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1-19.飛電は斯くはたたけり


 ――俺はその一瞬、剣先がヒトを貫く一瞬に。

 なぜこんな簡単なこと(ヒト殺し)ができなかったのかと、ケタケタ笑っていた。

 笑えば――震える手も、動かなかった体も、心を蝕む罪悪感も。何もかもが軽く(・・)なっていって。

 その狂気に染まってしまうことに、何のためらいも感じなかった。



 ――『気高く狂え。意識的に、正気と狂気を()げ替えるんだ』

 俺の声で、聞き慣れた自分の声で、彼女のものだった言葉が脳内に響いていた。


 


 グシャりと……手のひらに伝わってきた、軽い――それでいてとり返しようのない、手応え。

 皮膚を突き破って、骨を切断して――柔らかで弾力性のある、ドクドクと脈を打つ臓器を、確かに。

 俺が手に持った鉄剣が、心臓を貫いたのを感じたんだ。


「――は、ハッ、はははっ!!」


 俺の声で、俺が笑ってる。

 剣を握り締めながら、飛び散った生暖かい液体の感触を感じながら、震えもしないで、俺が。俺が俺が俺が俺がオレガ。


 ――何を笑ってるんだ、何がそんなに可笑しいんだ。

 お前は、今の瞬間に――ヒトを殺したんだぞ?


 この罪人め、ヒトでなしめ、笑いながら殺しを行う、快楽殺人者め。


「ははははははははっ!!」


 ……一体、誰なんだよお前はっ!!

 確かに俺の体で、俺の声で。

 それでも、違う。俺は、笑って殺しなんかできる様なヒト種じゃないんだ。

 ……そうじゃ、ないはずだ。

 ()は、そんなヒトで無しじゃない!!


「――」


 ――ピクリ、地面に横たわる確かに殺したはずの肉体が、動く。


 それが()に、冷静な思考を取り戻させた。

 鳴り響く雑音が消えてゆくように。熱くなった、自分自身への怒りと恐怖が混じった思考が急激に落ち着いてゆく。

 

 ――もしかするとゲリュドは、生きているのか? だが確かに俺は、貫いたはずだ。

 俺は、まだヒト殺しをしていないのではないかと淡い希望を抱いたが――『電転』により伝わってくる、ヒトだった"モノ"が動く様子に愕然とする。

 生きているものを感じ取る『生体感知』では、何の反応も返ってこない。

 地面や無機物の形を調べる『地形探査』でようやく、動く"生体でないモノ"の存在を認知できた。

 ――つまりは、そういう事。

 今動いている、突き刺さった剣を物ともせず起き上がろうとしている存在は、既に死んでいる"モノ"なのだ。


 不意に、俺の手を包んでいる硬い掌中の感触を思い出した。

 リセリルカは、気づいているのか? ……いや、彼女に俺が感じた情報が伝わるまでには、少しの時差(ラグ)がある。

 彼女は、遅からずこの――死んでいるモノが動き出したという異常に必ず気づくのだろう。

 だが、それは今気づいた俺よりも数舜(すうしゅん)後の事になるはずだ。

 ――その数舜で、この得体の知れないモノが何をしてこないとも保証されていない。

 俺が今するべきことは、しなければならないことは、何だ?

 

「――は、ははッ」


 俺が、笑う。

 痛い程に口角を釣り上げて、その顔に狂気を宿して。


 ――――今度こそ確実に、指一本動かせなくなるくらいまでに完全に、完璧に……殺さ――いや、壊さなければ。



 無意識を、狂気の(とばり)が支配する。

 ――ヒトを壊すには……? 拳、足――いや、そうだ、道具がいる。

 今握っているこの鉄剣ではダメだ、重すぎて俺では振るというより振られてしまう。

 そうだよ、あるじゃないか、俺の背後に。

 彼女が握っている、より軽い剣が――

 

 俺は、振り向きざまにリセリルカが片手で持っていた剣を引っ掴む。


「ケルン、下がってなさ――!?」

 

 彼女が、驚愕に言葉を途切れさせたのが伝わってきた。

 俺の片手に、ずしりとした感触が圧し掛かる――が、それは先ほどまでのように剣を振れない程ではない。

 恰好もへったくれもなく、足をもたつかせながら、只俺は。

 ――ヒトの形をとる何かの首筋へと、剣を叩きつけた。

 

