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2-4.『視界』の性質と応用

 都市ベルグの昼下がり。

 穏やかな日差しが眠気を運んでくる、そんな一日の半ば。

 ミゥ・ツィリンダーは、魔法具店と一体になっている家の書庫へと足を運んでいた。


 少し軋む木扉を開け、書庫内の窓を開放して換気をした後。

 息子の魔法性能を確かめるために、ミゥは本棚から書物を適当に一つ取り出す。


「……うーん。一応、これも」


 少し立ち止まって考えてから、ミゥは本棚の向かいに置かれた机へ向かう。

 その読書兼書き物用の机の上から、書きかけで、ページが開かれたままの魔法書も一緒に、ひょいと掴んで持ち出した。


***


 ミゥは持ってきた本の一つを、食卓の上に開いて置いた。

 彼女の息子、黒髪の少年ケルンが、ついさっき発現した魔法、『視界(モノクローム)』でその本をじっと見つめて。

 暫く集中していたケルンは、落胆した様子でため息を吐いた。


「……ダメだ。本の形は分かるんだけど、何も書いてないように見える」


 その言葉に、ミゥは特に驚きもせず、予想出来ていた結果とでも言わんとする様子だ。


「やっぱり。『視界(モノクローム)』は、魔力で物体の形を探ってる訳だから……立体のものは認識できても、平面上に書かれてるものは認識できないんだね」


 ケルンは暫く、ページの表面をなぞったりして「ここに文字が書いてあるんだよね?」とミゥに問うたりして。

 どうしても活字を諦めきれないと、行動で訴える。


「……はぁ、なんかガッカリだ。ようやく、文字が読めるようになると思ったのに」


 ケルンが文字を知りたいのには、いくつかの理由があるが、一番大きな理由としては読めないと周りの目が痛いからだ。

 普通のヒトは、ケルンが盲者だと分かった瞬間に、態度を一変させてしまう。

 それが歳の近い子供ならまだしも、大人だったら話してくれなくなるくらいには、欠損者というのは忌み嫌われている。

 だからなるべく、ケルンは他人に、自分が目が見えない事を隠していたいのだ。


「それなんだけどね、ケルン、この魔法書なんだけど……」


 ミゥはローブの懐から書きかけの魔法書を出して、食卓用の大きな机の上にページを開いて、とんと置く。

 都合二つの本が、机上に並べて置かれている構図だ。

 ケルンの白黒の視界がそれを映すと同時、少年は驚きでぴょんと軽く跳び上がった。


「あれっ!? こっちの本、読めるよ!? ……いや、なんて書いてあるのかはさっぱりだけど、これが文字だってのは分かる!!」


 ケルンがあんまりにも驚き、喜んでいるから、ミゥもなんだか嬉しくなる。

 小さく噴き出して、理由を説明した。


「ふふっ、これはね、テインが開発したインクを使ってるんだぁ。暗闇でも読める塗料を作れば、絶対売れるって言ってね。……簡単に言うと、このインクは魔力に反応するの」


 ――「だから、『視界(モノクローム)』の魔力にも反応するんじゃないかと思って」と続ける母に、ケルンは興奮した様子で納得する。


「そっか、『視界(モノクローム)』は魔力でものを見てるって、さっきも母さん言ってたもんね!!」


 ミゥは、ぴんと人差し指を立てて、もう一つの解決策を提示した。


「他にも、もう一つ方法を思いついたんだけど……書き込まれた文字じゃなくて、木の板なんかに彫り込まれた文字なら読めるんじゃないかな?」


「……うん、それなら多分読めるよ。だって俺の視界、床の木目も白黒で表現されてるし。凹凸(おうとつ)はしっかり判別できてると思う」


 その問いかけに、ケルンは深くかぶりを振った。

 ミゥは、「どっちがいいかな……」と暫く考えていたが、やがて決断するようにケルンを見た。


「よし、インクが良いかな。ちょっと材料調達が面倒だけど、これでケルンは文字の勉強がいっぱいできるね? 母さん頑張るから!!」


 またもやる気を出す母に、ケルンはいい加減にしてくれと舌を出す。


「うえぇぇ……待って。いやほんと、お手柔らかにお願い……」


***


「とん、とととん、とん、とん……うぁ、間違えた」


