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1-10.魔法の感受性

 地下通路内に、バリバリと雷鳴が木霊する。

 音の発生源。頬を赤らめたリセリルカが、少し荒い息を上げながら自らを掻き抱いていた。彼女の足元には、黒髪、盲目の少年がへにゃんとしている。


「全く……柔らかいだの気持ち良かっただのとっ……!!」


 リセリルカはぼやきながら、伸びきってぷしゅーと煙を上げるケルンに向けて手を翳し、『電転(でんてん)』の二つ目(・・・)の効果を発動させる。

 ケルンが纏っていた、その髪と同色の黒い雷(・・・)の一部が解けていき、彼女が纏っている紫電と溶け合った。


 リセリルカがケルンに『共同研究』をしようと言った理由――『電転(でんてん)』は対象に雷魔法を付与する効果の他に、特筆すべきもう一つの効果がある。

 『追体験』とリセリルカが名付けたその効果は、『電転(でんてん)』により雷魔法を付与された者が雷魔法を使うときの感覚を、『電転』をかけた者が知ることができるというものだ。

 リセリルカは深く集中し、ケルンの感覚を追体験しようと試みる。

 直後、その端正な顔が歪められた。


「――――ッ!? ……なんなのよ、これ」


 ――『う……ん、なんか、凸凹していて硬いもの(・・・・・・・・・・)を触っているような?』

 雷魔法を使っている時、やけに具体的だった、ケルンの感想。

 これが虚言でない、むしろ真に迫った感性だったこと。


 ケルンの感覚に深く潜れば潜るほど、彼の魔法に対する感受性の深さにリセリルカは驚愕する。

 彼女は、人体で最も複雑に動く、手指と足指が延長されたような感覚を追体験していた。

 並みのヒト種よりは格段に魔法の扱いに長けているリセリルカでさえも、『なんとなく』でしか魔法の動きは捉えることができない。にもかかわらず、魔法の知識が一切ないケルンが、そんな感性を持ち得ていることに開いた口が塞がらない。


 リセリルカが魔法を操る感覚は、物を投げる様なものに近いのだ。魔法が手を離れるまではその存在を認知できるが、一度投げて――魔法を放ってしまえば、どんな動きをしているのかの確認は、どうしても視覚に頼らざる負えない。

 伸びていく電気の枝葉には、密に神経が通っていないのだ。何かに触れようが、細やかな感触まではわからない。


 だが、ケルン・ツィリンダーの、魔法に対する感覚はそうではなかった。

 盲者故なのだろうか――彼の感覚を持ってすれば、魔法がどう動いているのか見なくても分かる。

 そしてその感性(センス)は、指を曲げる様にいとも容易く、魔法の軌道を変えることを可能にしていた。

 それは、状況に応じて魔法の形や威力、果てはその効果に至るまで。自由に魔法を創ることができるということへの可能性であった。

 紛れもない、魔法の才能。

 盲者故に生まれたであろう、異才だった。


 (なんと表現すればいいのかしら……魔法に対する、圧倒的な情報量の膨大さ? これが、ケルンが魔法を使う時の感覚……何もできない盲者(・・・・・・・・)ね、良く言うわ。出鱈目よ、こんなもの。もしケルンが……何らかの魔法適性を持っていたら、魔法制御の為の魔法陣ですら必要ない。その魔法は、終わる――使用者の意思によって、如何様にも姿を変える魔法。それは研究の必要も、他人が口を挟む余地もない、万能魔法よ……!!)


 リセリルカの唇は自然と震え、引き攣った笑みの形を作った。

 興奮を隠しきれない様子で、(ひとり)()つ。


「これは偶然? それとも貴方達は、ケルンが盲目で生まれて来た時から確信があったのかしら……!? 何れにせよ……喜びなさい、ツィリンダー夫妻。ケルン・ツィリンダーは紛れも無い、天才よ……!?」


 ケルンの怖がる『世界』の中で一人、リセリルカという少女が彼の才能を認めた瞬間だった。

 それを知ってか知らずか、ケルンは幸せそうに気絶しているのだった。


***


 『追体験』でケルンの感覚を覗き見たリセリルカ。

 それから一つ発想を得た彼女は、手に纏った紫電を放射状に放ち地面に這わせる。

 リセリルカはケルンのように、両手の指先一本ずつから雷を伸ばしているわけではなく、『紫電波(レーダー)』の要領で、雷が地を走り広範囲に広がっていくよう調整していた。


凹凸(おうとつ)までは分からないけれど、大きな障害物が有るか無いかくらいなら分かるわね。私の前方1M(メルト)程前に感じているこの抵抗感は……倒れているケルンか。ああもどかしい!! 目で見ることができればどんなにか楽でしょうに!!)


