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2-1.黒から、白黒へと

 前掛け(エプロン)を付けた白髪の女性が、一日を計る砂時計を見て調理場(キッチン)を離れた。

 ――『不思議なかたち』と。

 昔、盲目の息子がそれを触りながら言っていたのを思い出して、彼女は軽く微笑んだ。


 とん、とんと軽い音を立てながら、ミゥ・ツィリンダーは息子と弟子の部屋へと続く階段を上がってゆく。


「ケルン、エイシャ~? 起きてる?」


 ふわふわと揺蕩うような声と共に、階段の先にある木製の扉がノックされた。


「大丈夫、起きてるよ母さん! 義姉(ねぇ)さんも!」


「はい、準備できましたミゥさん……あ、ケルン。階段は気をつけて、昨日みたいに転ばないように」


 寝間着から運動用の麻服に着替えた二人は、駆ける様に階段を下りてゆく。


***


 少し黒みがかった青空と緑に茂る木々の葉との境目から、山吹色の朝日が昇りだす。

 大通りに面する商店が、疎らに起きだすそんな時間帯。

 早朝の澄んだ鐘楼の音が、商業都市ベルグを駆け抜けた。

 

 ベルグ東通りの街区の片隅、ポツンと佇む魔法具店の中庭に、三人のヒト種の姿がある。

 上背の低い、黒と赤の髪色を持つ二人の子供に、緑髪の偉丈夫だ。

 それぞれ、赤髪の少女と緑髪の男は訓練用の木刀を、黒髪の少年は鉄の直剣を抜き身で持っている。


「ケルン、エイシャ。始めるぞ」


「「よろしくお願いします!!」」


 緑髪の店主――テイン・ツィリンダーの声に、ケルンとエイシャが礼を返す。

 軽く頷いたテインは、手に持った木刀を自身の顔の前に掲げた。

 

「上段からの振り下ろし、百まで。始めッ!!」


「ふッッ!!」「しぃッ!!」


 テインが風切り音と共に、木刀を上段から振り下ろす。

 少し遅れてケルンとエイシャも、気迫を鋭い吐息に溶かしながら剣を振るった。


「ケルン、振り下ろした剣はしっかりと止めきるんだ。剣が中段に残っていれば、続けて振ることも、反撃の対処も可能だ」


「はい!!」


「エイシャ、良いぞ。形はそれで完璧だ、後は体に覚え込ませるつもりで振り続ければいい。後日、目隠し振りで形を見る」


「分かりましたッ」


 その日最初の一振りで、二人の状態を見て取ったテインは言葉で少しの指導を行う。

 これは、テイン自身が魔法具作成で学んだことだ――完成への近道は、地道に、一つずつ。

 多くの事を一度に改善しようとすれば、大体は徒労に終わってしまうからだ。


 乱れ無い動作で木刀を振りつつ、テインはエイシャとケルンの型を見続ける。


「しぃッッ!!」


 鋭い気迫と共に、赤髪が舞い上がり。

 ヒュッと空気を割く音が、中段でピタリと静止する。


(エイシャはやはりまともに振れているな、盗賊団時代に刀剣に触れていたのだろう。それ以上に、飲み込みが早い。体をどう動かせば剣に力が伝わるのか、よく分かっている)


「ふッッ!!」


 ふらつきながらも上段で構え、不格好な剣筋が描かれる。

 振りきりの後も剣に振り回されるように、中段で安定しない。


(ケルンはどうも、筋力不足だ。だが重い鉄剣を振っているんだ、毎日やってきちんと食べれば問題ないだろう。あとはやはり、型だが……ミゥが教えている"魔法"を習得できれば、人並みには振れるだろうか)


