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幻想千夜一夜  作者: Ming
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義賊クロネの事情 2

 3000年以上の昔、現在の王国がある位置よりはるか西に砂の国と呼ばれていた場所があった。国といっても小さな部族がオアシスを中心に細々と生活している王のいない国だ。

 ある日、その国に1体の妖精が生まれた。妖精は砂の妖精サミアッドと呼ばれた。

 サミアッドは純粋な子供の願いをかなえる善良な妖精だった。サミアッドは生まれて数百年の間、少しずつ願いの力を溜め続けた。

 後にジニと呼ばれる魔人に生まれ変わったのは生まれて1000年を迎えたころだろうか。ジニはランプや指輪に宿り、持ち主の望みをかなえる魔人だった。叶える願いは善悪を問わなかった。

 それから更に1500年の時が経ったころ、ジニは呼び出した者の魂と引き換えに望みを3つだけかなえる”願いの悪魔”となった。それ以降はアルベルトと名乗ることにした。

 アルベルトとなってからは砂の国に限らず、世界中から召喚の魔法陣で呼び出され、多くの人の願いを聞き、その幸運と不幸を見てきた。

 妖精として生まれて落ちてから約3000年、アルベルトは今、世界の中心にある王国へ呼び出され、主の願いをかなえるためにこの地で人として生活をしていた。


 夜、書斎で書き物をしていたアルベルトは”強い願いの気配”を感じ、興味を抱いた。魔法陣による呼び出しではなく、”願いの想い”だけで呼ばれるのは何百年ぶりだろうか。

 隣の部屋にいるはずの妻に気付かれないよう書斎を抜け出し、願いの気配を辿(たど)った結果、たどり着いたのは小さな教会だった。そこでアルベルトが見たものは黒髪の少女の亡骸と、その傍らでもう間もなく命を終えようという黒猫だった。願いの気配はその黒猫から発せられたものだった。


「ふむ、猫に呼び出されたのは初めてだな。これは面白い。君は”願いの悪魔”たる私に何を願うのかね?」


 黒猫のトパーズ色の瞳はジッとアルベルトを見据えている。ロジィネは力を振り絞ってその願いを伝えた。


(クラーラを・・・助けてほしいの)

「そこの彼女のことかね?それは無理だ。すでに彼女の命は尽きている。それは私の力の及ぶところではない。君も彼女が死霊として長らえることを望んでいるわけではあるまい」

(なら、私の命を使ってちょうだい)

「君のその死にかけの命をかね?それでは足りぬよ」

(私の6番目と7番目と8番目と9番目の命を使えばいいわ)

「なるほど、猫は9度生きるという。君はすでに5度生きた猫だったか。確かに4つの命があれば十分、君の願いをかなえることができるだろう。だがそれでは君は次の生を受けることが出来なくなるぞ」

(それでいいわ)

「ふむ、実に興味深い。気まぐれだと思われている猫の願いがこのように純真で献身的なものとはな。子供の願いをかなえていた遥か昔を思い出したぞ」


アルベルトは機嫌よくそう言うと黒猫の願いをかなえてやることにした。


「いいだろう、君にとっても、その少女にとってもそう悪いようにはせぬよ。私に任せたまえ。なに、今宵の私はすこぶる機嫌が良い。今回の支払はロハとしようではないか。しばし生まれ変わるための眠りにつきたまえ」


こうして、ロジィネが5度の生を終えると同時に、願いの悪魔アルベルトとの契約が成立した。



 次にロジィネが目を開けると、狭く暗い場所に閉じ込められいることに気が付いた。

 すぐ近くで大好きなクラーラのにおいがする。どうやら一緒に閉じ込められているようだ。クラーラと一緒なら安心だし、狭い場所は嫌いじゃない。

 ふと目に赤いリボンのついた編み上げブーツが目についた。つい最近、私の宝物になった靴(・・・・・・・・・)だ。

 そこまで考えてロジィネはあれ?と思う。

 この靴はクラーラの宝物でロジィネの宝物ではない。それにロジィネは、真新しい靴よりも、履き古されてクラーラのにおいが染みついた古い靴の方が好きだった。よく靴に頭を突っ込んで笑われていた。


 けど思う。これ(くつ)は私の宝物だ。


 そうか、私はクラーラ(ロジィネ)になったのか。

とても不思議な気分だった。ロジィネ(クラーラ)クラーラ(ロジィネ)。そういえば私の身体はどうなっているのだろうか。自慢の黒い毛並もぴんとした長いしっぽも健在だ。でもなにか違う気がする。


 棺の蓋を手で(・・)開けて外に出て立ち上がると(・・・・・・)伸びをした。今は夜のようだ。あれ?手を使った?2本足で立っている?いや、おかしいことはない。私はクラーラ(ロジィネ)なのだから。身体はロジィネのときよりも2回りくらい大きくなっている。

 手を使うことも、2本足で立つこともクラーラ(ロジィネ)にとっては自然のことで違和感はない。

 試しに編み上げブーツに足を入れてみるとこちらはブカブカだった。もうこのブーツを履けないのかと少し悲しい気持ちになる。尻尾が気落ちしたようにへにょんと垂れ下がった。


