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<星彩堂>の見習い  作者: 猫宮 雪人
星の砂時計
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星は再び煌めく

 その日の、午後のこと。

「お嬢様、少しよろしいでしょうか」

 珍しく硬い声音で、ユリシアがそう呼びかけた。

 場所は屋敷の中……ではあるが、これまた珍しいことに、<星彩堂>の中でのことである。

 リフィーリア個人に仕えるメイドであるという自負からか、あるいはそういう約束をリフィーリアと交わしてでもいるのか、そのあたりの事情はセキトには知る由もないことである。ともあれ、ユリシアはほとんど店舗には入ることはなく、また、入るとしても一日に一回、朝早くに店内の床を軽く清掃する、その程度だ。

 その、ユリシアが。

「どうかしましたか?」

 思わず手を止めてまじまじと見つめたセキトとは反対に、おっとりとリフィーリアが首をかしげた。目の前の机には、あいも変わらず鈍器のような分厚さの書物が広げられている。ちなみにその書物の表題は、『精霊魔法における精霊濃度と魔法効果に対するユーリィ・ハイン関数の検証』だったりする。もはや意味が分からない。

「お嬢様。今朝、砂時計をお使いになりましたね。私が普段、紅茶を淹れるのに使っております、砂時計でございます」

「あぁ……」

 ユリシアの言葉に、リフィーリアは頷いた。

 リフィーリアが魔法をかけてくれた砂時計はそのあと、セキトがきちんと元の場所に戻してある。他の普通の砂時計に交じってひとつ、きらきらと星が瞬くその砂時計は、セキトの目にはどこか不思議な宝物のように見えた。

「ユリシアさん、あの、それ僕が戻したんですけど。もしかして場所間違えてましたか?」

「いえ、置いている場所は正しいのですが。これをご覧になってくださいませ」

 セキトの疑問に首を振って否定したユリシアが、前掛けのポケットからくだんの砂時計を取り出した。リフィーリアの魔法によって、白い砂の上の空間で小さな星が幾つも煌めいている。

 その砂時計を、ユリシアはことん、とリフィーリアの前に置いた。

「もう一度確認します。……お嬢様は、これに何か悪戯をされましたね?」

「悪戯というわけではないけれども……魔法を、その、少し」

 なんとなくユリシアの迫力に気圧されて、リフィーリアの声音が控えめになる。

 リフィーリアとユリシアの関係は、いわば主従関係と言える。だが、リフィーリアが子供のころからユリシアが世話をしていたらしく、二人に限って言えば力関係は逆転しているようだった。

 そもそも、屋敷内の家事全般はユリシアが一手に引き受けているのだから、ある種の家庭内権力者はユリシアだといえなくもない。ユリシアが仕事放棄をしたら、リフィーリアもシアンディーも、もちろん余禄にあずかっているセキトも、「快適で文化的な生活」を営めなくなってしまうのだから。

 ともあれ。

「……やはり、お嬢様でしたか」

 肩をすくめたリフィーリアに、ユリシアが深々とため息をついた。

 いったいどういうことだろうと思わず顔を見合わせたセキトとリフィーリアの前で、ユリシアはその砂時計をひっくりかえした。

「……あれ?」

 通常であれば、ひっくり返した瞬間から、上の器から下の器へ、砂がさらさらと流れ落ちてゆくものなのだが、その砂時計はなぜか砂がまったく動かなかった。

 まるで、下の器の空気が固まってしまったかのように。

「……ユリシア、これはその……」

 リフィーリアの弁明を遮るように、ユリシアは砂時計をつまみあげた。軽くゆすぶっても、やはり砂は動かない。

 嫌な沈黙が、場に満ちた。

 砂の流れ落ちない砂時計。器に閉じ込められた星は綺麗だけれども、本来の用途を考えると欠陥品極まりない。道具としてそれを必要としていたユリシアにしてみれば、明らかな業務妨害だ。

「……ということです。おわかりですね、お嬢様」

「はい……」

 しょんぼりと俯いたリフィーリアだったが、すぐにぱっと顔を上げた。

「あ、でも、もう一度預かってもいいかしら。ちょっと手を加えてみたいことがあるの」

「……構いませんが、今度はきちんと使える状態にしてお返しくださいませ」

「もちろん。今回は、ちょっと結果の確認を怠ったわたしのミスだもの」

 念押ししたユリシアに苦笑を浮かべて、リフィーリアはその砂時計を持ちあげた。意識は魔法使いとしてのものに切り替わったらしく、眼差しは真剣そのものだ。自分の作品を検品する職人さんみたいだな、とセキトはこっそりと思う。

「おそらく……光の固定のために空間を区切ったのが間違いの原因かしらね。範囲としては砂時計全体を指定しつつ、内側に星のための空間を作って……」

 むう、と唇を尖らせたリフィーリアが、何やら紙とペンを取り出した。言葉に出して考えを整理しながら、さらさらとペンを滑らせてゆく。

 何やら自分の世界に入り込んだらしいリフィーリアの様子に、ユリシアが深々とため息をついた。

「……セキトさん」

「はい?」

「『ああ』なったお嬢様は止められませんので。セキトさん、どうかよろしくお願いしますね」

「あ、はい」

 なんとなく頷いてから、セキトは首をひねった。なにをどう、よろしくすればいいのか分からない。

 もっとも、そんな疑問はユリシアにはお見通しだったのだろう。

「放っておけばそのうち戻りますから、温かく見守っていてくださいませ。私は今日のお仕事がまだ残っておりますので」

「……はい」

 何が出来るかまだ分からないままだけれども。それでも、少しでもリフィーリアの手助けになれたら、という思いに嘘はない。

「リフィーリア様から目を離さないようにしますね」

 まずは、そこから。




 その後。

「ふふふふふ、どうですかセキトくん」

「おおー、おおおおー、すごいですリフィーリア様」

 誇らしげに胸を張るリフィーリアに、セキトは全力で拍手をした。惜しみのない賛辞に、やや照れながらもリフィーリアがとん、と砂時計をひっくり返す。

 さらさらと流れ落ちる砂に押し出されるようにして、上の容器の空いた空間に、下から星が上ってゆく。

 きちんと砂時計として動きつつ、目にも楽しい星の砂時計。その、完成だ。

「前回の反省を踏まえて、今回は範囲指定をかなり細かく制御してみました。そのせいで複雑になった術式なんですが……」

「はい、リフィーリア様」

 つらつらと流される説明は、やはりさっぱりわからない。だが、リフィーリアが楽しそうだからそれでいいや、と思う。

 いつか。もっと勉強して、魔法にも詳しくなって、リフィーリアの言葉がわかるようになったら、リフィーリアはもっと喜んでくれるだろうか。まぁ、魔法の習得には相当の時間がかかる上に相性もあるらしいので、そんな日が必ず来るとは言い切れないけれども。

「一番苦労したのは、この星が上に移る挙動ですね。ここは……」

「はい、リフィーリア様」

 嬉しそうに語り続けるリフィーリアに、セキトは丁寧に相槌をうった。

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