「よし、続けて片手での斬り上げ百。左右やった後、袈裟斬り素振り、体捌きをして朝食だ」


「はぁ、はぁ……はい!!」「ふぅー……はい」


「息を整えてからでいいが、体は冷やすな」


 その後凡そ一刻の間、三つの素振りの音が鳴り響き続けた。



 俺は朝の素振りを終えて、義姉(ねぇ)さんとお風呂に入った後、母さんが作った朝食を食べた。

 弟子としてエイシャさんが家に来る前は、お風呂にはいる時、父さんや母さんに補助してもらっていたんだけど。

 リセもそうだけど、近い年代の女の子とくっついたりすると、とても落ち着かない。

 決して、嫌な感情を抱いている訳じゃないけど……。


 朝食を食べた後は、魔法の修業が始まる。

 俺にとっては、剣の修業よりもこちらが優先事項だ。

 母さんがリセに頼み込んでまで、俺の為に記憶してきてくれた魔法。

 暗く、先の見えない暗幕を破るための一筋の光明。


「『魔力変換(マジックコンバート)認識(パーセプト)』」


 相も変わらず、俺の視界は真っ黒だ。

 何刻も続けて集中しているせいだろう、綿製の部屋着が汗で濡れ、皮膚に張り付き気持ちが悪い。

 意識の片隅で、ヒュッという風切り音が断続的に響いてくるのが分かる。

 きっと、父さんと義姉(ねぇ)さんの剣の訓練だろう。

 俺は、逸る心臓の鼓動を落ち着けようと、一度深く息を吐いた。


「……うん、そう。ゆっくり、ゆっくりと。制御を手放さない様に、優しくだよ」


 母さんが、俺の両手を優しく挟み込みながら言う。

 広げて机に置いている俺の両手の間には、何か(・・)が置かれている。

 俺はそれを、触れず、嗅がず、魔力のみで観察しなければならない。

 その魔力とやらに、現在進行形でとても悩まされていた。


 ――俺の体から湧き出る魔力と呼ばれる概念を、魔法陣と呼ばれる、型に彫り込まれた回路に流し込んでゆくイメージだ。

 ゆっくりと、慎重に、脳内に存在する魔法陣という架空の回路に、魔力を満たしてゆく。

 彫り込まれた回路に並々満たされた魔力は、喜んでいる様にざわめき、動き回ろうとする。

 どうにかこうにかそれを抑え込んで、回路の中に定着させる。


 ――すると、不思議なことに、その性質が変わってしまうのだ。

 火、水、氷、風、土――魔力は、その姿を如何様にも変化させる。

 だが、変化した後の魔力は、じゃじゃ馬もいいところ。

 四方八方、主の手を離れて暴れまわろうとする。


 力まかせに押さえつけてはダメだ。

 それでは、変換した魔力を制御することは出来ない。

 魔法陣に流し込み、認識が強化された魔力を自在に制御しなければ。

 『モノを視る』ことなんて、出来やしない。


 ――『空間魔法』の初歩、始めの一歩は空間内に何があるのかを把握すること。

 そして、その空間の把握には、魔力以外のいかなるものも用いてはならない。

 聴覚、触覚、嗅覚、感覚――一番不必要なのは、視覚。


 故に、この魔法に健常者の視力は要らないんだ。

 『空間魔法』獲得に至るまでの邪魔でしかないのだから。

 空間魔法の禁書に掛けられていた、読んだ者にもたらされる『不可逆な障害』。

 永久失明の呪いと母さんが言っていたそれは、『空間魔法』に至る為に必須な障害だったんだ。




 すなわち――空間魔法は、『盲者』でなければ使えない。




「くそっ、暴れないでくれッ!!」


 幾度となく、ここまでは出来た。

 魔力を魔法陣に流し込み、空間認識用の触覚のようにするところまでは。

 だが、ここからが難しい。

 母さんの補助を借りて、なんとか魔法を維持できているレベルだ。

 とても、制御することなんて……!!


「ケルン、魔力はそもそも意識できるものじゃないの。あなたの感覚が鋭すぎるだけ、意識は両手の間に向けてみて。自信を持って、ケルンは才能がある。できる」


 手の間に、意識を。

 ――不意に、リセに掛けられた『電転』の感覚が蘇った。

 両手から、認識が強化された魔力が流れていく。

 ジグザグに薄く伸びていた『電転』のそれとは気色が違う、密度の高い、液体のような。

 手の間から溢れたそれが、何もない――『空間』を満たしてゆく。



「――――あっ、え??」



 不意に。

 真っ黒だった、俺の世界に。

 新しい色が、加わった。


「ねぇ、母さんッ……!! これ、これさ……俺の手の間の!! もしかして、砂時計!?」


 複雑な、丸みを帯びていて、角ばっていて、隙間があって。

 そんな砂時計の形が、俺の暗闇に光り、浮かび上がっていた。


「っ……!! やったね、ケルンっ……!!」


 母さんの髪は、ふわふわした白色らしい。

 そしていつだって白は、真っ黒によく映える。


 初級空間魔法、『視界(モノクローム)』。


 この日、俺の世界は。

 黒から、白黒(モノクロ)へと広がった。

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