***


 笑い声を上げ、盲者が剣を取る。

 蔑まれるべき弱者で在ったはずの彼は、それを強く否定していたがっていた。


「――っハ、ハハハッ!!!!!!」


 ケルンの振るった剣が、ゲリュドの首へ吸い込まれる。

 幸いにして素人が振るったにしては――太刀筋は死んでおらず、刃が正しく皮膚を捉え――――

 大男は避けるそぶりすら見せず――ズブリと首の中ほどまで剣が埋まり、そこで止まった。


 ――顔、手足に生暖かい感触。同時に、鼻腔をくすぐる鉄分に匂い。


 ケルンは剣を一層ギリリと握り締め、笑い声を漏らしながらその首を切断しようと力を込め――



「――ケルン!? 避けて!!」



 ケルンから伝わったゲリュドが動く感覚に、リセリルカが初めて焦りを含んだ声を上げた。

 バキィ!! と破砕音を上げながら、――


「――う゛ッ!?」


 折れてあり得ない方向に曲がった脚が、糸に操られるように。

 ケルンの脇腹にめり込み――後方へ弾丸の如く吹き飛ばす。


「ぐぁぁぁぁッ!?」


 飛ばされたケルンは受け身も取れないまま何度も地面に打ち付けられ、その体を数M(メルト)後方の大木に激突させた。


「……尋常じゃない力ね。一体、何が起きたというの?」


 ケルンを案じ駆け寄りかけた脚を止め、リセリルカはゲリュドに正対したまま後ろに飛び去ざる。

 直後――それを追うように、予備動作なくゲリュドもゆらりと起き上がった。


(ケルンが纏っていた『電転』の気配が消えたわ……どうやら気絶しているようだけれど、あの威力の蹴りだもの。内臓が痛んでてもおかしくない、早く状態を確認して……って、それどころではないか)



「……やはり、私ではよく見えない(・・・・)わ」



 無くした(ケルン)を補おうと、リセリルカが紫電を纏う。

 『地形探査』のついでとばかりに、魔力を電撃に変えて――

 紫紺の電鞭が凄まじい勢いで伸びてゆき、ゲリュドの体でバチバチと弾けた。


 それを気にするでもなく――雷に打たれながら、ゲリュドは膝を曲げ跳躍の姿勢を見せる。


「――」


 ぼんやりと伝わってくる、ゲリュドが動く気配にリセリルカは唇を噛む。

 ゲリュドに生気がなく次の動きが想定できないのも、彼女の戦闘勘を鈍らせる道具となっていた。


「……ッ、やはり足止めは効かないようね――『炎壁(バーンウォール)』!!」

 

 紅蓮の大火が、壁となってリセリルカの眼前に顕現した。

 内包された圧倒的な熱量を示すように、壁の表面で火花が弾ける。


(これで『炎壁』に只飛び込んでくるようなら、先ほどまでのゲリュドのように、ヒト種的な思考は出来ていないことになるけれど……ヒトを、それも探知範囲外の遠隔から操れるような魔法なんて聞いたことが――)


 思考を続けるリセリルカを他所に、瞳孔を開けたまま。

 顕現した炎の隔壁の向こうで、膝を曲げ跳躍の溜めを作っていたゲリュドが動く。

 曲げた膝はそのままに、ぶらんとだれ下がった腕をカクついた機械的な動きで首元に運び――


「――――」


 半ばまで刺さっていたリセリルカの剣を抜いて、投槍(ジャベリン)の如く投擲した。

 投擲の余波はゲリュド自身の腕すら破壊し、骨がバキリと悲鳴を上げる。

 宝剣に付着していた自身の血液が、《森林迷宮》内に散乱して。


 ――ビュウと風切り音が轟き、『炎壁』にリセリルカの宝剣が達する。

 自身の魔法に感じた突貫の勢いに、彼女は素早く反応し、防御のための一手を打つ。


「――!? 『突風(スクウォール)』ッ!!」


 剣先の延長線上には、リセリルカの胴体が捉えられていた。

 彼女が巻き起こした突風が刀身部分の横っ腹を打ち、僅かに軌道をずらす。

 ずらした軌道の分、回避に余裕が生まれ――リセリルカは、難なく剣を回避する、、、、

 はずだった。

 

