マグダと猫達のロンド 3
翌朝、妙に記憶に残ったままの夢の事を起きたばかりの寝ぼけた頭で考えていたマグダだったが、昨晩のクロネとの出来事を思い出すと夢の事はあっという記憶の片隅に追いやられてしまった。
「あ!ネコちゃん魔法!」
急いでベッドから飛び降り数回飛び跳ねてみたが、昨晩屋根の上を走り回った身軽さが感じられずクロネの魔法が解けていることはすぐに分かった。
マグダはそのことを残念に思いながらも、昨夜の奇跡のような出来事を思い出す。
出来れば、昨晩のことはちゃんと話しを聞いてくれそうなロゼッタおばあちゃんに話したかった。
だから結局パパやママには何も話さずいつもと変わらず日中を過ごすことにした。
しかし、隠し事をしながらいつもの通りに過ごすといっても4歳児のやることだ。
いつもよりソワソワしているマグダにパパもママも気付いていたが、ここの所、暗い表情をしていることが多いマグダが落ち着きが無いながらもどこか楽しそうにしていたため、結局何も聞かずに見守ることにした。
そしてその日の夜、マグダは再び自分の部屋の窓から遠見筒で街を見まわしていると妙なものを見つけた。
小さな編み上げのショートブーツが履き主も無い状態でこっちにスキップして向かってきているのだ。
妙なものとは言いながらも屋根を飛び越え撥ねるようにスキップするそのブーツには見覚えがある。
昨日の夜にクロネが履いていたブーツに間違いなかった。
それにしてもクロネはどんなつもりでブーツだけをスキップさせているのか。ブーツはマグダの家の目の前まで来ると、ひらりと宙を舞いマグダの待つ部屋の窓から音もなく入り込んできた。
ブーツを目で追うマグダに、クロネが不思議そうな声で問いかけた。
「あれ?もしかして私のこと見えてるのかしら?」
「うん、クロネちゃんのブーツが見えているわ」
「あ、本当だ。失敗失敗、消すの忘れていたわ」
ブーツがくるりと宙返りをするとそこに昨日と同じ姿のクロネが現れた。
「改めてこんばんは、マグダ。今日も良い夜ね」
「こんばんは、クロネちゃん。今日もお月様がきれいね。ねぇ、今日もネコちゃんたちにお話を聞きに行くの?」
「うん、そうしたいところなんだけどね、実は昨日マグダをお家に送った後に近所はあらかた聞いてきちゃったのよ」
「えー、じゃぁ今日は魔法なし?」
「うん、まぁ場合によるけど……あとね、ちょっとウラの手がかりになりそうな話が聞けたの」
「ウラ見つかったの?!」
「いいえ、見つかっていないわ。でもウラのことを知っていたらしい人がいたのよ」
クロネの話によると、ウラには彼氏ネコがいたらしいのだ。
「らしい」というのは、クロネはその彼氏ネコには会っていないからだと言う。
その話は彼氏ネコの友達だというネコから聞き、そして、残念ながら彼氏ネコは3週間ほど前に馬車に轢かれてすでにこの世にはいないという。
「ウラにボーイフレンドがいたの?!」
「そうみたいね。ただ、さっきも言ったけどその人はもう亡くなっているみたい。で、話を聞いた人はその彼氏さんのお友達なんだって。残念ながらウラに会ったことは無いみたいだけど、彼氏さんが亡くなる前に、可愛い彼女が出来たって喜んでいたって」
「ふうーん」
返事はするもののマグダは所詮4歳だ。半分以上は聞き流している。大事なことはウラがどこにいるかということだけなのだ。
結局、この日は昨日回りきれなかった比較的遠方の集会所を回ったが、収穫は何もなかった。
その後も毎日ではないがマグダとクロネは夜の街に繰り出した結果、最近ウラらしき姿を見たというネコには何人か会うことはできたが、足取りはというとさっぱり情報は得られなかった。
しかし、ウラが生きているということはどうやら確定のようだ。それだけでも明るいニュースと言えよう。
そうしてウラの足取りを探す日々の間も、マグダは例の子供が母親を呼ぶ不思議な夢を見続けていた。