 暫く魔法の感覚を確かめていたリセリルカは、慎重に歩いてケルンから距離を取ると、おもむろに靴を脱ぎ始めた。

 (ヒール)の低い、白を基調に金の刺繍が入っていた、今は赤黒く血で汚れているブーツを放り投げる。

 煤けた膝下まである靴下も脱ぎ捨て、素足になったリセリルカは、眩い程の電掣(でんせい)を足裏から半径2M(メルト)程度の短い距離まで伸ばした。

 いっそ悍ましい程の放電音を上げ、周囲を閃光の如く紫電が照らし上げる。


(ダメ、まだ分からない(・・・・・)……もっと電力がいるのかしら? それとも、そもそも込めた魔力量と感覚は関係がないのかも。大きな障害物の有無が分かっても、足元の微細な段差や凹凸が分からない事には走ったりできないだろうから、地形探査にはどうしても足元の情報が必須なのよね)


 バチバチと甲高く響く雷鳴が気づけになったのか、リセリルカの後方で伸びていたケルンが、のっそりと起き上がった。

 彼が纏う黒い雷が、状況認識の手助けをするかの如く、周囲を駆け回る。


「う……ん? 何がどうなって?」


 リセリルカの思考が、その独り言で打ち切られた。

 彼女は手加減はしたものの、かなり魔力を込めて雷を放っていた。

 半刻は伸びたままだと予想していたが、すぐ起き上がって来たケルン。

 リセリルカはある種確信を持ってその問いを発する。


「おはよう、早かったわね。何の加護(・・)?」

「その声は……リセリルカ? 加護なんて大層なもの、俺は持ってないよ。むしろ目が見えないことをずっと呪い(・・)って言われてるし……」


 生まれながらに『世界』に愛される者は、異常な膂力を持っていたり、他人より優れた魔力を持っていたりする――加護とはそういったヒトが持つ突飛な能力のことだ。

 反対に、生まれながらに『世界』に愛されない者もいる。目が見えない、音が聞こえない、声が出ない、味がしない、触れても何も感じない――呪いとはそういったヒトが持つ障害の事。言うまでもなく、彼ら彼女らは健常者(たにん)に嘲られる。

 なんといっても、『世界』に愛されていないのだから。

 お前は要らないぞと言われているに等しいのだから。


 (ケルンの魔法の感覚は、どう考えても人並みではなかった。本当に呪いなんてものがあるのなら、そのヒト種は『世界』から愛されてはならない、才能なんてものがあってはならない、だから――)


 リセリルカは確信をにじませる顔つきで、ケルンに告げる。


「貴方は、呪われてなんかいないわよ、きっと。伸びている間に色々と調べさせてもらったけれど、魔法の才能がケルンにはあるわ」

「えぇ、嘘だあ……俺、さっきの『電転(でんてん)』が初めてだったんだよ? 魔法を使ったの」


 その返答を聞いて、呆れたようにリセリルカはため息を吐く。


「……普通扱えないものなのよ、普通の魔法もだけれど、特に雷魔法は。私これでも、二人目だったの」

「え、何が?」

「世界で雷魔法を扱えるのが、私と師匠の二人だけだったということよ」


 ぽかんと呆けたように、ケルンは首を傾げた。


「……? 俺が三人目ってこと?」

「そーよ」


 呆れがちに放たれたリセリルカの肯定の言葉に、ケルンの口角が上がる。

 齢八、褒められたい年頃の少年は、たまらないといった風に頬を掻いた。


「なんか、こんなに褒められたことが無いから、慣れないなぁ……!! あれ? 一つ質問なんだけど、どうしてそんな魔法を俺に使わせようと?」


「一つは、盲者である貴方の感覚が役に立つと思ったから。私も自分で潰したとはいえ目が見えないし。補足で言うけれど、『電転』には他人の感覚を知れるよう細工がしてあるのよ。もう一つは……そうね、試したかったの」


