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1-22.友達になりましょう

「二刻、過ぎましたね」


「ああ、流石にそろそろ、儂らも突入を考えたほうがいい」


 エリーとヅィーオ、二人の従者は馬車を繋ぎ終え、いつでも石の街区へ突入できる準備を整えていた。

 栗色の髪を持つ使用人(メイド)は、前掛け(エプロン)の裏から指揮棒くらいの長さを持つ短杖を取り出し、一度風切り音を立てて振るう。

 白髪を束ねた老兵は、腰に帯びた剣の握りを軽く撫ぜ、鋭く息を吐きだした。


 それぞれ、元宮廷魔術師と元騎士師団長。

 幼き日のリセリルカによって見出された、魔法使いと剣士の傑物二人。

 彼らはベルグ南の通りを外れ、荒廃した街区へ向けて歩き出す。

 舗装された石畳から、枯れ果てた大地を思わせる土気色の地面へとその足を乗せ換えたところで――

 

 ――バチリと、青色の飛電が空に昇ってゆく。

 それはあらかじめ決められていた、リセリルカの帰還を知らせる合図だ。


「ああ良かった!! やはり杞憂でしたか……!!」


「……まったく、お嬢様は心配させてくれる」


 主の帰還を心待ちにしていた二人にとって、それはこの上ない吉報だった。



***



 リセリルカは、狼煙がわりの雷による合図を上げるために纏っていた『青色の迅雷』を解除する。

 行きと帰り、計数10KM(キロメルト)をケルンを背負って走破した彼女は、長い長い息を吐きだした。

 

「…………ふぅ。これで、エリーとヅィーオが来てくれるわね。流石にとても、疲れたわ」


 リセリルカは背負っていたケルンを降ろし、よろよろと地面に座り込む。

 そのまま仰向けに寝転がり、(しるし)を持つ片手以外を大きく広げて伸びをした。


「リセごめん、助けてもらってばかりで。大丈夫……?」


「ええ、傷は全て治ってるから……消費した魔力と血は戻らないけれどね。特に血を流しすぎたわ……すっごいふらふらする」


 ケルンの心配そうな声に、リセリルカは苦笑して答える。

 彼女は両目からの失血に加え、操られたゲリュドとの戦闘でも多量の血を流していた。

 失血量は幸いにも、どうにか動けるギリギリの分水嶺を越えていなかったが。


「ケルン」


「なに? リセ?」


 雲間から降り注ぐ日差しに、その金色の目を細めたリセリルカは、優しい声音で傍に立つケルンへと声を掛ける。

 王女が視線を空から黒髪の少年へと向けると、地下で蹲っていたときとは比べもつかないような、精悍(せいかん)な顔が目に入る。

 見えないながらも見開かれている白磁の双眸には、力強い輝きが宿っていて。


(……ふふっ。ヒトとはこうも、変わるものなのね。あんなに震えていて、情けなかったのに。きっとケルンは、まだまだ強くなってゆく)


 リセリルカが確かに見た、ケルンの魔法の才能。

 ――剣の才はどうだろうか? 彼の女子のような華奢な手足からは、あまり力強い剣は想像できないが。

 ケルンの家には、剣に覚えがある店主テイン・ツィリンダーが居る。

 腕がどの程度のものなのか。リセリルカは詳細を聞いていないが、ミゥ・ツィリンダーが言うには「頼りになる」らしい。

 そう遠くない内に、ケルンはテインに教えを請うだろう。

 ならば、――


「……その剣、貴方に貸してあげるわ」


 リセリルカの突飛な発言に、ケルンは目を丸くした。

 長い時間持つだけでも腕が攣りそうな重さのそれを、彼は何とか片手で持ち上げる。


「え、でも……使わないの、これ?」


「いえ、使うわよ? 私の雷魔法に耐えれる剣はそうないから……その剣はただの鉄剣に見えてね? 実は『宝剣』って呼ばれる貴重なものなの」


 リセリルカの口から『貴重』という言葉が飛び出して、ケルンは笑みを引きつらせた。

 ただでさえリセリルカと自分では王族と庶民という身分差があるのに、この宝剣とやらはその彼女をもってして、貴重と言わしめるくらいの物であるというのだ。


「ちょっ!? もらえないよ、そんなの!!」


 ケルンはリセリルカの提案を辞退しようと、慌てて声を上げる。


「だからあげないわ、貸すだけよ?」


 ――「何を言っているのかしら、ケルンは」と言わんばかりに、リセリルカがあきれ顔でそれを否定した。


「え、あの、どういう……!?」


「ふふっ、ケルンはやっぱり、察しが悪いわね」


 リセリルカの意図が読めないのだろう、ケルンがわたわたと狼狽える。

 そんな仕草に、自然と彼女の顔は笑顔になった。


(ケルン、貴方と――友達と別れるのはとても、とても名残惜しいけれど。魔法具店まで送り届けてしまえば、暫くは会えなくなる。きっとケルンがもう一度会いに来るときには、私は『都市台』になっているでしょうし。――都市の長に会いに行くには、それなり(・・・・)の理由がいるでしょう? だから、)


