マグダと猫達のロンド 1
4歳になったばかりのマグダには大切なものが3つあった。
1つ目はパパとママがくれたクマのぬいぐるみだ。ヨルクと名前を付けて毎日一緒に寝ている。
2つ目はこの前の誕生日にマグダの祖母であるロゼッタおばあちゃんがくれた遠見筒だ。
30センチくらいの筒で、眼を付けて覗いてみると遠くが近くに見えるという不思議な筒だ。
最近寝る前には自室がある2階の窓から空に浮かぶ月を遠見筒で見るのが、マグダのお気に入りだ。
3つ目は猫のウラ。真っ白できれいな毛に後脚だけ黒い色をしている。まるで靴下をはいているみたいなメスの猫だ。
マグダが生まれた直後から一緒に育ってきた猫でマグダの遊び相手でもある。
マグダとウラは同じベッドで寝て、一緒に食事をし、喧嘩をして、遊んで、同じように愛情を両親から受けて育ってきた。それはまるで姉妹のようだった。
そして両者は、その日まではとても良好な関係を築いていた。
その日のウラは、様子がおかしかった。あまりマグダに近寄ってこないし、機嫌も悪そうだった。
何かの病気にでもかかったかとも思ったが、ご飯はちゃんと食べていたし、むしろいつもより勢いよく食べていたようにも見えた。
夜になり、マグダが自室のベッドでクマのヨルクを抱えていると、ウラが窓から部屋へ入ってきた。
「ウラ、今日はなんかおかしくない?」
そう言って、ヨルクを抱えていた手とは反対の手でウラに触ろうとした瞬間、マグダはウラに引っかかれてしまった。
マグダは大好きなウラに引っかかれたことにショックを受けると同時に、引っかかれた拍子にウラの爪がヨルクに引っかかり少し破れてしまったことに、猛烈に腹を立てた。
マグダはその時の感情をどうすればいいのかわからなかった。
怒っていいのか泣いていいのか、頭が混乱した状態で癇癪を起してそれをウラにぶつけてしまった。
「もう!ウラのバカ!あんたなんか大嫌いなんだから!どっかいっちゃって!ウワーン!!」
マグダの泣き声に気付いたママが部屋にやってきたときにはウラは既に姿を消していた。
ほつれたクマのヨルクはその日のうちにママが縫い直してくれた。
引っかかれた手はちょっと赤くなった程度だった。翌日にはほとんど目立たない程度に治った。
マグダはウラが帰ってきたら絶対に仲直りしようと思った。びっくりしてああは言ってしまったけど、本当はウラのことが大好きだったから。
でもその後、3週間経ってもウラがマグダの元に帰ってくることはなかった。
ウラと、マグダの関係だけが治らなかったのだ。
パパとママも、いなくなったウラを探してくれたけど、ウラは見つからなかった。
ウラと喧嘩した日から、マグダは高台に建つ自宅の2階の自分の部屋の窓に張り付き、ロゼッタおばあちゃんがくれた遠見筒でウラの姿を探すようになった。
昼でも、夜でも、時間があればマグダは遠見筒を覗き続けた。
パパとママは、そんなマグダといなくなったウラを心配して、色々と知恵を絞ったけれども良い解決方法を思いつかなかった。それで遂にはロゼッタおばあちゃんに相談をすることにした。
夕食を終え、マグダが早々に部屋に引きこもるのを心配しつつ、パパとママとロゼッタおばあちゃんの相談は始まった。
「母さん、僕たちも何もしていなかった訳じゃないんだよ。伝手を頼って探し猫の張り紙もお願いしているんだ。でも見つからなくって、一体どうしたらいいんだろうか」
「いいわ、私もウラを探すのを手伝いましょう。あんなマグダをいつまでも見ているのは辛いもの。そうね、王都新聞に探し猫の広告を懸賞金付きで乗せるなんてどうかしら。うん、いいわね。早速明日にでも手配しましょう。もちろん懸賞金は私が出すわよ」
「でも、お義母様にそこまでしていただくわけには……」
「いいのよ、可愛い孫のためだもの。それにウラは私が連れてきた子よ。マグダと引き合わせた責任もあるわ」
そのように3人の話し合いが行われている一方で、夕食を食べ終わって早々に2階の部屋に引きこもったマグダはいつものように遠見筒を覗き込んでいた。
空にはお月様が浮かんでいる。白い毛色のウラなら月明かりがあれば十分に探せるかもしれない。
その時、遠見筒を通してマグダの目に飛び込んだのは、5軒向こうの屋根の上を優雅に歩くネコの姿だった。
「あ!ウラ!」
しかし、次の瞬間、マグダはおかしなことに気が付く。それは確かにネコだったが黒い色をしているようだった。そして、ネコなのに何か上着のようなものを着ているように見えた。
「変なの!服をきてるネコちゃん?ウラじゃないのかな」
暗闇の中、見失わないように遠見筒でその姿を追い続けると、黒ネコは屋根からにょきにょきと生えている煙突の向こう側に一瞬姿を消してしまった。
すぐに煙突の反対側から出てきた黒ネコは、先程よりももっとおかしなことになってた。いつの間にか”帽子”をかぶっていたのだ。
それは羽飾りが付いたチロリアンハットと呼ばれる帽子だったがマグダは帽子の名前を知らなかった。
尚も、マグダが遠見筒で黒ネコを追い続けていると、再び煙突でその姿が見えなくなってしまう。
そして、再び姿を現した黒ネコにマグダは目をまんまるにして驚くのだった。
黒ネコは”2本足"で立って歩いていたのだ。しかも、身体もふた回りほど大きくなっている気がする。
「えー!!」
その時驚きのあまり、遠見筒から目を離さなかった自分をマグダは褒めてあげたかった。
次の瞬間、2本足の黒ネコはマグダの方に顔を向けると、ネコが嗤うとこんな顔になるのか、という表情をした。
そして、マグダが驚きのあまり忘れていた瞬きをした瞬間、黒ネコの姿は幻だったかのように消えてしまっていた。
(あの変なネコちゃんは、絶対に私を見て笑ったわ!)