 リセリルカの声音が真面目なものに変わり、ケルンも緩んだ頬を引き締める。


「……何を?」

「貴方を見出した私の感性と直感を――正しかったわ、磨けばケルンは化ける。リセリルカ・ケーニッヒが保証してあげる」


 その言葉を聞いた瞬間、ブルリと震えたケルンは神妙な顔をして呟いた。


「……分かったよ」

「何が?」


 リセリルカが問い返すと、ケルンは嬉しいのか苦しいのか分からないような表情に顔を歪め、大声で叫び返した。


「――リセリルカは俺を褒め殺しにする気だろ!?」

「……殺すなら剣で一撃よ、わざわざそんな面倒なことしないわ。馬鹿なこと言ってないで協力して頂戴な、ケルンの感覚があれば即興だけど『地形探査』ができるから」


***


 『地形探査』ができるというリセリルカの言に従って動いたケルン。

 ――そこには、同齢の金髪少女におんぶされる情けない少年の姿があった。


「いやさ、『馬鹿なこと言ってないで』ってリセリルカは言うけどさ……今度はナニコレ!? 馬鹿はお前だろ!?」

「はぁ!? 今『お前』って呼んだわね!? 始めて言われたわよ生まれてこの方!! いいから黙って足元の凹凸を調べてなさいな!!」


 リセリルカが遠距離の障害物の有無を調べ、ケルンが足元の凹凸を調べる。調べた凹凸の感覚を『電転』の『追体験』でリセリルカが追えば、即席の『地形探査』が可能――そう考えたリセリルカは、有無を言わさずケルンをおぶった。

 履き直した靴の踵をコンコンと地面に打ち付け、一歩、二歩踏み出して感覚を確かめる。


「……よし、いい感じよケルン。これでようやくゲリュドの追跡ができる」

「もう目を治せば――」「何か言った?」

「イイエ、ナニモ」

「そう。じゃあ、行くわよ? 魔法の操作ばかりに感けて、振り落とされないよう気をつけて――ねっ!!」


 紫電の光と黒雷(くろいかづち)の闇が洞窟内に伸びていき、二人の姿が掻き消えた。


***


「ケルン、一旦止まるわっ!!」

「ちょおッ、怖い怖い怖い!! 降ろしてリセリル――ええッ!? 止まるの!?」


 リセリルカが進行方向を変えれば、ケルンの体はぐいんと慣性に引っ張られた。足元の凹凸の感触が、凄まじい速度で過ぎていくのを感じて。

 耳を(つんざ)く雷鳴と風切り音を絶えず聞いて。

 絶えず『怖い降ろして!!』と恥じもへったくれもなく叫んでいた彼は、急な制動に耐えきれずリセリルカの後頭部に鼻を強打した。


「あいたっ……あら、大丈夫ケルン?」


 頭部に衝撃を感じたリセリルカ。

 次いで呻くようなケルンの声を聞いて、心配そうに声を掛ける。


「大丈夫じゃない!! もっと盲者を労わってくれ!!」

「ごめんなさい、ちょっと見えない視界で走るのが面白くなってきたのよ、許して頂戴。それに、急停止した理由もあるの」


 リセリルカとケルンは、通路から少し開けた空間へ出ていた。

 10M(メルト)四方程度のその空間には、中央に平行六面体の怪しく青に光る結晶が浮かんでいた。

 地面には緻密に魔法陣が描かれている。


「ケルン、雷を伸ばして地面を調べてみて?」

「また急だね……いいけどさ」


 ケルンは自らが纏う黒い雷を、魔法陣に沿って這わせてゆく。描かれた魔法陣は、その文様を黒く変色させた。

 ケルンが感じている魔法陣の感触を、リセリルカも拾っていく。


「……なにこれ?」

「当たりね、簡易転移魔法陣だわ。本家の転移魔法陣とは程遠い出来だけど。『転移石』を使ったときここに飛んでくるようになってる」


 転移という言葉にあまり聞き覚えの無いケルンは、首を傾げる。


「ごめん、良くわかんない。転移? 『転移(ゲート)』は聞いたことあるけど」

「……ゲリュドはツィリンダー魔法具店から、貴方を攫ってここへ瞬間的に移動してきたってことよ」


 (その後ケルンを背負うなりして、私が戦ってた小部屋へ向かおうとしていた……構成員から助けを求められて、それに応じずケルンを放り投げて逃げたってとこかしら)


 リセリルカがゲリュドの行動に思考を巡らせていると、ケルンの懐の『拾音(じゅおん)器』からどこか気の抜けたような声が響いた。


『そろそろ、会っている頃かと思って。ケルン? それにリセリルカ様、無事ですか~!』


 ふわふわと揺蕩うような声が、その場に反響する。

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