「私の剣、貸してあげるから――――必ず返しに来なさいな」


「……っ、ああ。そういうことなら、必ず!!」


 再開の約束をしたいというリセリルカの意図を汲み取ったケルンは、冷たい鉄の塊を握り締める。

 彼の心に灯る覚悟の炎、その熱が伝播するようにほんの少しだけ、冷たい鉄を温めた。



***



 二人の従者の片方、栗色の髪を持つ使用人(メイド)がその足を急かす。

 服の裾を盛大にまくり上げて、さらには風魔法による速度強化まで行って。

 ――風を切るかの如く、リセリルカの元へ駆けつけた。


「リセリルカ様っ!!」


「――ッ、誰だ!?」


 凛と張った、切迫した声がケルンの耳に届くと同時。

 彼は両手で剣を握りしめ、声のした方に向け不格好な構えを取る。


 ――先ほどのリセリルカのとの会話の中で、彼女の声は地面の方から聞こえてきていて。

 ケルンの中では、リセリルカは倒れて動けない状況にあると、そう判断が下されていた。


「ケルン、大丈夫よ。彼女――エリーは私の従者だから」


 仰向けの体勢から、上体だけを起こしてリセリルカが告げる。

 その声を聞いて、ケルンは慌てて剣を下ろした。


「えっ……!? あの、ごめんなさい。リセは今動けないから、俺がなんとか守らないとと思って、それで……」


「……ええと、リセリルカ様? 彼は一体?」


 ケルンから謝罪を受けたエリーが困った様な顔で、リセリルカに問いかける。

 目の前には、王族である自分の主を愛称で呼び、あまつさえ所有物の宝剣をその手に持つ少年がいて。

 そんな状況なのに、リセリルカは少年を嗜めるでもなく、むしろ楽し気にしている。

 自分の主――リセリルカ・ケーニッヒは弱者を隣に置くことを決して認めない。

 当の本人がどう思っているのかはエリーの与り知る所ではないのだが、リセリルカは並み居る魔法貴族の子息とも友達になる様子が全くと言っていい程、無いのだ。

 むしろ、ヅィーオのような武芸に通じる者を好む傾向がある。

 それも、只の武芸者ではなく達人級の心身共に成熟した英傑を。


 要するに、リセリルカには友達が居ない。彼女が達観しすぎているからなのか、同世代の子供と触れ合いもしないのだ。

 それゆえにエリーの脳内には、圧倒的な疑問が浮かんでいた。


「あら、突入前に言ってたじゃない? ケルンよ、ミゥ・ツィリンダーの息子」


「いえあの、そうではなくてですね……リセリルカ様が同世代の子と仲良くしているのを、初めて見たものですから」


 自分が驚いていた理由をエリーが嘘偽りなく伝えると、リセリルカは照れくさそうに頬を掻いた。


「……ああ。その、友達になったのよ、ケルンと」


 ――「ね? ケルン?」と同意を促すように、リセリルカはケルンを呼ぶ。

 だが盲者であるケルンにとっても、友達なんて初めてのもので。

 自分とリセリルカとの関係が、友達のそれであるのかよく分かっていなかった。


 ただ、――対等な口調で話したり、彼女のことを愛称で呼んだり、気安く触れ合ったり。少し(くすぐ)ったいような関係は、嫌ではなかったから。


「俺も、友達居たことないからよく分からないけど、多分?」


「何よ、煮え切らないのね? ……じゃあ、はっきりさせておきましょう」


 言い切るとリセリルカは立ち上がり、ずいっとケルンに顔を寄せた。


「ええっ――ちょッ!?」


 顔にかかる吐息の感覚に、目の見えないケルンは盛大にたじろいで、足を滑らせる。

 そのまま地面に倒れようとする軽いケルンの体を、何でもない様にリセリルカは抱きとめた。


「ケルン? 私の、友達になってくれるわよね?」


 少し意地の悪い笑顔で、脅すように言う彼女に、


「う、うん、わかった」


 ケルンはたじたじになりながらも、何とか肯定を伝えた。

 嬉し気に笑う王女と、抱かれてはにかむ少年を見ながら、胸が張り裂けんばかりの思いで駆け付けたエリーは思う。



「本当に、心配して損しましたよ……」



 呆れたように溜息だけを吐いたつもりが、心の内までもをエリーは吐き出していた。

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