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2-5.模倣の剣

「……よし、いけそうだ」


 ――『視界(モノクローム)』に多量の魔力を注ぎ込んだまま、ケルンは抜き身の鉄剣を持ち上げ始める。

 今しがた見たテインの構えを思い起こしながら、それを自分の体で再現しようと。

 ケルンは重い鉄剣に振り回されるようにしながらも、上段までなんとか剣を持ちあげる。


 テインの上段は、力の入っていない脱力した状態だった。

 ケルンは、『視界(モノクローム)』で自分を観測したまま、慎重に足、胴、腕、手指と力を抜いていく――


 ――ガクンっ、と、黒髪の少年が体勢を崩す。

 やはり、力の抜けた手足では剣の重みに耐え切れず、ケルンは慌てて握り(グリップ)に力を入れて支えた。


「父さんっ、どうやって力を入れずに、剣を安定させるのっ!?」


「剣の重心を見極めろ。力を入れなくても、支えられる握りの位置が必ず存在する」


 その言葉を受けてケルンは、先程の父親の構え、その握りの位置をより鮮明に脳内にフラッシュバックさせる。

 ケルンは、利き手である右手を(つば)に近づけ、左手を柄頭ぎりぎりに添えた。剣の重さを支える――重心の位置を計りながら、構えの高さの微調整を重ねて。


 ――まだ若干ふらつきがあるものの、先程までとは異なり構えがらしく(・・・)なる。


「……っ、こんな感じ?」


 構えを崩さないように集中しながら、ケルンがテインに問いかける。

 木剣を布の腰帯に刺し込み、腕を組んだ父はそれを聞いてかぶりを振った。


「ああ、大分良くなった。振れるか?」


「……やってみるっ!!」


 自分の体を俯瞰、左右から観察しながらケルンは利き足を擦らせ始めた。

 父親の動きを完全に模倣(トレース)しようと、『視界(モノクローム)』に送る魔力量は更に増し、ズキズキと頭が魔法処理の限界を訴え始める。


 ――構うものか。ケルンはにぃぃ、と口端を上げ歯を食いしばった。


 魔法を使いながら剣を振るというのは本来、尋常でなく集中と才能のいる行為である。

 リセリルカの身に纏う雷魔法しかり、相応の努力が伴わなければ、使い物にすらならない事がほとんどだ。

 並列思考で、敵の動き等眼前の情報を処理しつつ、魔法を編み続けなければならない。適切な魔力量を魔法陣に注ぎながら、敵の攻撃を躱し、受け、剣を振る。

 一部の狂いも許されないその戦闘技術を讃えて、ヒトはそれを成す者をこう呼んだ。


 ――魔法剣士、と。


「――ふッッ!!」


 ――ヒュィン。

 響くのは、木剣のそれとは気色の違う、澄んだ鉄の高音を孕んだ風切り。


 次いで――ドサッ、と。

 不細工な音を奏でて、ケルンは草の絨毯に顔を(うず)めた。


「痛った……!! そっか、父さんの真似したら、強く振れ過ぎるんだ。全然、勢いを止められなかった」


「体捌きに剣の振りは良かったぞ、ケルン。後はやはり体づくりだ、お前は体力が無さすぎる」


 転んだ息子に手を差し伸べながら、テインが言う。

 「ありがと」とその手を取り、ケルンは衣服に付着した草を手で払った。


「こんなことなら、何かやっとけば良かったなぁ……目が見えなくても、腕立てくらいは出来たのに」


 はあとため息を吐いて、ケルンはのうのうとしていた過去の自分に恨みごとを零す。

 自分の細い腕と、父親の太いそれを見比べながら。


「ふっ、そうだな。だが失敗を重ねて、いずれ成功に至ればいい。百の失敗から学び、一の成功をつかみ取れ。出来ない事への解決策を考え続けることだけが、きっと何より正しい」