 ケルンは椅子に座って、ひたすら指を動かし、一定のリズムで足踏みをしていた。

 左手は親指から順にグーの状態から、2本ずつ指を上げていき、あまりが出ればそこからまた指を上げ始める。つまり、指の本数は、0,2,4,1,3,5,0...となる。

 右手も親指から順ではあるが、こちらは3本ずつ挙げてゆく。指の本数は、0,3,1,4,2,5,3,1...となる。


 これを、左右の足のステップに合わせて同時に行ってゆく。


 両足でステップを踏むリズムと、両手の指の本数。考えることが多いこの"並列思考"の練習を、ケルンはひたすらに行っていた。

 何より恐ろしいのが隣でそれを見守るミゥで、ケルンが慣れて来たと感じた瞬間に指の本数を変えたり、リズムを変えたりしてくるのだ。


 『視界(モノクローム)』とは別の意味で、頭が痛くなってきたケルンに助け舟が出た。

 キィ、と庭に続く扉が開かれる音がして、汗だくの赤髪の少女が姿を現す。


「ケルン、ミゥさん。お疲れ様です、交代の時間」


「あ、義姉さん聞いてよ!! 空間魔法、習得できた!!」


 『視界(モノクローム)』で、エイシャが来ることが分かっていたケルンは、ミゥが何か言う前にと、彼女に嬉し気な声を掛けた。

 実際のところ、早く報告したかったのがケルンの本音だ。


「え、ほんと!? おめでとう、ケルン……!!」


 エイシャはぱああっと顔を綻ばせ、ぱしぱしとケルンの型を叩く。

 黒髪の少年も、照れくさそうにはにかんだ。

 

「エイシャはい、手ぬぐい(タオル)。どれくらい振れた?」


 ミゥから汗拭き用のタオルを受け取ったエイシャは、ぺこりと頭を下げる。


「ありがとうございます。ええっと、午前と合わせて、千五百回ですかね」


義姉(ねぇ)さん早いなぁ、俺まだ八百だよ」


 椅子から軽く飛び降り、ケルンは走って庭への扉へと向かう。

 全く危なげない、健常者のような後ろ姿にエイシャは「本当に……」と呟いた。


 盗賊団殲滅の一件から、一日の訓練の予定は大体決まっている。

 早朝から昼までは、朝食を挟んで剣の訓練をエイシャとケルン二人で。

 昼から夕食までは、ミゥによる魔法講義がケルンの後エイシャという順で入り、講義がない方はテインと共に剣の訓練。

 ケルンは、リセリルカから課された剣の素振り一日二千回というノルマがある為、大体夕食後も剣を振っている。

 エイシャは特にノルマがあるという訳ではないが、義姉さんと呼んで慕ってくれる、弟のようなケルンの訓練に付き合って。


 共に、高めあっていく様な関係だ。

 

***


「父さん!!」


「中から聞こえていた。おめでとう」


 はしゃぐ息子に不器用に笑い返したテインは、ぽんとその小さな頭に手を置く。

 「……さて」と、感慨短く気持ちを切り替えた偉丈夫は言った。


「ケルン、俺を見ていろ」


 瞳を鋭利に尖らせ、テインは木剣を上段に構える。


 ケルンは無意識に、『視界(モノクローム)』の魔法に魔力を多く注いだ。

 ――一瞬も、一部も見逃すまいと、ケルンは視界のピントをテインに集中させる。

 その体から読み取れるたくさんの情報が、ケルンの脳内に映し出された。


 ――上段に構えはしているが、テインの体はどこにも力が入っていない。

 グリップの角度は、振り下ろしに最適になるよう調節されている。

 

 ――テインの利き足である右足が、地面を擦るように前に出る。

 その爪先が地面を捉えた瞬間、短く呼気を吐き出し、剣が振り下ろされる。

 爪先から伝わった制動のみで振り下ろしの動作が始まり、どこにも力みは感じられない。

 円軌道を描く刀身が、おおよその敵の頭蓋の位置に来た瞬間――緩めた手首が固定され、肩甲骨が開き、腕が伸びる。

 生まれた力を逃すまいと、地面を掴む両足裏が踏ん張られ。

 

 ――ヒュッ、と。

 風切り音が遅れて聞こえ、動作が終わる。


こう(・・)だ」


 木剣を下ろし、ケルンに父親は言う。

 『視界(モノクローム)』を得て、初めて理解できる、体の動かし方。

 無駄というものが一切感じられないテインの剣に、ケルンは目を輝かせた。

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