 ――とん、と投擲の勢いからは想像もつかない様な軽い音が響く。

 鉄剣の白刃に、赤い血液が一筋流れ、ポタリと苔の上に滴り落ちて。

 剣先とリセリルカからさらに後方、一直線に結んだ先には、漆黒の少年が横たわっていた。


「ぁっく……!!」


 リセリルカの肩口に、自身の宝剣が突き刺ささり。

 その顔が、初めて激痛によって歪められる。

 肉体へのダメージによって『炎壁』の魔法が強制的に解除され――同時にゲリュドが膝の溜めを解放した。


「――」


 首から滴る血を空中に撒き散らし、大男は空を疾駆する。

 先にリセリルカが見せた跳躍とは似ても似つかぬ、姿勢も何もなっていないチグハグな動き。

 手脚をだらんと脱力させ、着地体勢も取らず――脚の骨がさらに何本か砕ける音と共に、リセリルカに肉薄した。


「――――」


 着地から間髪入れずゲリュドが、人形の様な動きで攻撃を始める。

 折れた腕と脚を鞭の様にしならせて、遮二無二振り回した。


「……めちゃくちゃ、するわねっ……!!」


 軌道の読みづらい致命の威力を孕んだ打撃を、リセリルカは剣の生えた肩口を庇いながら躱して行く。

 バチバチと、彼女が纏う紫電が次第に大きく弾け、周囲を若紫(わかむらさき)に照らし出す。


 打撃がリセリルカに当たらないことを感じ取ったのか、ゲリュドは動きをピタリと止めた。

 振り回していた腕を一度だらんと垂らし、動きを確認するかの様に静止する。


「――っッああ゛!!」


 迸る紫電でゲリュドの停止を感じ取ったリセリルカは、肩口に深々と突き刺さった剣を力任せに引き抜いて、――

 ――周囲に肩口から鮮血が飛び散り、止め処なく流れ落ちる。

 

「――――」


 ゲリュドはリセリルカの行動を観察するでもなく――カクついた動きでその手を自身の左胸の先、心臓に刺さっている剣の握り(グリップ)に運んだ。


 奇しくも両者は、同じタイミングで自身の体から剣を抜刀する。

 互いの体から迸った血液が、森林を戦場へと染め上げていく。

 

「――――」


 剣を持つ腕をだらりと垂らしたまま、一切の構え無しに。

 先に動いたのはゲリュドだった。

 

 無形の構えから予備動作無しに。

 重さを感じさせない動きで、リセリルカの胴に向け剣を強引に薙ぎ払う。

 

「……この状態では、力比べは無理ね」


 それに対して、リセリルカは遅れながら剣を逆手に――腕に沿わせるような異色の構えを取った。


 剣同士の衝突の瞬間――

 ギャリィィン!!!! と静寂を(つんざ)く擦過音が響く。

 ゲリュドの薙ぎ払いに対し、リセリルカは剣を這わせながら角度を付けていなしてゆく。

 だが、剣を手だけで振るっているゲリュドは、受け流されて体勢を崩す事がない。

 さらには、手持ちぶたさに垂らされていた片手と片脚を振り回し、攻撃に加える。

 

 都合3つの脅威を、リセリルカは時に避け、時にいなしてゆく。


「軸足、貰うわ」


 剣と手脚が同時にリセリルカを狙うタイミングで、彼女は緑苔の上に滑り込み、ゲリュド軸足を斬りつける。

 体を支えていた脚が衝撃を受けた事で、ゲリュドはバランスを崩し、地面に崩れる、が――


 ――最早それとはわからないほど形を失った片手片脚を地面に突き刺し、一瞬の静寂。関節でもない部位を曲げ、自身を砲弾と化して打ち出した。


「――――」


「――本当に、めちゃくちゃね……」


 リセリルカは、苦笑しながら防御のために剣を掲げる。

 背を地面に付けた状態で、魔法を使わず(・・・・・・)、ゲリュドの攻撃を回避する術はない。


 呟きの直後、砲弾と化したゲリュドの突貫が、リセリルカの体を直撃し――――



 致命的な打撃音と、水分の多い果実が潰れる音が≪森林迷宮≫内に轟いた。



***


 ゲリュドは、リセリルカへ攻撃が当たると同時にその場で停止していた。

 それは、対象の完全なる破壊の証左であり、自らの人形としての役目を終えたという事である。


 エルヴィーラの『幻糸(げんし)魔法:縫い包み(ドール・ソゥ・ラップ)』には発動条件――被操作者の死と、対象の補足――があり、両方が満たされる事で発動される。

 発動に際し、被操作者の魔力に馴染ませた、幻金糸というエルヴィーラ謹製の魔法具が媒介となっていて、ここで言う対象はリセリルカだった。


 ≪森林迷宮≫に、静寂の帳が降りる――ただ一つだけ、鳴り止まない甲高い雷鳴を除いては。

 

 ――突如として、ゲリュドが弾かれたよう動き出す。

 倒れ伏したリセリルカに向かい、剣を振りかぶったタイミングで、――



「『金色(こんじき)霹靂神(はたたがみ)』」



 金色の雷が、雷鳴と共に霹靂(はたた)いた。

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