焦りを含ませて言うものだから、さしもの彼ものっぴきならない状況が飲み込めたようだ。


「おおっ!? さっきから二人で慌ててたと思ったら。なんでぇ、藪から棒に……剣じゃねぇが、でかい野菜切る用の菜切包丁なら、ほれ!!」


「――よっ、と。ありがとうございます!! 後で必ず返しますから!!」


 八百屋の店主が、鉈のような大きさの菜切包丁を無造作にブンと放り投げる。

 エイシャの方に向けて投げられた包丁に対しケルンは走り込み、グルグルと回転するそれを顔も向けずに受け取った。

 ケルンの空間魔法は、まだまだ未完成。『視界(モノクローム)』は、敵を直接攻撃するのには使えない。

 それに対し、エイシャは攻撃用の魔法も覚えていた。故に、剣を持つのはケルンの方。


 当たり前のことに互いに言葉を交わすことも無く、ケルンとエイシャはベルグ東門に向けて駆け出してゆく。


「うお……はは、どこに目ついてんだ坊主、すげえな!! 魔物かなんか知らんが、やられんじゃねぇぞーー!!」


 豪気な笑い声に背を押される二人の前、ベルグ東門が音を立てて口を開き出した。

 都市ベルグ、そのいつもの日常を告げる朝は、忘れ人(・・・)の妬みによって壊される。

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