「ふむ、どうやら無事に猫妖精(ケット・シー)に生まれ変わったようだな」


 声にクラーラ(ロジィネ)が振り向くと、いつの間にかアルベルトが立っていた。


「まさか、こんな結果になるとは思ってませんでした。でもクラーラ(ロジィネ)と一緒なら、まぁいいかなって思っています」

「少女の身体はすでに命が尽きていたから使えなかった。すまないが猫の方を素体とさせてもらったよ。まぁ、気に入ってくれたなら何よりだ。どれ、君の新たな生を祝して贈り物をしようではないか」


 そういうと、アルベルトは手を横にすぅっと払うような仕草をした。するとクラーラ(ロジィネ)の頭には羽飾りが付いたチロリアンハットが現れた。身体には前面が黒、背面が紫の布地に赤と金の糸で刺繍が施されたベストが着せられ、胸のポケットから赤いハンカチーフが覗いている。手には黒の柔らかい革でできた手袋、腰にはベルトと身長にあった細剣が下げられている。いつの間にかブカブカだった赤いリボンが付いたブーツはぴったりのサイズとなっていた。


「今のままでは不便だろうから名前を新たに決めるといい。そうだなクラーラとロジィネを合わせてクロネというのはどうかね?」

「クロネ。クロネ。素敵ね。使わせてもらうことにするわ。靴も服もありがとう。名前も服もとても気に入ったわ」

「なに、可愛い後輩(ようせい)のためであるからな。礼には及ばん。それに、君はもともとディードリンデ商会に勤める予定だったと聞いている。従業員に制服を支給するのは当たり前ではないか。もっともそれは商会の正式な制服ではないがね」

「え、制服?」

「ディードリンデ商会の会長は私の妻だ。結果としてこうなってしまったが、人間ではこなすのが難しい仕事は君に頼むことにしよう。本来の雇用とは違うが私が雇う形にすれば問題ないだろう。まぁ困ったことがあったら私に言いなさい。なるべく力になろう。私は悪魔と呼ばれる存在だが、人間以外には親切なつもりだ」

「えぇー!!!」


 アルベルトは商会の副会長で会長の旦那だった。何をやっているんだ、願いの悪魔と思わなくもないが、ひとしきり驚くとクラーラ改めクロネは紆余曲折はあったものの、どうやら当初の予定通り商会に雇われることになりそうだと、感謝をするのだった。


クロネの願いはこうしてかなうことになった。




「あの、それで私は何をすればいいんでしょうか」


 アルベルトに商会の立派な書斎に連れられてこられたクロネはまさに借りてきた猫だった。書棚にぎっしりと詰まった本やガラスの扉が付いた棚には珍しい置物や、お酒がたくさん置かれている。上等な絨毯やソファといった家具、高そうな本に囲まれて落ち着きのないクロネにアルベルトは語りかける。


「私は妖精や精霊を縛るようなことはしたくはない。当面は、君は自分の望むことをすれば良いだろう。時折、仕事を手伝ってもらうこともあるだろうが、それはその時々に説明をするので心配する必要はない」

「あの、孤児院に仕送りをしたいので不定期でない仕事をしたいです。字も書けますし、計算もできます」

「ふむ、だがその姿では通常の業務は行えまい。そうだな……君はちゃんと猫妖精(ケット・シー)としての力は自覚しているかね?」

「はい、大丈夫です」

「よろしい。ならばまず人の姿になりたまえ。だが、クラーラの姿はいかん。彼女は既にこの世にはいない」


 確かにクラーラの姿で知り合いに会ったらまずいし、立ち上がった状態で70cmほどしか身長がないクロネ(ケット・シー)に事務仕事は難しそうだ。そう納得すると、クロネは自分の姿を人に変えることにした。

 ひょいっと飛び上がってくるりと前宙返りをして着地した時、そこには25歳前後の黒髪にトパーズ色の瞳をした女性が立っていた。

 クラーラがそのまま大人になっていたらこんな感じに育つのだろうか。

 白いシャツの上に前面黒、背面紫のベストを着て、手には黒い薄手の手袋をしている。髪の毛は鳥の羽飾りのついたバレッタでまとめられ、アンダーには黒いパンツスーツを履き、足元は赤いリボンが踵についた編み上げブーツという装いだ。


「こんな感じでどうでしょうか」

「ふむ、いいだろう。私が個人的に雇った秘書という形にしておこう。しばらくは支店で行っていたような雑務をしてもらう。別の仕事は追々覚えて行けば良いだろう」

「はい、ありがとうございます」

「私もだが、(ようせい)は眠る必要はないだろう。先ほども言ったが、通常業務の時間帯以外は好きにするといい。ただ、早めに君自身の力を把握することを推奨しよう。それが君のためにもなる」

「わかりました。ありがとうございます」


 それからしばらく、クロネの生活は日中アルベルトの元で人として働きながら仕事を覚え、夜は猫妖精の姿で王都の街を当てもなくフラフラと見て回る日々が続いた。その中で自分の力を少しずつ確かめるということを繰り返し、徐々に自分の力になれていく。

 時には孤児院の様子を見に行ったこともあったが、今の姿のまま神官やシスターに会う訳にもいかない。

 それでも、気が付けば夜になると孤児院の屋根で過ごすことが多くなり、帰りたがっている自分にクロネが気が付くまでにそう長い時間はかからなかった。



 帰りたくても帰れない。あの夜、孤児院を抜け出したハイノの気持ちがわかった気がした。

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