そのことに不思議に思っていたマグダはある日の夜、クロネが来た時にそのことを相談してみることにした。
「クロネちゃん、最近変な夢を見るの」
「どんな夢を見るの?」
「えっとね、子供?あかちゃん?がお腹が空いた!ってママを呼んだり、子供同士で喧嘩?したり遊んだりする夢なんだけどいつも子供もママも声だけで姿が見えないの」
身振り手振りで夢を説明するマグダの話をまとめると、かなり幼い子供が4人くらいいて、1人の母親が声だけ夢に出てくる。子供は毎回いるが、母親は出てこない日もある。そして母親の声はとても親しみが持てる声だということが分かった。
「ふーん、何回も似たような夢を見るというのは不思議ね。それは昨日も見たの?」
「昨日は見てないわ。一昨日とその前の夜はみたかもしれないわ」
「その前は?」
「見てない……と思う」
そこまで聞いて、クロネは気が付いた。
「もしかして私が会いに来た夜にその夢見てるのじゃないかしら」
「あ!そうかも!」
「と言うことは……もしかして……マグダ、今日の探索無しよ。ちょっと調べたいことがあるの」
そう言うとクロネは「少し待っててね」と言い残し、窓から飛び出していった。
クロネはものの10分ほどで帰ってくるとあっさりと言い切った。
「マグダ、ウラが見つかったわ」
「え、本当!?」
「えぇ、でもすぐには戻ってこれないそうよ。そうね、来週には戻ってくるって言っていたわ」
「なんで?すぐに戻ってこれないの?」
「すぐには動けないそうよ。でも心配はしないでって」
「ウラ、怪我してるの?」
「してないから安心していいわ」
「そっか……あ、クロネちゃん!ウラを見つけてくれてありがとう!」
「ふふ、どういたしまして。今日はもう帰るわ。早くウラが帰ってくるといいわね」
「うん!」
この夜以降、マグダが不思議な夢を見ることは無くなった。
翌朝、起きたマグダは「もうすぐウラが帰ってくる!」それだけでご機嫌た。
いつにも増して機嫌のいいマグダにパパもママも不思議そうにしている。
「おはよう、マグダ。何かいいことでもあったのかい?」
「あのね!もうすぐウラが帰ってくるの!」
「ウラが見つかったのかい?」
「うん!クロネちゃんが見つけてくれたの!」
「クロネちゃん……お友達かい?」
「そうよ!とっても素敵な友達よ!」
パパもママも、マグダの交友関係は把握していたが、クロネという名前に聞き覚えは無かった。
しかし、ウラがもうすぐ帰ってくると言い、マグダもウラがいなくなる前の明るさを取り戻している。それだけで悪いことではあるまいと、細かいことを聞くのは止すことにした。
「そうか、良かったね、じゃぁウラを探してくれているロゼッタおばあちゃんにも見つかったことを教えてあげないとね」
「うん!あー、早くウラが帰ってこないかなぁ」
その夜、パパとママに呼ばれたロゼッタおばあちゃんが家に遊びに来ると、マグダは早速ロゼッタおばあちゃんの隣に座りいろいろと話し始めた。
猫妖精のクロネに会ったこと、クロネの魔法で夜の街を飛び回ったこと、クロネがウラを見つけてくれたらしいこと。
ロゼッタおばあちゃんは、いちいち頷きながらニコニコとマグダの話しを聞いている。
「ウラが帰ってきたらそのクロネって猫妖精にはちゃんとお礼を言わないとねぇ」
「もうお礼は言っちゃったわ!でももっとたくさんお礼言うわ!」
「そうね、そうすると良いわ」
それからの1週間、マグダはずっとソワソワしながら過ごした。
そしてついにクロネが言った1週間がたった夜、マグダはウラやクロネを探すためでなく、夜空の星を眺めるために部屋から遠見筒を覗き込んでいた。
マグダはふと”夜”に頬を撫でられたような気配を感じて振り向くと、そこにはいつの間にかクロネが佇んでいた。
「こんばんは、マグダ。約束通り、ウラがもうすぐ帰ってくるわよ」