 ケルンの自嘲を否定するでもなく、テインは不器用に笑う。

 ――「間違いを気づくのも正すのも、出来れば自分でやるべきだ」と付け加え、テインは息子が落とした鉄剣を拾い上げて手渡した。


「……うん、なんか難しいけど、今のすごいしっくりきた」


 剣を受けとりながら、ケルンは少し考えるそぶりをして、こくりと頷く。

 父の物事の考え方が気に入ったとばかりに、歯を見せた。


「そうか」


「よし、もう大丈夫。今度は目を凝らさなくても(・・・・・・・・・)。もう、覚えた」


 それからしばらく、鉄と木の風切り音がツィリンダー家の庭に鳴り続けた。


***


 二千回目の素振りの音が、ベルグの夕焼け空に吸い込まれる。

 先に剣の鍛錬を終えていたエイシャが、その音を聞いてケルンに声を掛けた。


「あ、ケルン。今ので素振り、二千回終わった」


「はあっ、はあっ、はー……初めて、夕食前に終わった……!!」


 ガクガクの足腰を休めるように、ケルンは庭の低い草の上に仰向けで寝っ転がる。

 『視界(モノクローム)』を上に向け、何も存在しない暗闇に手を伸ばした。

 ――健常者は、この向こうに、空というものを見ることができるらしい。

 暗闇を掴むように手を開閉しても、やはりケルンの視界には何も映らない。


 暫くそうして体を休めるケルンに習ったのか、エイシャも隣で横になった。

 草が彼女の体の重みで倒れる音を聞いて、ケルンは視界を俯瞰に戻す。


 エイシャは横向きで寝転がりながらケルンを見て、問いかけた。


「剣の振りも見違えてたし……やっぱり、空間魔法を習得できたから?」


「うん、俺相当変な型で振ってたんだね。視界が開けて初めて分かったよ……」


 最早癖というものだが、ケルンは顔だけエイシャの方へ向けて返す。

 目が見えなかった頃に付いた、声のする方へ顔を向けるという癖。

 そうしないと、「どこを見てるの?」とよくケルンは言われたからだ。


「なんか私まで、嬉しいのはなんでだろ」


 エイシャはぐぐーっと伸びをして、清々しく口角を上げる。

 ケルンはその様子を見て、彼女の伸びる腕をぱしっと掴んだ。


義姉(ねぇ)さん、腕……もう痛くないの?」


 視界が開けて初めて分かる、エイシャの腕の傷。

 幾十もの爪で深く傷つけられたその痕は、ケルンの顔を顰めさせた。

 話には聞いていて、ケルンは触らせてもらったこともある。

 それでも、実際に目にすると、言い表せないような悔しい気持ちが湧いて来た。


「うん? あっ、あははっ、ちょっとくすぐったいって、ケルンっ!! ……もうっ。痛くはないよ、それにこれは、消しちゃいけない傷跡」


 すすすーっと傷を指でなぞるケルンに、エイシャは講義するようにバッと腕をひっこめた。

 それはエイシャが盗賊団に入る要因にもなった、鋼殻蟻(シェルメタルアント)の節足棘によるものだ。彼女の名も無い小さな村は、盗賊団長ゲリュドに誘導された黒い大群に蹂躙されたのだ。


「義姉さんの傷痕を見たら、他のヒトは絶対何か言う。俺が、ずっと言われ続けてたから。ヒトは、ヒトの違いに敏感だ」


 ケルンは、難しい顔をしてエイシャに言う。

 ――「……俺多分、義姉さんが蔑まれたら、我慢できないよ」と、いつになく真面目な顔をするケルンにエイシャは笑いかけた。


「じゃあその時は、ケルンが怒って。ケルンが馬鹿にされたら、私が怒ってあげるから――それに、きっと、そんなヒトなんて取るに足らない。ミゥさんやテインさん、もちろんケルンもそんなこと言わなかった」


 夕焼け色に、傷痕を翳しながらエイシャは語る。

 言外に。ヒトとの違いを見せることは、ヒトを計る指針になるとエイシャは表現した。


 暫く二人で寝っ転がり、心地よい風で汗を乾かしていると、ミゥの作る夕飯のいい匂いが漂ってくる。

 匂いにつられるようにケルンとエイシャは立ち上がり、家の裏口へと駆けだした。

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