マグダはしばらくの間、消えてしまった2本足で歩く黒ネコを遠見筒で探し続けたが結局、再び見つけることはできなかった。
マグダは勢いよく部屋から飛び出すと一気に階段を駆け下りた。
「ママー!変なネコちゃんがいた!」
1階のリビングで話をしていたパパとママとロゼッタおばあちゃんは、この頃沈みがちだったマグダが興奮した様子でリビングに駆け込んできたことに驚いた顔を見せた。
「ママ!パパ!変なの!変なネコちゃんがいたの!」
「マグダ、少し落ち着きなさい。ウラが見つかったのかい?」
「違うの!ウラじゃないの!ウラを探していたら変なネコちゃんがいたの!」
「どんなネコちゃんだったんだい?」
「普通に!普通に歩いてて!服着て!帽子かぶって!あと!歩いててこっち見て笑って、パッて消えちゃったの!」
一向に話が見えてこないマグダの言い分にパパとママは目を合わせて首をかしげるだけだ。
「もしかして、マグダは夢を見ていたのかもしれないね。遠見筒でウラを探すのもいいけど、夜はちゃんと寝ないとだめだよ」
パパは優しくマグダを諭すが納得がいくわけがない。
「もー!絶対!絶対に絶対にいたの!変なネコちゃん!」
聞き分けのないマグダにパパとママも困り顔だ。
「マグダ、ちょっとこっちへいらっしゃいな。おばあちゃんと少しお話ししましょう」
ロゼッタおばあちゃんがニコニコしながら”おいでおいで”をしてマグダを呼ぶと、ちょっと落ち着いたのかマグダは大人しくロゼッタおばあちゃんが座っていたソファの隣に腰かけた。
「マグダ、もう一度おばあちゃんに不思議なネコちゃんのことを教えてくれるかしら」
「うん、あのね……」
マグダは2階に上がってウラを探し始めてから自分が見たことを、もう一度ロゼッタおばあちゃんに話をした。さっきよりも、今度のほうが落ち着いて上手に話せたような気がする。
「おばあちゃんも、やっぱり夢だったと思う?」
不安そうに見上げてくるマグダにロゼッタおばあちゃんは、パパとママとは違う答えをくれた。
「マグダ、それはきっと猫妖精よ。なかなか会えない妖精なのよ。マグダはとても運が良いのね」
と重大な秘密を告げるようにそっと、それでいて茶目っ気たっぷりにウィンクして教えてくれた。
それを聞いてマグダはパッと表情を明るくし。
「やっぱりあれは夢じゃないよね!」
「えぇ、そうね。夢ではないわよ。猫妖精はいい子のところにしか現れないの。マグダはとってもいい子だものね」
そう言うロゼッタおばあちゃんの話を聞いて、マグダはまたに不安に思い始めた。
「どうしよう……私、あんまりいい子じゃないかもしれないわ」
「あら、そうなの?どうしてそう思うのかしら」
「だって、ウラと喧嘩しちゃったもの。まだ”ごめんなさい”って言っていないもの」
「大丈夫よ。だってウラのことをとても心配して、ちゃんと”ごめんなさい”って言いたいのでしょ。マグダはとても優しくていい子だとおばあちゃんは思うわよ」
「おばあちゃん、猫妖精はウラがどこに行ったか知らないかなぁ」
「そうね、猫妖精なら知っているかもしれないわ。今度会ったらウラのことを聞いてみなさいな」
「うん、そうする」
こうしてマグダは、遠見筒でウラを探すことに加えて、不思議なネコちゃんこと猫妖精を探すことになったのだった。