「クロネちゃん、こんばんは。本当?もうすぐ?」
「ええ、ほら」
クロネがそう答えるのと同時に、背後から”久しぶり”と言わんばかりの「にゃぁ」という懐かしい声が聞こえてきた。
窓から入ってきたのは真っ白な毛並に後ろ脚だけ靴下をはいたような黒色をしたネコ。
「ウラ……ひどいこと言ってごめんなさい……お帰り」
そういって迎え入れようと両手を伸ばしたマグダを見つめていたウラは、ふいっと再び窓の外に出て行ってしまった。
「え……?」
「ふふ、マグダ心配はいらないわ。ほら」
ウラは怒っているのか。そう不安がるマグダにクロネが安心させるように言うと、ウラが再び窓からひょいと姿を現した。
それを見てマグダは目をまんまるにして驚く。
「ウラあなた……」
窓枠から飛び降りたウラがマグダの足元に咥えていた仔猫をぽてっと置いた。そしてチラっとマグダを見ると再び窓の外へ出る。
それを更に3回繰り返しマグダの足元には白と黒と白黒と、もう一匹白黒と4匹の仔猫が小さな声でにゃぁにゃぁと鳴きながらマグダの足にじゃれ付いて来るという状態になった。
「ママになったのね……」
「にゃぁ」
返事をするウラはどこか誇らしげだ。
「マグダ、ウラはどこにも行っていなかったのよ。ずっとこの家の屋根裏にいたの。私と会った日の夜から不思議な夢を見ていたこと覚えているわよね。あれは"猫はかく語りき"の魔法でウラと仔猫達の言葉を夢うつつで聞いたから見た夢なのよ」
「クロネちゃん、お願いがあるの。ウラにちゃんとごめんなさいをしたいから、にゃぁにゃぁ語の魔法を私にかけてほしいの」
「その心配はいらないわ。もう、充分伝わっているし。『子供たちを動かせるようになるまでは帰る気は無かったの。心配かけて本当にごめんね』って言っているわ」
「そう……クロネちゃん本当に、本当にありがとう。ウラもがんばったね。お帰りなさい」
マグダの足元には寛ぐウラとじゃれあう4匹の仔猫達がいる。
「さて、仲直りもできたようだしもう大丈夫ね。私はそろそろ帰るわ。あ、そうそう私の用事を忘れないようにしないとね。えっとね、私のことは他の人には内緒にしておいて欲しいのよ」
「え、どうしよう!ロゼッタおばあちゃんに言っちゃったわ!」
「あら、そうなの?まぁいいわ。ロゼッタおばあちゃんにも内緒にしてねってマグダから伝えておいて頂戴」
「うん!約束するわ!ねぇ、クロネちゃんまた会えるわよね!友達よね!」
「マグダが約束を守ってくれている限りまた会いに来るわ。マグダとは秘密の友達よ」
「秘密の友達……」
「それじゃぁ行くわ。マグダおやすみなさい」
クロネは、ふわりと浮きヒゲでチクチクとする口でマグダの頬にやさしくキスをするとそのまま闇に溶けて消えてしまった。
マグダは部屋の窓から見える優しい闇に向かってそっと「おやすみなさい」とつぶやいた。
翌朝、マグダは頬に当たる懐かしい感触で目を覚ました。そっと目を開けると予想通りウラがマグダの頬を前足でフミフミしていた。ウラがいなくなる前はいつもこうして起こしてもらっていたのだ。
枕元にはクマのぬいぐるみのヨルク、足元には4匹の仔猫たちが寝ている。
「おはよう、ウラ」
ウラはマグダが起きて気が済んだのか、踏むのをやめるとマグダの足元に向かい仔猫たちを囲うように横座りをした。
ベッドから出たマグダはこれからやらないといけないことを着替えながら考える。
パパとママにウラが帰ってきたことと、子供が産まれたことを話さなければいけない。
仔猫たちの名前を考えないといけない。
名前はロゼッタおばあちゃんと一緒に考えるのはどうだろう。
おばあちゃんにクロネのことは内緒にしてもらうようにお願いすることも忘れちゃいけない。
着替え終わったマグダは階段を一気に駆け下りる。
「パパ!ママ!ウラが帰ってきたー!!」
そして、いつもと変わらぬ王都の朝が始まる。